25時限目 流星
BGMに「メテオ」(byじょん)をかけながら、お読み下さいm(_ _)m
※ 前話、大幅に修正いたしました。
秋が熟成をはじめ、冬の匂いを感じた。
弾む吐息に白いものが混じる。
現に、今夜は肌寒い。
もう1枚、上着でも着てくれば良かったと、少し後悔した。
ぼくは夕方に歩いた通学路を逆走している。
学校に向かっているのだ。
理由は簡単。
再び詩子さんに、今日の夜に校門前とメールが来たからだった。
ぼくたちは1度、夜中の通学路を一緒に歩いている。
あの時、本当に焦ったけど、今日は心にゆとりがあった。
走っているのは、早く詩子さんに会いたいからだ。
坂を登ると、光乃城学園の校門が見えた。
街灯が1つあるだけで、前よりも暗く感じる。
思えば、今日は新月だ。月明かりがないぶん、いつもよりも空が黒く見える。
だけど、その街灯の下で待っていた少女の美しさは変わらない。
ぼくに気づくと、笑顔を向けた。
「こんばんは、帝斗くん」
「こんばんは、詩子さん」
夜風がそよぐ。
黒髪をなびかせ、詩子さんは目を細めた。
月がなくても、女神のような美しさは全く褪せていない。
ぼくもそうなのだけど、詩子さんも学校の制服のままだった。
少し違いがあるとすれば、ピンクのマフラーを巻いていることだろう。
さすがに今夜は冷える。
「今日はどうするの? また通学路を一緒に帰る?」
「それもいいと思うのですけど。帝斗くん、夜の学校に興味ありませんか?」
ぼくは光乃城学園の校舎を眺めた。
鉄筋コンクリートの割とカラフルな校舎は、その足下の街灯に照らされてぼうと闇の中で浮かび上がっている。
「いいね。入れるの?」
「はい。どうぞ」
よく見ると、校門が半開きになっていた。
彼女は率先して中に入る。ぼくも後に続いた。
赤い煉瓦道を抜け、躊躇することなく校舎の中に入る。
朝は生徒でごった返す下駄箱も、静まっていた。
上履きに履き替え、詩子さんはてくてくとぼくを先導する。
どこに行くか決まっているようだ。
2人の足音が響き渡る。
普段は気にも留めないのに、うるさいぐらいだ。
そして校舎の中は不気味だった。
ぼくは霊とかそういうのは信じないタイプだけど、怖いものは怖い。
非常灯の緑色の光が不気味に光り、外からかすかに虫の音がする。
「夜の学校ってなんかワクワクしませんか」
詩子さんは首だけを動かし、背後のぼくに話しかける。
オニキスの瞳は暗闇の中にあって、爛々と輝いていた。
どうやら彼女は、ぼくと違って、まるで怖がっていないらしい。
「詩子さんはホラー映画とかって好きなの?」
「率先しては見ませんね。――あ、もしかして帝斗くん。ちょっと怖いんですか?」
悪戯っぽく笑う。
そんな彼女の表情もどこか新鮮だった。
「ちょっとね……」
「ふーん……。あ! 今、帝斗くんの後ろに人が」
「えええ?!」
ぼくは慌てて振り返る。
だが、誰もいなかった。
あるのは薄暗い廊下だけだ。
「ごめんなさい。嘘です」
「もう――。ホントにビビったじゃないか」
むっと睨む。
すると、詩子さんはべーと舌を出した。
こんな表情もするんだ。
可愛いなあ、もう。
今日の詩子さんはとても機嫌がいいらしい。
身体も心も何かスキップしてるような感じだ。
そんな彼女を見ると、無性に嬉しくなる。
やがて、詩子さんはある部屋の前に足を止めた。
そこは本校舎の1番最上階にある部屋で、許可なく立ち入りを禁ずるという名札がつり下がっている。
ここって確か……。
詩子さんは無造作に扉を開けた。
施錠されていなかったわけではない。
おそらく、あらかじめ許可されていて、すでに開いていたのだろう。
中に入る。
螺旋になっている階段が目の前にあり、それを昇る。
現れたのは大きな望遠鏡だった。
ここは光乃城学園の天文台だ。
それなりに設備が整っていて、110mm口径の大きな天体望遠鏡が備わっている。
どこかの天文台のお下がりだそうだが、今でも現役でこの望遠鏡を覗きたくて、光乃城学園を受験する人もいると聞いた。
不意に夜気が纏わり付く。
ぼくは軽く二の腕をさすった。
ドーム状の天井はすでに開閉され、東の空が見える。
望遠鏡のセットも済んでいるようだ。
「今日は、オリオン座の流星群がよく見える日なんですって」
「え?」
「一緒に見ませんか? というお誘いです」
パンと両手を合わせ、ぼくの専属のコンダクターは笑った。
答えは「もちろん」だ。
ぼくは顔を上げた。
裸眼でも、その雄大な姿ははっきりと見えるオリオン座は、冬の空の王者にふさわしい。
巨人だけあって大きく、中央の3つの2等星は、まるでチャンピオンベルトのように輝いている。
「すごい。すごいですよ。星がすごくはっきり見えますよ、帝斗くん」
最初にスコープをのぞき込んだ詩子さんは、興奮していた。
パタパタと手足を動かす姿が、まるで子供のようだ。
いつも教室で澄ましている【姫騎士】とは、あまりにかけ離れていた。
クラスメイトが見たらどう思うだろうか。
そんな想像をしながら、ぼくは近づいた。
「どうぞ」
ぼくに場所を譲ってくれる。
スコープをのぞき込んだ。
「わあ……」
声が出た。
詩子さんのいうとおりだ。
裸眼で見るよりもたくさんの星が瞬いている。
その中で、オリオン座の代表的な星であるペテルギウスが光りを放ち、帯の3つの星もくっきりと見えた。
綺麗だ。
宝石をちりばめたようだという比喩を耳にするけど、まさしくその通りの光景が深淵の空に広がっていた。
「あ!」
突然何か光の線が走る。
だが、すぐに消えてしまった。
「どうしました?」
「流れ星が見えたかも」
「え? わたしも見せて下さい」
「ごめん。もう消えちゃった」
あっという間の出来事だった。
初めて見たけど、本当に星が流れるんだな。
ぼくは詩子さんと交代する。
熱心にスコープを覗いていたけど、なかなか当たりを引かない。
真剣な彼女の横顔を見ながら、ぼくは思わず笑みを浮かんだ。
もう1度、空を臨む。
「オリオンって悲運の英雄なんだよね」
ぼくは語り始めると、詩子さんはスコープから目を外した。
ギリシア神話の英雄オリオンは、キオス島の王オイノピオンの娘メロペに恋をした。
毎日、貢ぎ物を持って求婚したのだけど、王の不興を買い、結局破談になってしまう。
「最後は、アルテミスに気に入られて、仕えるのだけど、結局嫉妬に翻弄された彼女に殺され、星座になったっていわれてるんだ。でも、少しだけ救いがあって、オリオンの隣のおうし座の一星にメロペの星があって――」
中学の時に囓ったギリシャ神話をこんこんと話していると、突然詩子さんはギュッとぼくを後ろから抱きしめた。求めるようにぼくの手を握る。
とても……。とても冷たい手だった。
「詩子さん?」
彼女は何も答えなかった。
白い息をはあと吐き出しながら、目をつぶっている。
今にも泣き出しそうだった。
「ごめん。なんか恋人同士で話をする内容じゃなかったね」
ぼくは握り返す。
「この天文台もいいけど、外へ行かない? 屋上とかの方が、見やすいんじゃないかな」
ぼくの提案に詩子さんは素直に従った。
前に入った屋上へと押しかける。
思った以上に、空が広い。
光乃城学園は割と高台の上に建っている。
だから余計感じるのだろう。
ぼくらはちょこんと三角座りする。
星を見上げた。
いまだ詩子さんの口から言葉が聞けない。
白い息を吐き出し、祈るように空を見つめている。
「へっくしょん!」
さすがに寒い。
やっぱりもう1枚ぐらい着てくれば良かった。
詩子さんは自分が巻いていたマフラーを解く。
ぼくの首に巻きつけた。
「それじゃあ詩子さんが寒いんじゃ」
遠慮するぼくに、彼女はニコリと笑い、反論を与えない。
今度は自分の首にも巻いた。
二の腕同士を密着させ、黒髪の頭をぼくの肩に預ける。
「これなら暖かいですよね」
詩子さんは屋上に来て、初めて口を開いた。
白い息が西へと流れていくのを眺めながら、ぼくもまた寄りかかるように詩子さんの頭に顔を預けた。
ああ、彼女の言うとおりだ。
暖かい……。
人肌がこんなに気持ちいいものなんて初めて知った。
自然とぼくたちは指を組み、手を握り合う。
同時に、秋の空を眺めた。
遠くで虫の音が聞こえる。
風にのって、河のせせらぎのような音も。
それ以外は聞こえない。
静かな夜だった。
ぼくたちはただじっと空を眺めていた。
それだけで十分だった。
幸せだったのだ。
すると、深淵の空を光が駆け抜けていく。
見つけた瞬間、彼女は必死に星へ願った。
ぼくも目を伏せ、同じく願う。
「何をお願いしたの、詩子さん」
「帝斗くんこそ」
「じゃあ、同時に言おうか」
「「せーの」」
ずっと2人で一緒に入られますように。
ぼくたちは願った。
2000年以上、夜の空で一緒にいる英雄とその恋人に……。
オリオン座流星群、まだまだいけるので、是非東の空を見て、時々この話を思い出してください。
ブクマ・評価・感想よろしくお願いします。




