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19時限目 ラーメン屋に行こう!

外伝の方では失礼しました。

本編です。

 第19話 ラーメン屋に行こう。



「ラーメン屋に行きたい?」


 放課後の例の空き教室。

 ぼくたちは、いつも通り決められた1時間を使っていた。


 他愛もない会話の中で、詩子さんは今朝見たラーメン屋の話を始める。

 開店したばかりの店らしく、朝にもかかわらず行列が出来ていたそうだ。

 気になった詩子さんは、そのラーメン屋に入ってみたくなったのだという。

 出来れば、ぼくと一緒に。

 友達と外食するのが夢だったと話す。


「ダメですか?」


 首を傾げる。

 黒髪がさらりと肩からこぼれた。

 オニキスの瞳をくりくりと動かし、ぼくに懇願する。


 何度もいっちゃうけど、今日の詩子さんも絶妙に可愛かった。


「ダメじゃないよ。その店で1時間を使おうってことだね」


「はい。そうです」


「となると、その店で人払いをしなくちゃならないけど……」


 1時間とはいえ、そんなこと出来るかな。


「ダメだ」


 冷徹な声が、静かな教室に響き渡る。

 発したのは、ぼくでもなければ、詩子さんでもない。

 何故か、ぼくの隣に座る新氏鈴江だった。


 詩子さんが呼んだらしい。

 今日は、3人態勢でだべっていた。


「だよね。……いくらなんでもお店を1時間貸し切りにするなんて、むずかし――」


「そういうことではない、帝斗。うちの会長に不可能はない」


 ぼくとしては会長に不可能があった方がいいと思うけど。

 あの人に万能の願望器とか与えたら、火の海にとかしそうだし。


 鈴江は話を続ける。


「あそこのラーメンはダメだ。かなり味が濃いし、素人が手を出す味じゃない。ここらへんなら、魚介系の塩ラーメンを出してくれるところがある。あっさり系ながら、味わい深いスープが楽しめる店だ。麺も手打ちだから、腰があってツルツル食べられる」


 く、詳しいな。

 鈴江ってこんなキャラだったっけ?

 一体、空白の3年間に何があったのだろう。


「新氏さん、詳しいんですね」


 詩子さんは爛々と目を輝かせた。

 神の奇跡と呼ばれる美少女の視線に、鈴江は思わず顔を赤くする。


「た、たいしたことないですよ。ち、ちょっとブログを……」


 ブログ!?

 まさか鈴江はラーメンブロガーなのか!


「鈴江?」

「うるさい。何も聞くな。スープの出汁にするぞ」


 詩子さんばりの辛辣な返しが返ってきた。

 やっぱブロガーなんだ。


「じゃあ、お店の選定は鈴江のオススメにするとして、そこで1時間が確保出来るかだな」


 ぼくは早速、会長に電話をしてみた。


『やあ、帝斗くん。とうとう詩子に飽きて、私の方に鞍替えする気になったのかな』


「そんなわけないでしょ!」


『釣れないなあ。私はいつだってホテル街の前で待ってるのに』


 完全に痴女じゃないか!


 ぼくは会長の悪ふざけを早々に切り上げさせ、事情を話した。


『なるほど。ラーメン屋を1時間貸し切りにね。問題ないと思うよ』


 躊躇することなく言い切った。


『とりあえず、2000万円ほど積んで、買収すれば問題ないだろ。じゃ』


 電話が切れた。

 ぼくはスマフォを耳から話し、がっくりと項垂れる。


「どうでした?」


「ああ……。うん。大丈夫だって」


「そうですか。良かった」


 大輪の花のように詩子さんは顔を輝かせる。

 とても綺麗だった。


 でも、ごめん……。その笑顔、真っ直ぐに見れないや……。



 ―― 1 ――



「ここが私のオススメの店だ」


 鈴江はラーメン屋の前で腰に手を当て、仁王だちになる。

 ぼくと詩子さんは、同時に『竜拳』という格闘ゲームの技名みたい店名がかかれた看板を見つめた。


 よくある住居兼お店という感じのラーメン屋だ。

 店先は古く、外に出ているショーケースのガラスも曇っている。

 よくいえば、良い感じに年季の入った店だが、率直にいってみすぼらしかった。


 まあ、ラーメン屋ってこういう感じの方が美味しかったりするしね。


 ぼくたちは早速入ろうと、暖簾を腕押す。


「待て待て」


 呼び止めたのは、幹事の鈴江だった。


「店に入る時は、二礼二拍一礼が基本だろ!」


 初めて聞いたわ!

 ここは神社かよ。

 ぼくにはどうみても昔ながらのラーメン屋にしか見えないんだけど!!


「今から我々はたくさんの動植物の恩恵と、店主の心のこもったラーメンを堪能するのだ。それぐらいやるのはしかるべきだろ」


 なんかそれっぽいことをいわれた。


 否定はしないけど。

 じゃあ、鈴江は毎日二礼二拍一礼してるのかよ。

 学食で食べてる時もしてるのか?

 てか、店主は神様なの!!


「なるほど。わかりました」


 何が理解できたのかわからないが、早速詩子さんは二礼二拍一礼を始める。


「美味しいラーメンが食べられますように」


 願い事までいっちゃったよ。


 本当かどうかわからないけど、ぼくも倣う。

 まさか神社以外のところでこんなことをやるとは思わなかった。


「ねぇねぇ、お母さん。あの人たち何をやってるの?」

「しっ。あまり見るんじゃありません」


 ちょ! すっごい怪しまれてるんですけど。



 ―― 2 ――



 ぼくたちはようやく中に入る。

 外観からかなり古いのだろうと思ったが、割と綺麗な内装だった。

 椅子も新品で、壁のクロスも最近張り替えたかのように真新しい。


 もちろん、客はいない。

 ぼくたちだけだった。


 詩子さんはキョロキョロと辺りを見渡す。

 空いていたカウンターにすとんと腰を落とした後、何かを探していた。


「あの……。メニュー表は?」


「詩子さん、ごめん。ここは食券制なんだ」


 ぼくは券売機を指し示す。

 かあ、と赤くなった詩子さんはとても可愛かった。



 ―― 3 ――



 詩子さんは券売機に紙幣を入れて、固まった。

 首を傾げ、注文を考え始める。

 数十秒後、べーと紙幣が返ってきた。


「あらあら……」


 詩子さんはまた入れる。

 再び券売機とにらめっこし、考え始めた。

 またベーと紙幣が戻ってくる。


 再び紙幣を。

 そして戻ってくる。


「詩子さん、なんか楽しんでない」


「はい。可愛いです!」


 ぼくはそんなあなたが可愛いと思います。



 ―― 4 ――



 ようやく席に着く。


「楽しみですね。詩子さん」

「はい。とっても楽しみです」


 2人でニコニコ顔で待っていると、机を激しく叩かれた。

 鈴江だ。

 獲物を見つけた野獣のごとくぼくたちを睨んだ。


「店を出るまで、注文以外で喋るな」


 こぇえ……。


 どこから出てきたんだよ、その声。



 ―― 5 ――



 カウンター向こうには、スキンヘッドに、中国マフィアがかけていそうな丸眼鏡をかけた店主がたたずんでいた。独特な雰囲気の持ち主だ。背後でいつも「ごごご……」という擬音が聞こえてきそうだった。


 無言で、ぼくたちの前に水を出す。

 てか、さっきから「いらっしゃいませ」も聞いてないんだけど……。


「ラーメンは?」


 ぼくらから食券を奪い取ると、ぶっきらぼうに尋ねる。

 口火を切ったのは、鈴江だった。


「メンカタメノホソメンアジコイメユズナシシロネキマシマシ」


 なにそれ、呪文!

 異世界とかで最強とかになっちゃいそうなヤツですか!!


 だが、なにやら通じたらしい。

 ラーメン屋の店主は黙って首肯し、何やらメモを取る。


 次は詩子さんの番だった。


「ラーメンは?」


 詩子さんはどうしたらいいかわからないようだ。

 キョロキョロと辺りを見渡す。

 だが、助けようにもぼくにもわからなかった。

 肝心の鈴江は、何故かカウンターに頬杖を突き、一仕事を終えたサラリーマンみたいに余韻に浸っていた。


 いや、そこはフォローしてよ、鈴江。

 君、一応円卓の幹部なんだろ!

 彼女がピンチの時に助けるのが、君の役目じゃないか。


 とうとう行き詰まった詩子さんは、観念したように口を開いた。


「ニーハオシェエシェエオーシューシン」


 何故、そこで中国語なの!

 確かに店主は中国人っぽい感じだけどさ!!


 店主は黙って頷いた。


 頷くのかよ!

 今ので何がわかったんだよ。

 詩子さんが片言の中国語しか喋れないってことがわかっただけじゃないか。


 ごごご……。


 そして独特なオーラを放ちながら、店主はぼくの前に立ちはだかった。


「ラーメンは?」


 他の2人と同じ台詞を吐く。

 もしかして、この言葉しか知らないんだろうか。


「えっと……。全部、普通で」


 …………。


 何故か、微妙な間が生まれた。


 やがて店主は「ケッ」と舌打ちすると、作業を始める。

 え? その舌打ちいる!?

 ぼく、何かしたかな!



 ―― 6 ――



 3人黙って、ラーメンを待っていた。

 なんとも苦痛だ。

 折角の1時間なのに、詩子さんと喋れないとは。


 あ。そうだ。

 メールでなら、喋ってもいいかな。


 ぼくはスマフォを取り出した。

 瞬間、どこから飛んできたのか、白い腕に手首を捕まれる。

 元をたどっていくと、肉食獣のような目をした鈴江と視線が交錯した。


「(携帯は)しまえ」


「は、はい……」


 こ、こわひ……。


 ぼくはプルプルと肩をふるわせながら、スマフォをしまった。



 ―― 7 ――



 ようやくラーメンが出てくる。

 磯の香りがつんと漂ってきそうな魚介系スープ。

 どうやら、鯛や平目のアラで出汁をとっているらしい。

 特にこってりした要素もなく、むしろ卵麺と相まって、ラーメンが黄金色に輝いて見えた。


 そこまではいい。

 見るからに美味しそうだし、実際美味しいのだろう。

 けれど――。


「この格差は何?」


 ぼくの前に出てきたのは、本当に普通の量のこぢんまりとした器だった。

 確かにいったよ。

 普通って……。

 でもね、横を見ると、さすがに格差を感じずにはいられないんだ。


 隣を見た。


 鈴江の器にはたくさんの野菜が載っていた。

 これは彼女の注文通りなのだからいいのだが、問題は詩子さんの前に置かれた器だ。


 明らかに大盛り用の器に、大量の麺と、東京タワーみたいにもやしが載っていた。

 メンマやチャーシューの量も明らかに倍だ。

 おかしくない!?

 詩子さんって、中国語を言っただけだよね。しかも片言。

 なのに追加料金もなしに、あんなにトッピングが増えるってどういうことなの。


 明らかに店主が差別してるとしか。

 はっ! まさか、この人も詩子さんファンなのでは……。


 いや、今はそんな詮索より詩子さんが心配だ。

 いくらなんでも女性であの量は食べられない。

 まして、詩子さんはあまりラーメンを食べ慣れてないんだ。


「ごちそうさまでした」


 詩子さんはそっと器を置く。

 スープまで飲み干され、器の底に書かれた「ありがとうございました」という文字がくっきりと見えた。


 完食だ。


 いつの間にか詩子さんは、あの量のラーメンを食べきってしまった。

 早すぎ!

 詩子さん、もうちょっとよく噛んで、味わおうよ。

 それとも、ぼくがラーメンの量で葛藤してる間に、時間が盗まれたとでもいうのだろうか。


 わからない!

 ぼくには何が何だがわからないよ。


「あら? 帝斗くん。食が進んでないようですね」


 と、詩子さんは改めて割り箸を割り、食指を伸ばした。



 ―― 8 ――



 ようやく完食したぼくたちは、店を出る。

 ついに店長からは「ラーメンは?」という言葉しか聞けなかった。

 大丈夫だろうか、この店。


 鈴江は珍しくニコニコ顔でこういった。


「いやー、良かったな、店長」


「え? 何が?」


「どうやら姫崎家からもらった2000万円で借金が帳消しになったんだって。あれがなかったら、今月でお店を閉めてたそうだよ」


「マジかよ!?」


 なるほど。

 詩子さんへの対応がまるで違っていたのはそういう理由もあったのか。


「てか、鈴江。いつの間に店長と話したの?」


 鈴江はキョトンとした後、事も無げにこういった。


「いつって、今日の店長のスープが語っていたじゃないか」


 わかるか!!



 ―― 9 ――



「詩子さん、どうだった?」


 迎えの車を待っている詩子さんに、ぼくは話しかける。

 暮れなずむ夕焼けを背にして、彼女は微笑んだ。


「はい。おいしかったです」


「そう。良かった」


 色々あったけど、詩子さんが満足してくれたなら結果オーライだ。

 しかし、彼女の微笑みは一瞬だった。

 ちょっと物憂げな顔で、ぼくに告白する。


「でも……。ラーメン屋って、疲れるんですね」


 うん。そうだね。


 今度は2人でいこうか。

 出来れば、気軽に食べれるチェーン店で。



 ―― 了 ――


今週から1週間、忙しくなるので1日2話が難しそうです。

毎日投稿は続けるつもりなので、これからも応援よろしくお願いします。


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