16時限目 黄昏の口吻(前編)
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これからも更新頑張ります!
帝斗くん……。
声が聞こえた。
つと天上を見上げると、詩子さんが見えた。
真っ白な翼を広げ、、黒髪の上には光輪が輝いている。
神様が着るような白い長衣をなびかせ、光が近づいてきた。
ああ、そうか。
やっぱり詩子さんは、女神だったんだ。
すぐに納得した。
ずっと思っていた。
人間を超越したような美しさ。
神様でなければ、一体何者なのだろうか、と。
帝斗くん……。
その囁きは、音楽の神様が奏でるハープのように心地良かった。
やがてそっとぼくの頬を撫でる。
思わず笑みを浮かんだ。
そのまま溶けてなくなりそうなほど、気持ちいい。
白い美貌が近づく。
桃色の唇がゆっくりとぼくに迫ってきた。
「詩子さん……」
身を委ねる。
目をつむった。
「帝斗くん!」
ハッと目が覚めた。
視界に快晴の空と給水塔、そして女神の容貌が映っていた。
残念ながら、翼はない。光輪も。
代わりに、光乃城学園の制服を着た姫崎詩子さんが、じっとぼくを見つめていた。
その距離――わずか15センチ弱。
かすかな息すら届きそうだった。
あ。そうか。
ぼく、寝ちゃって。
「ごめん。完全に寝落ちしてた」
慌てて、起き上がる。
すると、詩子さんはぼくの口をそっと塞いだ。
しー、と薄い口元に指を当てる。
静かに、ということなのだろうけど、ぼくは叫びたい気持ちをぐっと堪えていた。
詩子さんがぼくの口を塞ぐと同時に密着する。
たおやかな胸が今まさに右上腕部を圧迫していた。
あまりのことに、ぼくはかちんこちんに固まってしまった(どこかは言えない)。
そんなぼくの心境を知らず、詩子さんは囁く。
「人が来ました」
「え? ここって立ち入り禁止じゃ」
とはいえ、普段から施錠をされているわけじゃないようだ。
立ち入り禁止と階段手前で書かれているだけで、ぼくたちもあっさりと入る事が出来た。
「か、隠れた方がいいんじゃ」
「ですね」
ぼくたちはそそくさと物陰に隠れる。
同時に、2人の生徒が入ってきた。
男子と女子だ。
「いいの? こんなとこに入って。さっき立ち入り禁止って書かれてたよ」
「大丈夫だって。ここは穴場なんだよ」
女子生徒は怖々と辺りを見渡す。
天上のないことの解放感からか、それとも慣れているのか、男子生徒の方は大きく伸びをしたりしていた。
仲が睦まじいことは、様子からわかる。
きっとカップルなのだろう。
そして、男女が人のいないところですることといえば、相場は決まっていた。
男は女の子を後ろから抱きしめる。
「ちょ……」
抵抗しながらも、女の子の顔は笑っていた。
男は唇を動かす。
声は聞こえなかったが「いいだろ」といったような気がした。
気恥ずかしそうに女の子は頷く。
お互いの距離間を探るように首を動かすと、やがて固定された。
そして唇へと照準を合わせる。
「う……」
甘い声が聞こえた。
2人はむさぼり合うように求め合う。
慣れているのだろう。きっとああやってキスをするのも、1回や2回じゃないはずだ。
ぼくと同じ服を着た高校生達が、メロドラマの俳優のように長いキスをかわしていた。
つとぼくは同じく給水塔の影に隠れ、座り込んだ詩子さんに視線を落とす。
詩子さんも高校生のカップルを食い入るように見つめていた。
白い頬は赤くなり、やや息苦しそうにタイを緩めている。
その唇は少し――震えているように見えた。
詩子さんはどう思っているんだろうか。
淡い桃色の唇を見つめながら、ぼくは思った。
やがて詩子さんはぼくの袖を掴む。
赤らんだ顔を上げた。
見たこともないほど綺麗で、愛おしく感じた。
「帝斗くん……」
小声でぼくを呼ぶ。
さらに続けた。
「帝斗くんも、わたしとああいうことしたいですか」
…………!
即答できなかった。
神の奇跡と呼ばれた少女とキスをする。
想像もできないことだ。
けれど、ぼくたちは付き合っている。
たった1時間だけど、こうして学校がある日は毎日会っている。
恋人同士が、ああやってキスをすることは至極当たり前のことだ。
使命感が、ふつふつと湧いた。
ぼくは結局答えなかった。
言ったら、否定されるような気がしたからだ。
だから、ぼくもまた膝を突き、詩子さんと視線を交わす。
じっと見つめ、そっと細い肩に手を置いた。
長い睫毛が下を向く。詩子さんは目をつぶった。
相変わらず、その唇は震えている。
顔を近づけていった。
吸い込まれるように、淡い桃色の唇に向かっていく。
いいのかな……。
土壇場で、疑問がわき上がる。
打ち払おうとしたけど、ぼくは出来なかった。
本当にいいのだろうか。
カップルがキスをするシーンを見て。
赤くなって。
付き合っているからといって、まるで義務のように。
果たしてそれでいいのか。
ぼくは思った。
思ってしまった。
そう思ったら、ぼくの顔は止まっていた。
詩子さんは瞼を閉じてしまっている。
なのに――。
ピロピロ……。
ぼくの胸にしまったスマフォの着信音が、晴天の空に鳴り響いた。
反射的に着信を切る。
時すでに遅しだった。
「ちょ! 誰?」
同極を突き合わせた磁石のようにカップルは別れる。
「おい! そこに隠れてるヤツ! 出てこい!」
「やめようよ。もう行こ!」
女子生徒は、凄む男子の手を握ると、揃って階下へと降りていった。
ぼくはホッと胸を撫で下ろす。
だけど、何に安心したのかよくわからなかった。
ぼくたちの関係がバレなかったからか。
カップルを盗み見していることを追及されなかったからか。
それとも、詩子さんとキスしなかったことが、か。
今の火照った頭では判断しようがなかった。
詩子さんもまた呆然としていた。
ぼくと目を合わさず、校庭の方をぼうと見つめている。
何か話しかけようと口を動かそうとした。
しかし、遮るように昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
後編は本日18時に投稿予定です。
一応、一区切りということで次回が1章最終回になります。
2章も続けて投稿していくので、お楽しみに!




