表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/49

25時限目 流星

BGMに「メテオ」(byじょん)をかけながら、お読み下さいm(_ _)m


※ 前話、大幅に修正いたしました。

 秋が熟成をはじめ、冬の匂いを感じた。

 弾む吐息に白いものが混じる。

 現に、今夜は肌寒い。

 もう1枚、上着でも着てくれば良かったと、少し後悔した。


 ぼくは夕方に歩いた通学路を逆走している。

 学校に向かっているのだ。

 理由は簡単。

 再び詩子さんに、今日の夜に校門前とメールが来たからだった。


 ぼくたちは1度、夜中の通学路を一緒に歩いている。

 あの時、本当に焦ったけど、今日は心にゆとりがあった。

 走っているのは、早く詩子さんに会いたいからだ。


 坂を登ると、光乃城学園の校門が見えた。

 街灯が1つあるだけで、前よりも暗く感じる。

 思えば、今日は新月だ。月明かりがないぶん、いつもよりも空が黒く見える。


 だけど、その街灯の下で待っていた少女の美しさは変わらない。

 ぼくに気づくと、笑顔を向けた。


「こんばんは、帝斗くん」


「こんばんは、詩子さん」


 夜風がそよぐ。

 黒髪をなびかせ、詩子さんは目を細めた。

 月がなくても、女神のような美しさは全く褪せていない。

 ぼくもそうなのだけど、詩子さんも学校の制服のままだった。

 少し違いがあるとすれば、ピンクのマフラーを巻いていることだろう。

 さすがに今夜は冷える。


「今日はどうするの? また通学路を一緒に帰る?」


「それもいいと思うのですけど。帝斗くん、夜の学校に興味ありませんか?」


 ぼくは光乃城学園の校舎を眺めた。

 鉄筋コンクリートの割とカラフルな校舎は、その足下の街灯に照らされてぼうと闇の中で浮かび上がっている。


「いいね。入れるの?」


「はい。どうぞ」


 よく見ると、校門が半開きになっていた。

 彼女は率先して中に入る。ぼくも後に続いた。


 赤い煉瓦道を抜け、躊躇することなく校舎の中に入る。

 朝は生徒でごった返す下駄箱も、静まっていた。

 上履きに履き替え、詩子さんはてくてくとぼくを先導する。

 どこに行くか決まっているようだ。


 2人の足音が響き渡る。

 普段は気にも留めないのに、うるさいぐらいだ。

 そして校舎の中は不気味だった。

 ぼくは霊とかそういうのは信じないタイプだけど、怖いものは怖い。

 非常灯の緑色の光が不気味に光り、外からかすかに虫の音がする。


「夜の学校ってなんかワクワクしませんか」


 詩子さんは首だけを動かし、背後のぼくに話しかける。

 オニキスの瞳は暗闇の中にあって、爛々と輝いていた。

 どうやら彼女は、ぼくと違って、まるで怖がっていないらしい。


「詩子さんはホラー映画とかって好きなの?」


「率先しては見ませんね。――あ、もしかして帝斗くん。ちょっと怖いんですか?」


 悪戯っぽく笑う。

 そんな彼女の表情もどこか新鮮だった。


「ちょっとね……」


「ふーん……。あ! 今、帝斗くんの後ろに人が」


「えええ?!」


 ぼくは慌てて振り返る。

 だが、誰もいなかった。

 あるのは薄暗い廊下だけだ。


「ごめんなさい。嘘です」


「もう――。ホントにビビったじゃないか」


 むっと睨む。

 すると、詩子さんはべーと舌を出した。

 こんな表情もするんだ。

 可愛いなあ、もう。


 今日の詩子さんはとても機嫌がいいらしい。

 身体も心も何かスキップしてるような感じだ。

 そんな彼女を見ると、無性に嬉しくなる。


 やがて、詩子さんはある部屋の前に足を止めた。

 そこは本校舎の1番最上階にある部屋で、許可なく立ち入りを禁ずるという名札がつり下がっている。


 ここって確か……。


 詩子さんは無造作に扉を開けた。

 施錠されていなかったわけではない。

 おそらく、あらかじめ許可されていて、すでに開いていたのだろう。


 中に入る。

 螺旋になっている階段が目の前にあり、それを昇る。

 現れたのは大きな望遠鏡だった。


 ここは光乃城学園の天文台だ。

 それなりに設備が整っていて、110mm口径の大きな天体望遠鏡が備わっている。

 どこかの天文台のお下がりだそうだが、今でも現役でこの望遠鏡を覗きたくて、光乃城学園を受験する人もいると聞いた。


 不意に夜気が纏わり付く。

 ぼくは軽く二の腕をさすった。

 ドーム状の天井はすでに開閉され、東の空が見える。

 望遠鏡のセットも済んでいるようだ。


「今日は、オリオン座の流星群がよく見える日なんですって」


「え?」


「一緒に見ませんか? というお誘いです」


 パンと両手を合わせ、ぼくの専属のコンダクターは笑った。

 答えは「もちろん」だ。


 ぼくは顔を上げた。

 裸眼でも、その雄大な姿ははっきりと見えるオリオン座は、冬の空の王者にふさわしい。

 巨人(オリオン)だけあって大きく、中央の3つの2等星は、まるでチャンピオンベルトのように輝いている。


「すごい。すごいですよ。星がすごくはっきり見えますよ、帝斗くん」


 最初にスコープをのぞき込んだ詩子さんは、興奮していた。

 パタパタと手足を動かす姿が、まるで子供のようだ。

 いつも教室で澄ましている【姫騎士】とは、あまりにかけ離れていた。

 クラスメイトが見たらどう思うだろうか。

 そんな想像をしながら、ぼくは近づいた。


「どうぞ」


 ぼくに場所を譲ってくれる。

 スコープをのぞき込んだ。


「わあ……」


 声が出た。

 詩子さんのいうとおりだ。

 裸眼で見るよりもたくさんの星が瞬いている。

 その中で、オリオン座の代表的な星であるペテルギウスが光りを放ち、帯の3つの星もくっきりと見えた。


 綺麗だ。

 宝石をちりばめたようだという比喩を耳にするけど、まさしくその通りの光景が深淵の空に広がっていた。


「あ!」


 突然何か光の線が走る。

 だが、すぐに消えてしまった。


「どうしました?」


「流れ星が見えたかも」


「え? わたしも見せて下さい」


「ごめん。もう消えちゃった」


 あっという間の出来事だった。

 初めて見たけど、本当に星が流れるんだな。


 ぼくは詩子さんと交代する。

 熱心にスコープを覗いていたけど、なかなか当たりを引かない。

 真剣な彼女の横顔を見ながら、ぼくは思わず笑みを浮かんだ。


 もう1度、空を臨む。


「オリオンって悲運の英雄なんだよね」


 ぼくは語り始めると、詩子さんはスコープから目を外した。


 ギリシア神話の英雄オリオンは、キオス島の王オイノピオンの娘メロペに恋をした。

 毎日、貢ぎ物を持って求婚したのだけど、王の不興を買い、結局破談になってしまう。


「最後は、アルテミスに気に入られて、仕えるのだけど、結局嫉妬に翻弄された彼女に殺され、星座になったっていわれてるんだ。でも、少しだけ救いがあって、オリオンの隣のおうし座の一星にメロペの星があって――」


 中学の時に囓ったギリシャ神話をこんこんと話していると、突然詩子さんはギュッとぼくを後ろから抱きしめた。求めるようにぼくの手を握る。


 とても……。とても冷たい手だった。


「詩子さん?」


 彼女は何も答えなかった。

 白い息をはあと吐き出しながら、目をつぶっている。

 今にも泣き出しそうだった。


「ごめん。なんか恋人同士で話をする内容じゃなかったね」


 ぼくは握り返す。


「この天文台もいいけど、外へ行かない? 屋上とかの方が、見やすいんじゃないかな」


 ぼくの提案に詩子さんは素直に従った。

 前に入った屋上へと押しかける。

 思った以上に、空が広い。

 光乃城学園は割と高台の上に建っている。

 だから余計感じるのだろう。


 ぼくらはちょこんと三角座りする。

 星を見上げた。

 いまだ詩子さんの口から言葉が聞けない。

 白い息を吐き出し、祈るように空を見つめている。


「へっくしょん!」


 さすがに寒い。

 やっぱりもう1枚ぐらい着てくれば良かった。


 詩子さんは自分が巻いていたマフラーを解く。

 ぼくの首に巻きつけた。


「それじゃあ詩子さんが寒いんじゃ」


 遠慮するぼくに、彼女はニコリと笑い、反論を与えない。

 今度は自分の首にも巻いた。

 二の腕同士を密着させ、黒髪の頭をぼくの肩に預ける。


「これなら暖かいですよね」


 詩子さんは屋上に来て、初めて口を開いた。

 白い息が西へと流れていくのを眺めながら、ぼくもまた寄りかかるように詩子さんの頭に顔を預けた。

 ああ、彼女の言うとおりだ。


 暖かい……。


 人肌がこんなに気持ちいいものなんて初めて知った。

 自然とぼくたちは指を組み、手を握り合う。

 同時に、秋の空を眺めた。


 遠くで虫の音が聞こえる。

 風にのって、河のせせらぎのような音も。

 それ以外は聞こえない。


 静かな夜だった。


 ぼくたちはただじっと空を眺めていた。

 それだけで十分だった。

 幸せだったのだ。


 すると、深淵の空を光が駆け抜けていく。

 見つけた瞬間、彼女は必死に星へ願った。

 ぼくも目を伏せ、同じく願う。


「何をお願いしたの、詩子さん」


「帝斗くんこそ」


「じゃあ、同時に言おうか」


「「せーの」」



 ずっと2人で一緒に入られますように。



 ぼくたちは願った。

 2000年以上、夜の空で一緒にいる英雄とその恋人に……。


オリオン座流星群、まだまだいけるので、是非東の空を見て、時々この話を思い出してください。


ブクマ・評価・感想よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ