17時限目 幼なじみ登場
第2章開幕!
一陣の風が校門前から校舎に向かって吹いた。
詩子さんの黒髪が大きくなびき、キラリと閃く。
美しい双眸は、心なしか薄暗く燃えているように見えた。
勇気を出し、自治会の原則を破った大柄の男は、頭を下げている。
如何にもバスケットボール部でキャプテンをしていて、ライバルに「泥にまみれろよ」と激励されそうな男子学生を、詩子さんの舌鋒は容赦なく切り裂いた。
「原始時代の方ですか? 鏡の使い方知ってますか? それとも日本語通じますか?」
おもむろに鞄の中からコンパクトを取り出す。
見せつけるように男子学生の顔を写した。
ひでぇ……。
相変わらずの切れだ。
というか最近、より切れ味が増してきているような気がする。
なんか詩子さんも楽しんでいるような……。
光乃城学園の風物詩。
ギャラリーが取り囲む中で、ぼくは本日も強行された野良告白を見ながら思った。
告白に失敗した男子学生は、重力にも敗北して項垂れる。
その横を何事もなかったかのように詩子さんは通り過ぎて行った。
男子学生の嗚咽が、朝の光乃城学園に響く。
それで終わりだと思っていた。
「そ、そこまでいう必要ないだろ!!」
男子学生は立ち上がると、詩子さんを背後から襲った。
またぼくは「詩子さん!」と叫びそうになった瞬間、1人の学生が立ちはだかる。
肩の辺りで切りそろえたボブ。
ややつり上がった大きな瞳。
男子学生よりも一回り小さな体躯の学生は、ひどく中性的な容貌ながら、己の性別を誇示するかのように女子の制服を着ていた。
その玉のような肌の手には、木刀が握られている。
ふう、と大きく息を吐き出し、裂帛の気合いを上げた。
襲いかかってきた男子学生と交叉する。
勝負は一瞬だった。
がくりと膝を落としたのは男子学生だ。
そのまま昏倒する。
対して女子はふーと息を吐き、まるで鞘に収めるように木刀を腰に差す。
「案ずるな、不意打ちだ」
おお!
歓声が上がる。
パチパチと拍手が送られた。
やがて、民族大移動よろしく校舎へと向かう詩子さんファン達が移動していく。
その中で、ぼくだけが詩子さんを守ってくれた学生に拍手を送り続けた。
「ありがとう、鈴江」
声をかけると、「ひゃっ」と可愛い悲鳴が聞こえた。
ぼくを認めると、髪を撫でる。
やがて大きな瞳をぼくに向けた。
彼女の名前は新氏鈴江。
ぼくの幼なじみで、小学生の頃は園市と一緒によく遊んでいた。
鈴江は中学から光乃城学園に通っていて、公立の中学校へ行ったぼくと園市とは、段々疎遠になっていたが、この度高校で合流することになった。
しかも、同じクラスである。
「詩子さんを助けてくれてありがとう」
「別に……。私は私の仕事をしただけだ」
実は、同じクラスになったとはいえ、鈴江とはあまり話をしたことがない。
入学当初は、お互いの距離感がうまく掴めなかったし、クラスになれてからは、ちょうど発足した『円卓』に鈴江は入隊してしまったため、機会を逸していた。
「そのぶっきらぼうな言い方は相変わらずだな。その方が君らしいけど」
鈴江は軽く腕とスカートについた砂を払う。
入念におかしなところはないかチェックした。
綺麗好きなところも相変わらずらしい。
「帝斗」
ややきつい口調でぼくの名前を呼んだ。
「あ……あまり私に話しかけるな」
「え?」
鈴江は肩を切り、ぼくから離れようとした。
去って行く小さな肩を見つめる。
だけど、ぼくはその時、無性に鈴江のいうことに叛逆したくなった。
反射的に鈴江の手を握る。
びっくりするぐらい柔らかな感触が返ってきた。
その感覚におじけることなく、ぼくは幼なじみを睨む。
「な……なんだ?」
対して鈴江は明らかに動揺していた。
白い頬が、夕焼けの光りを受けたように赤くなる。
「あのね、鈴江。1つ……いや、2ついいたいことがある」
「は、離せ! 私は何もお前と話すことは――」
ぼくの手から逃れようと鈴江は必死に腕を振る。
だが、ぼくは高校に入ってますます可愛くなった幼なじみの手を離そうとはしなかった。
真剣に向かい合う。
息を呑んだのは、鈴江の方だった。
「あのね。鈴江……」
「は、はい」
鈴江の声が上擦る。
「不意打ちじゃなくて、峰打ちでしょ?」
「へっ?」
【不意打ち】
だしぬけに相手に攻撃をしかけること。予告なしに物事を行うこと。
【峰打ち】
刀のみねで相手を打つこと。棟打ち。
「はうぅ!!」
鈴江の頭からヒューと蒸気が噴き出す。
一生の不覚といわんばかりに、顔を隠し、その場に蹲った。
ショックを受ける鈴江の肩をポンと叩く。
こちらを向くと、若干涙ぐんでいた。
「あとね。申し訳ないんだけど、たぶん峰打ちって領域を越えてると思う」
校門付近はにわかに騒がしくなっていた。
先ほど鈴江に“峰打ち”を食らった男子学生が、泡を吹いて倒れていた。
「お、おい! こいつヤバくねぇか」
「白目剥いてるぞ!」
「誰か、保健の先生呼んでよ!」
「救急車! 救急車!!」
ぼくは無理矢理苦笑した。
鈴江は目を白黒させる。
そして――。
「わ、私は悪くない。悪くないんだ」
突然、わんわん泣きながら、走り出した。
ちょっと鈴江、逃げるのはダメ!
「待って! 鈴江!」
「ええい! ついてくるな! お前とはもう――」
しばしぼくたちは追いかけっこをした。
ちょっと昔のことを思い出す。
ちなみに男子学生はその後、意識を取り戻した。
穏やかに流れる河の向こうに、詩子さんみたいな女神が立っていたという。
後年彼は「大霊界の女神」というスピリチュアル本を出して成功するとは、この時誰も予言できなかっただろう。
そして、ぼくはもう1つ知らないことがあった。
ぼくと鈴江の行動を、詩子さんは見ていたのだ。
◇◇◇◇◇
「にゃははは……。それは災難だったね、鈴江ちゃん」
猫のように笑ったのは鳥栖ひとえだった。
やや乱暴に切りそろえた短め髪に、頬にはタトゥーシール。
いつも派手な黄色のパーカーを羽織り、やや少女趣味が入ったフリルの付いた服装を纏っている。とはいえ、背が低く、小学生にしょっちゅう間違えられるひとえには、よく似合っていた。
棒付きの飴玉をなめる姿はまさに、といった感じで、同級生は悪びれることもなく、側の鈴江を肘でこついた。
「ちょっと力加減をミスっただけだ」
「ホントにちょっとかなあ……」
ひとえは「ししし……」と怪しく笑う。
鈴江はぐっと口を噤み、堪えた。
「2人とも姫崎さんの移動教室任務の最中だぞ。もう少し緊張感を保て」
たしなめたのは上級生の賀部記子だ。
流れるような美しい黒髪と、ほっそりとした肢体。
そこに大人顔負けの胸パーツがはめこまれ、細いが故に余計大きく見える。
詩子の影に隠れているが、ファンは多い。ただ苛烈な性格を予想させるつり上がった瞳から、怖がるものも多かった。
現在、姫崎詩子を伴って、3人は化学室へと向かっていた。
円卓のメンバーは、交代制でいつも詩子の側にいる。
廊下で隙あらば告白しようとする輩をブロックするためだ。
今日のメンバーは、鈴江、ひとえ、賀部の幹部クラスに加え、数名の兵隊が取り囲んでいた。仰々しい移動から「姫騎士の回診」「姫騎士行列」と呼ぶものもいる。
「すいません」
「は~い」
下級生2人組は謝罪する。
しばらく歩いていると、今日に限って鈴江はやたらと視線を感じていた。
朝の事件から注目を浴びているのかと思いきや、すぐ後ろからだ。
鈴江の真後ろにいるのは1人しかいない。
護衛対象である【姫騎士】だった。
鈴江は思いきって声をかける。
「何か?」
「ちょっと! 鈴江ちゃん。円卓のメンバーが許可なく姫崎さんに声をかけるのは、御法度だって知ってるよね。ひとえちゃんだって、我慢してるんだよぉ」
横のひとえに怒られる。
だが、それをいさめたのは姫崎詩子本人だった。
「あ、いや、いいです。ごめんなさい。わたしがその――悪いんです」
「はあ?」
ひとえは飴をなめながら、首を傾げた。
詩子は改まって鈴江に尋ねる。
「あの……新氏さん」
「は、はい」
思えば、詩子から声をかけられたのは、初めてのことだった。
「あの……みか――じゃない――お、大久野くんのこと知ってるんですか?」
「ええ。まあ……。一応――。幼なじみ、です」
その時、1本の満開の桜が咲き乱れるように詩子は大仰に笑った。
若干顔を上気させ、興奮してるようにも見える。
やがて、がっちりと鈴江の手を掴んだ。
「わたし、知りたいです! 昔の大久野くん!!」
「へ?」
鈴江は呆気にとられる。
宇宙一美しいといわれる美少女の顔をぼんやりと見つめ続けた。
いきなり新キャラが3人も登場しましたが、いかがだったでしょうか?
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