20時限目 姫騎士の礼装
姫崎邸4部作の始まりです。
ぼくは今、暗く狭い場所に寝かされていた。
両手両足は縄紐で拘束され、口に猿ぐつわを噛まされている。
ほとんど身動きが出来ず、叫ぶことも出来ない。
出来ることといえば、聞くことと感じることだけだった。
聴覚が聞き取ったのは、エンジン音。
そして断続的な振動。
時折、強いGがかかると、狭い空間の中でゴロゴロと転がった。
車――。おそらくトランクの中だ。
判明したのは、しばらく走ってからだった。
きっとスパイ映画なら、何百メートルを右に走ったとかわかるんだろうけど、生憎とぼくにはそんなスペシャルな能力はない。
一体何が起きたのか。ぼくは思い出そうとするも、まだ嗅がされた薬の影響からか、頭がぼんやりしていた。
会長にいわれた待ち合わせ場所に立っていたところまでは思い出せるのだけど。
やがて車は減速する。
その後、鉄が擦れるような音。
数十メートル走り、完全に停止した。
ドアが開き、砂利を踏みしめるような音が近づいてくる。
そうしてようやくトランクが開いた。
「やあ、大久野くん。ようこそ」
声をかけたのは、ぼくがよく知る人だった。
健康的に焼けた肌。
クリスマスツリーのように広がった赤毛。
チャーミングポイントでもある八重歯を見せ、笑みを浮かべている
「ふごふ!」
猿ぐつわがついた状態で、ぼくは無理矢理叫んだ。
光乃城学園の生徒会長、姫崎亜沙央だった。
いつもと違うのは、学園の制服ではなく私服だということ。
襟元がゆったりとしたボーダーに、ふわっとしたチュールのワンピースを合わせている。
なかなか似合っていて、新鮮だ。
会長の私服姿なんて、そうそう見られるもんじゃない。
「なかなか似合ってるだろ?」
うん……って、そんなことを感心してる場合じゃないんだった。
「しかし、君はなかなかみだらな姿をしてるじゃないか、大久野くん。個人的に実にそそる。ペットにして私の特別室で首輪でもつけて飼って上げたいよ」
「ふ、ふごふぅふふふ!!」
「それは君の趣味なのかい? いやー、そんな性癖があるとは知らなかったよ。もしかして君の夢は、妹に『この豚野郎!』ってなじられることだったのかな?」
「ふご!!」
ど、どうでもいいけど、この猿ぐつわを早く取ってほしいんですけど!!
「あ。こりゃ失礼」
会長はあっさりと猿ぐつわを剥がしてくれた。
心の声でコミュニケーションを取った方が早かっただなんて、なんか素直に喜べないんだけど。
「会長! どうしてここに!? ここは一体どこなんですか?」
「どこって決まってるじゃないか。麗しの君がいる場所にして、我が家。姫崎家だよ」
「詩子さんの実家!!」
「ここに来るにしても、人目はあるからね。トランクに隠れてここまでご足労いただいたというわけさ」
だからといって、猿ぐつわに紐縄はやり過ぎでしょうが。
後が残ったりしたら、詩子さんに誤解をされたらどう言い訳しようか。
「きっと面白いことになるだろうね」
笑いごとじゃないです!
「いや、でもさ。私は単に庶民の君を華麗なお嬢さまが住む屋敷に拉〇ってきてって頼んだだけなんだよ」
「え? じゃあ……」
ぼくと会長は同時に視線を移した。
淡々と自動車の整備をしているご老人が1人。
視線に気づくと、おもむろに立ち上がった。
「やるからには少しスリルがあった方がいいかと思いまして」
「なるほど。洗馬州は気が利くなあ!」
ぽんと会長は手を打って納得する。
利かねぇよ!!
さすがにやり過ぎだろ。
「この感じのいい好々爺は、洗馬州。うちの運転手兼詩子の世話係をしている」
「以後をお見知りおきを。詩子様のご学友様」
彫りの深い顔の奥から瞳を光らせる。
言葉尻にもぶっとい棘があった。
あの~。ぼく、なんかしましたか?
すると、生徒会長はぼくに耳打ちする。
「気をつけろよ、大久野くん。洗馬州にとって詩子は自分の子供も同然なんだ」
なるほど。
きっと詩子さんを小さい頃から可愛がってきたのだろう。
その恋人と知れば、動揺するのもわからないわけではない。
認めてもらうためにも、きちんと挨拶しなきゃ。
「初めまして。詩子さんとお付き合いさせてもらっています。大久野帝斗です。この度は、お屋敷にお招きいただきありがとうございます」
我ながら完璧な挨拶だ。
噛まなくていえたぞ。昨日、徹夜で練習した甲斐があったよ。
これで少しは好感度がアップしたんじゃ。
洗馬州さんはぼくの方に近づいてきた。
見下すように睨むと、ケッと唾を吐く。
「ふん。若造が……。縛られたままでご挨拶とは良い身分だな」
お前がやったんだろうが!!!!
◇◇◇◇◇
始まりは1通のメールだった。
【明日のお休み。大久野くんをわたしの家にご招待しようと思っているのですが、ご予定はいかがですか?】
詩子さんの家に行く!
メールを見たぼくは舞い上がった。
すぐに返信をかえすと、今度は会長から電話がかかってきた。
ある指定された場所に迎えに行くので来てくれと言うものだ。
そして最後に会長はこういった。
『君に1つだけ重要なことを教える』
「なんですか?」
『明日、両親は不在だ』
な、なんだと……。
それって。
姫崎さんのお父さんとお母さんがいないってことで……。
そんな日にぼくを詩子さんが呼んだということは、つまり、それは――。
【少年妄想中(作注:無指定のため書けません)】
『ぷくくく……。でも、変な気を起こすなよ』
「お、おおおおお起こしませんよ!」
というわけで、ぼくは姫崎邸へと招待されたのである。
◇◇◇◇◇
なんとか紐縄から脱出し、ぼくは会長に先導されながら本邸を目指した。
思っていた以上の豪邸だ。
綺麗に刈り取られた青芝に、品のいい白石の道が続いている。
広い庭にはモニュメントがそびえる泉があり、勢いよく水を噴き出していた。
何より目を引くのは、やっぱり洋風の屋敷だ。
白亜の壁に、白いカーテンが引かれた窓。
青い屋根は青空をそのまま写し取ったかのように鮮やかで、尖塔のように高くなっている部分には、風見鶏のようなオブジェが風を受けて回っていた。
まるで中世の貴族が住んでいたかのような――と思ったら、会長曰くヨーロッパで競売に出されていた屋敷を、丸ごとここまで移築したらしい。
さすがは姫崎家。ぼくが想像する以上に、お金持ちだ。
2階にはテラスがあって、今にもお姫様が出てきそうだ。
その予感は的中する。
だが、お姫様ではない。
それよりも神々しい女神が、テラスの欄干に身を預け、手を振った。
「帝斗くーん」
元気な声が姫崎邸に響く。
満面の笑みで、詩子さんがぼくを出迎えてくれた。
ぼくはというと――。
「…………」
ただひたすら呆然としていた。
ここは詩子さんの家だ。
気が抜けない――針のむしろのような学園の中ではない。
ぼくとの1時間以外に、気を許せる場所。
それがこの家だ。
当然、詩子さんは学生服ではない。
そう――。
回りくどく――6行と85文字も使ってしまったが、何を言いたいかわかるだろう。
ぼくの目に映ったのは、私服姿の詩子さんだった。
真っ白な……。
彼女の心を現すような白のワンピース。
飾り気は一切ない。
胸の下に閉められた腰紐ぐらいなものだ。
けれど、果てしなく似合っていた。
姫崎詩子という素材を最大限に生かした一発回答だ。
が、これだけで終わりではない。
詩子さんの鼻の頭には、いつぞやの眼鏡が載っていた。
白のワンピースに、眼鏡……。
きっと彼女は童貞を殺すために降臨した美しい死神なのだと思った。
「大久野くん、その……。あまりジロジロ見ないでくださいませんか」
秋風に乱れた髪を抑えながら、詩子さんは気恥ずかしそうに横を向いた。
顔は夕焼けのように赤らめている。
「ご、ごめん。……でも――」
すっごく似合ってる。
詩子さんは大きく息を吸い込み、驚いた様子だった。
やがて、柔らかく微笑む。
「ありがとうございます」
嬉しそうだ。
良かった。
他愛のない言葉だけど、詩子さんが喜んでくれて。
ぼくたちはしばし視線で会話をする。
「大久野くん、君ねぇ。私の時と反応が違うじゃないか」
その視界に会長が映りこんだ。
「な、なんだと! 失礼な! くそ! こうしてやる」
「ちょ! 会長!」
会長はぼくに飛びかかった。
そのままぼくをギュウと抱きしめる。
「もがふごごご……」
「はっはっは! どうだい。私の私服を存分に見るがいい」
見れるか!
今、ぼくがどうなっているかというと、会長の胸に思いっきり押しつけられ……はあ……あ、あれ、ちょっと気持ち……い…………。
「姉さん! 何をやってるんですか?」
詩子さんは顔を真っ赤にしながら、実の姉を叱る。
ああ……。そんなプリプリ怒ってるところも素敵だ。
「何って……。妹の彼氏に、私の私服を見せつけてやっているのだよ」
「む、胸に当たって、帝斗くんが苦しそうじゃありませんか」
「はっはー。悔しかったら、取り返してみせたまえ!」
抱きかかえたまま会長は走り出す。
ちょ! マジ苦しい。いや、気持ちいい。
そ、そう。苦気持ちい!!
もはや、自分で何をいっているのかわからないや。
「待ちなさい! 姉さん!」
某ドーム球場が何個も入りそうな中庭で、ぼくを巻き込んでの姫崎姉妹によるデッドヒートが行われるのだった。
昨日1日1話といいましたが、あれは嘘だ。
姫崎邸のお話が予定よりも(暴走)長くなったので、4話にして分けます。
なので、今日明日は2話ずつお届けする予定です。
よろしくお願いします。
※ 次の投稿の間に、タイトルを変更があるかもなのでご注意下さい。




