16.5時限目 黄昏の口吻(後編)
お待たせしました。
前後編になっているので、前編を読んでいない方は前編から読むことをオススメします。
詩子さんの弁当の一部を持ち帰ることができず、妹にこっぴどく叱られた夜。
ぼくは自室で悶々としていた。
あれから詩子さんとは何も喋っていない。
いつもなら、メールが来る時間なのだけど、TLは今日の朝から更新されていなかった。
ふと思う。
あの時、詩子さんはどう思っていたのだろうか。
本当に望んでいたのだろうか。
いや、それは卑怯な考え方のような気がする。
それは彼女のせいしているようなものだ。
問題はやはりぼくだ。
ぼくなんだ。
ぼくがあの時、本当に姫崎詩子とキスしたかったのか。
それが重要なんだ。
でも、考えてもわからなかった。
結局、正解探しになってしまう。
あの時、判断として何が正しかったのか。
そんな不毛なことばかり考えてしまう。
こんな時、誰かに相談できればいいのだけど、適任がいない。
詩子さんが大好きな理采にいうわけにはいかないし、事情を知らない園市などは論外だ。
唯一適役といえるのは、会長なのだろうけど、あの人にだけは頼りたくなかった。
結局、ぼくはその夜、一睡も出来なかった。
◇◇◇◇◇
次の日、驚くほど普通の日常が待っていた。
詩子さんはいつも通り、入り待ちのファンに囲まれ登校していた。
久しぶりの野良告白にも怖じけることなく。
「良かったですね。金も額も、その不細工な顔と醜い心も両親からもらって」
切れのいい一突きを放っていた。
教室に行けば、円卓の兵士が取り囲み、その中で詩子さんは淡々と授業の用意をしている。
ぼくはといえば、園市に絡まれ、1日ぶりに復活した妹特製お重弁当について、いじられていた。
1時限目、2時限目……。
光陰のように時間が過ぎ、気がつけば放課後になっていた。
あ……。
そういえば、今日はどこで会うか決めてない。
でも、会って何を話せばいいのだろうか。
いつも通り、他愛のない話をすればいいのだろうか。
そもそもどういう顔をしたらいいのかさえもわからなかった。
今日はないな。
勝手に結論を付けた瞬間、メールの着信音が鳴った。
【いつもの教室で待ってます】
迷いはなかった。
ぼくの短足は駆けだしていた。
どたどたと猛牛のように廊下を駆け、やがて件の教室に辿り着く。
少し震える手で引き戸を引いた。
大量の茜色が教室を染めている。
その片隅に、まるで影法師のような黒い髪が見えた。
ぼくを認める。椅子を蹴るように立ち上がった。
荒々しい上履きの音が教室に響く。
詩子さんが何も言わず、近づいてきたのだ。
これはきっと怒られる。
直感した。
意気地のないぼくに、詩子さんは失望したのだろう。
ぼくは罵られる。もしかしたら、殴られるかもしれない。
いや、殴りはないかな。平手ぐらいなら。
ちょっと怖い。
「帝斗くん!!」
ぼくは反射的に目をつぶった。
「ごめんなさい!」
「え?」
目を開ける。
詩子さんが頭を下げていた。
さらりと伸びた黒髪に、綺麗なエンジェルリングが出来ている。
「あの時、なんかぼうとしちゃって。自分でも訳がわからなくなって。ただあの2人を見てると、なんだが急に帝斗くんが愛おしくなって。その……わたし…………何も覚悟もないまま、あんなことを…………」
え? 詩子さん、何をいってるの?
悪いのは、ぼくの方なのに……。
「謝って済む問題じゃないかもしれません。……でも、それでもわたしの友達でいてくれますか?」
顔を上げる。
オニキスの瞳は、大雨に打たれたかのように濡れていた。
泣いているのは明白だ。
けれど、ぼくは安心していた。
詩子さんと全く同じだったからだ。
あの時、詩子さんも同じ気持ちだった。
流されるまま興奮し、わけもわからないまま欲情し、唇を差し出した。
時々、ぼくは勘違いする。
詩子さんは宇宙一の美少女だ。
その美しさが、彼女を超越者に仕立ててしまう。
だけど、ぼくからいわせれば、彼女は現在進行形で、ただの女子高生なんだ……。
馬鹿だ。
本当に馬鹿だ、ぼくは。
そんなのとっくにわかっていたじゃないか。
入学式の時。
他愛もない会話で、声を上げて笑う彼女を見た時から。
そしてぼくはそれを信じていたからこそ、今もこうして詩子さんと2人っきりでいられるんだ。
「友達じゃないよ……」
「え?」
「ぼくたちは恋人同士じゃ……ないかな?」
照れくさそうにぼくは返答した。
詩子さんの瞳に、さらに大粒の涙が滲んだ。
「そ、そうです」
「よかった」
本当に良かった。
ぼくは心底をホッとした。
「ぼくの方こそごめん。――たいがいぼくってぐずだよね。意気地無しの上に、先に女の子に頭を下げさせるなんて」
理采にいったら、一生口をきいてもらえないかもな。
だけど、詩子さんはぶんぶんと髪を振った。
「そんなことありません。誰だって、ああなったら戸惑うと思います」
「だから、詩子さん。お願いがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「ぼくを殴ってくれない?」
「――え?」
自分が許せなかった。
どうあれ、ぼくは詩子さんを傷つけたに違いない。
きっと彼女も一杯悩んで、教室にいるのだろう。
彼氏として最低なことをしたように思う。
殴って許されるとは思わないけど、これぐらいやらなきゃ、男じゃない。
「わかりました……。じゃあ――」
詩子さんは振りかぶる。
ぼくは目をつぶった。
どんと来い、と顔を張る。
目を閉じ、しばらく待つ。
不意に詩子さんの匂いがした。
気になって片目を少し開ける。
詩子さんの顔があった。
瞬間、ぼくたちの唇は重なった。
熱い。
そして柔らかい。
好きな人と1つにつながった。
そんな感覚があった。
ああ。そうか。
何も考える必要なんてなかったんだ。
ただぼくたちは大好きな人とキスをしたかった。
それだけで十分だったんだ。
先に唇を離したのは、詩子さんだった。
上気した顔でぼくを見つめる。
体液で濡れた唇は、陽の光を受けて光っていた。
「痛かったですか?」
「うん。とっても……」
心が今にも張り裂けそうだ。
我慢できなかった。
ぼくは詩子さんの肩を掴むと、一気に引き寄せた。
茜色が教室を染める中。
ぼくたちは2度目のキスをした。
◇◇◇◇◇
1時間はとうに過ぎていた。
なかなか退校しない詩子を心配し、姫崎亜沙央は例の教室に向かう。幸い、まだ生徒は騒いでいない。
最近、詩子がつといなくなるのは、ファンの間でも周知の事実になっており、割と冷静な人間が多かった。それでも、今すぐ連れ出さないと、まずいことになる。
ケータイを鳴らしてみたが、どちらも反応はない。
電源はついているらしく、GPSはこの学校を指していた。
――よもや一線を越えたのかな……。
少しワクワクしながら、亜沙央は教室の前に立つ。
静かなものだ。
どうやら情事の真っ最中というわけではないらしい。
残念、と胸中で呟きながら、引き戸を引いた。
「2人とも……。気持ちはわかるが、ゴムの用意は――って」
亜沙央が見たのは、教室の角でお互い寄り添う2人の姿だった。
静かに寝息を立て、眠っていた。
ちなみに着衣に乱れはない。
どうやら疲れて寝ているらしい。
無言で近づいていく。
気づいた様子はない。
その無防備な顔を見ながら、亜沙央は帝斗の頬を軽くつねった。
「この果報者め」
にししし、と亜沙央は笑う。
しばし幸せそうなカップルを見つめた。
第1章、これにて終了です。
明日から第2章が開始します。
今まで主なキャラクターが5人ほどだったのですが、2章からはだいぶ増えます。
1章の静かな印象から、割とわちゃわちゃする感じになりますが、
引き続き読んでいただければ幸いです。
作品の基本は1章となりますので、
ブクマ・評価または感想、レビューなども随時お待ちしております。
長くなりましたが、今後とも
「絶対無理と思っていた学園一の美少女【姫騎士】と付き合い始めたら、何故か甘々な関係になりました」をよろしくお願い申し上げますm(_ _)m




