表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/49

24時限目 体育祭とカードの謎

2017年10月26日 大幅に改訂しました。

妹とのシーンを削って、詩子と二人っきりしました。

 流れる風景の中でなびく黒髪。

 ほとばしる汗。

 ハーフパンツから見える健康的なふくらはぎ。

 レーンの奥を見据える真剣な横顔。


 姫崎詩子さんは走っていた。

 銀色の尾を引くように。


 4位でバトンを受け取った男女混合リレー。

 女性でありながら、最終アンカーを任された彼女は、1人、2人と男子学生達を抜いていく。あっという間に、1位を射程圏に収めた。

 残り40メートル。

 ラストスパートをかける詩子さんは、ぐんぐんその差を縮め、やがて1位の男子を抜かした。


 テープを切る。


 瞬間、雄叫びのような歓声が沸いた。

 同時にいくつものシャッター音とフラッシュが瞬く。


「さすがは我らが【姫騎士】様だ」

「はっぇえー」

「陸上とかやってたのかな」

「格好良かったよねー」


 ぼくの周りで、詩子さんの賞賛する声が聞こえる。

 敗北した各クラスのアンカーたちは、がっくりと項垂れ、乱れた息を整えた。

 たぶん、詩子さんだからといって、手を抜いていたわけではない。

 むしろ逆。いいところを見せようとして、それでも結局【姫騎士】には適わなかったのだ。


 すごいなあ、詩子さん。

 美人だし、頭もいいし、運動も出来る。

 改めてすごい人と付き合っているんだなって思う。


 周りから激励を受ける中、すぐに円卓に囲まれた彼女は、自分のタオルで汗を拭いていた。すっかり息は整い、いつもの済ました顔を取り戻している。

 ちらり……。ぼくの方を見たのがわかった。

 手を叩いて、賞賛を送る。


 すごかったよ……。


 心の声(モノローグ)が届いたのか、詩子さんはみんながわからない程度に小さくガッツポーズを取る。ぼくも無意識に同じポーズを返してしまった。


 光乃城学園は体育祭の真っ最中だ。

 きっと強烈な晴れ男か晴れ女が、学園に生息しているのだろう。

 真っ青な秋空が天上を覆っている。

 気温は暑すぎず、寒すぎずといったところ。

 身体を動かすにはもってこいの気候だった。


 外見からわかると思うけど、ぼくは体育祭というのが、学校行事の中で1、2争うほど嫌いだ。身体を動かすというのもそうだけど、勝敗を決めなければならないという点が嫌で、昔は仮病を使ってでも休もうとしたことがあった。


 けれど、今年は違う。

 詩子さんと過ごす初めての体育祭。

 一緒にいられる時間は、いつも通り少ないけど、渾然とした状況の中で彼女といられるだけで幸せだった。


 前半の見せ場である男女混合リレーが終わり、昼休憩が告げられる。


「帝斗。お前、メシは?」


 尋ねてきたのは、園市だった。


「ごめん。先約があって」

「ははん……。理采ちゃんだな」

「まあね」


 苦笑いを浮かべながら、ぼくは応じた。


「兄妹水入らずを邪魔するのも無粋か」

「ごめん。どっかで埋め合わせするよ」

「心配するな。期待はしておらん」


 ごめん、園市。


 心の中で謝る


 ぼくは園市から離れ、例の東棟の空き教室へ向かった。

 実は、そこで今日の1時間を使うことになっている。

 詩子さんが待っているのだ。

 お弁当を広げて。


 途中、ぼくは鈴江と出くわした。

 彼女は何食わぬ顔で、耳打ちする。


「封鎖は完了している。我々が監視しているから安心していいぞ」

「ありがとう、鈴江」


 鈴江ともう1人、背の低い小学生みたいな女子生徒がいた。

 寒いのかどうかわからないけど、体操着の上から黄色パーカーのようなものを羽織っている。


「にゃはははは……。王子様、ご到着だ」


「えっと……。と、鳥栖さんだっけ」


「おお。ひとえの名前を覚えていてくれるなんて光栄だにゃあ、【姫騎士】様の恋人」


 一応、クラスメイトだしね。

 それに鳥栖さんは、円卓の幹部の中でも何かと目立つ存在だ。

 小さな身体もそうだけど、キャラクター的に完全に浮いていた。


「ひとえ、あまり茶化すな。早く行け、姫崎さんが待ってるぞ」


「う、うん。ありがとう、鈴江」


「じゃーねー。大久野ちん」


 ばいばーい、と手を振る。

 その姿も小学生だ。

 理采と並んでも、幼く見えるだろう。


 足早に階段を上がり、件の教室に行く。

 扉を開けると、詩子さんが立ち上がった。


「こんにちは、帝斗くん」


「うん。こんにちは、大久野くん」


 いつものように挨拶を交わす。

 少し違うのは、詩子さんが体操服姿だということ。

 そして長い髪をポニーテールに結んでいること。


 はあ……。


 思わず吐息が漏れてしまう。

 綺麗だ。

 制服姿の詩子さんも好きだけど、体操服姿もいい。

 なんといっても、制服よりも露出が多くなる。

 普段は黒いストッキングに隠れている足も、今は石英のような白い足が剥きだしになっていた。


 あと、なんといってもポニーテールだ。

 ぼくは女性の髪型の中で1番ポニーテールが好きだ。

 歩く度に揺れる髪が可愛いし、何よりうなじが見える。


 今の詩子さんは、ぼくの1番理想に近い姿だった。


「帝斗くん、あまり……その……ジロジロ見ないで下さい」


 懇願する。

 気恥ずかしそうに見つめる彼女の顔が、また可愛い。

 詩子さんには悪いけど、逆にいじめたくなってしまう。

 もちろん、そんなことはしないけど。


「ごめん。でも、ぼく……。好きなんだ。ポニーテール。すっごく似合ってるよ」


「え? あ、ありがとうございます」


 とっても嬉しそうに詩子さんは応じた

 恥ずかしさを隠すように何度も髪を梳く。

 ずっとポニーテールにしようかな、なんて独り言まで飛び出してしまった。


 是非とも検討してほしい。


「あ。そうだ。お弁当食べますか?」


 詩子さんは弁当箱を掲げた。

 もちろん、それがぼくの1番の楽しみだった。


 相変わらず、詩子さんは料理が上手だ。

 特に弁当に入っていたとんこつは最高だった。

 冷めてもサクサクだし、かかっていた自家製のソースも豚肉との相性が抜群で、夢中になって食べてしまった。

 理采も揚げ物が上手いけど、やっぱり詩子さんの料理ってどこか上品なんだよな。


「もしかして、朝早く起きて作ってくれたの?」


「取り置きがきくものに関しては夜のうちに。とんかつは今朝揚げました」


「おいしいよ。何個でも食べられそう」


「ありがとうございます。でも、この後まだ種目あるのでほどほど」


「はーい、詩子先生」


 ぷっ……。

 吹き出すと、ぼくたち以外誰もいない教室に笑い声が響く。


 詩子さんの弁当を完食する。

 お腹いっぱい。大満足だ。

 ぼくはべんべんと大きくなった腹を叩く。

 すると、また急に眠気が襲ってきた。

 ふわ、と堪えきれず、欠伸をしてしまう。


 睡眠はちゃんと取ったんだけど、普段運動をしないせいか疲れているのかな。

 どうも身体がだるくて仕方ない。


「帝斗くん」


「なに?」


「よろしければ」


 ぺんと、詩子さんは太ももを叩いた。

 え? いいのかな?


「はい。わたしの膝枕は帝斗くんのものですから」


 はわわわわわわ……。


 その一言で、ぼくのハートは鷲掴みされた。

 明かりに群れる蛾のようにぼくは頭を近づける。

 ゆっくりと膝枕に押しつけた。


 やわらかい……。


 以前してもらった時とは、また違う。

 生肌(じか)の感触。

 詩子さんの匂いも余計に今日は感じる。

 きっと少し汗も混じっているからだろう。


 いずれにしろ。

 気持ちいいことに代わりはない。

 膝枕って不思議だ。

 キスしたり、お互い抱き合ったりすることとは違う魅力がある。

 なんというか、自分の命を他人の空気に包んでもらっているような安心感があるんだ。


「どうですか、帝斗くん」


「疲れがいっぺんに吹き飛びそう」


「そうですか。午後も頑張って下さい。わたし、応援してますから」


 うん。頑張る。

 きっと、午後のぼくは午前の自分よりも3倍速く動けそうな気がした。


 もし、来年も再来年も詩子さんと一緒にいられたなら。

 ぼくにとって、体育祭はきっと待ち遠しいものになるだろう。





 それは後半戦の中盤。

 20ポイントぼくたちが負けている状況。

 それは借り物競走の時に起きた。

 走者として参加していた詩子さんは、お題を見るや否やぼくたちの方にすっ飛んできた。


 慌ててやってきた詩子さんに、クラスメイト達は騒然となる。


「【姫騎士】様、なんですか?」

「剣ですか?」

「盾ですか?」

「チートですか?」


 すると、詩子さんは手を伸ばした。

 クラスメイトから少し遠巻きに見ていたぼくに向かって叫んだ。


「帝斗くん!!」


 詩子さんはぼくの手を握る。

 引っ張り上げられると、ぼくたちはそのままゴールテープに向かって走り出した。


 衆人環視の中、全力で走る。

 時間にして、数秒の出来事だった。

 でも、あの濃密な1時間よりも、さらに濃い一瞬だった。


 ゴールテープが切られる。

 1位だ。瞬間、ぼくたちの逆転が確定した。

 歓声の中心に、ぼくと詩子さんが立っている。

 充実した顔を詩子さんに向けた。

 しかし、彼女は肩を切り、すぐ列の後ろに並ぶ。

 今、あったことがなかったかのような素っ気ない態度だった。


 手の甲を見つめる。

 離れる瞬間、軽く詩子さんはぼくの手の甲を叩いたのだ。

 あれはハイタッチだったのだろうか。


 ぼんやりと考えながら、クラスメイトたちが待つ場所へ向かう。


 いきなりヘッドロックをかましたのは、園市だった。


「この果報者め! 【姫騎士】様に名前を呼んでもらっただけでも幸せなのに、手までつなぎおって」


 クラスメイトはおろか、隣のクラスの生徒まできて、手荒い歓迎を受ける。

 詩子さんが握った手を眺める者や、握手を求めるものまでいた。


「しかし、お題はなんだったのだろうな?」


 園市が首を捻る。


「まあ、考えても詮ないことか。きっと『太った人』というのが関の山だろ」


「ははは……。多分ね」


 お題のことは、ぼくも気になっていた。

 一体、なんだったのだろうか。


 後で詩子さんにメールで聞いてみたけど、返ってきた返信は【ひみつ♡】だった。



 ◇◇◇◇◇



 借り物競走で使うお題は、毎年決まっていた。

 風で飛ばないよう少し重いカードが使われ、毎年繰り返し使っている。


 体育祭も終わり、各実行委員が片付けをする中、お題のカードを直すため枚数を数えていた実行委員女子生徒2人は、枚数が足りないことに気づいた。


 度々あることで気にも留めなかったのだが、1人の女子があることに勘づく。


「もしかして、姫崎さんのカードじゃない?」


「あり得るかも。そういえば、あの人だけ回収してないし」


「今日はもう帰ってるよね。明日いう?」


「他の人ならともかく姫崎さんだからねぇ」


「ところで何のカードだったの?」


 女子生徒は何枚かカードを捲る。

 お題はそんなに種類がある方ではない。

 チェックをしていた実行委員の女子は、ある1枚のカードに思い当たった。


白紙の(ヽヽヽ)カードかな」


「白紙?」


「そ。つまり、お題無し」


「へぇ……。じゃあ、なんで――」



 なんで姫崎さんは、あの太った男の子を連れていったんだろ……。


明日も1話更新になります。


ブクマ・評価・感想をお待ちしております!

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ