表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/49

15時限目 時々、お弁当のち膝枕

作者が住む場所ではあいにくの天気ですが、

お昼休みの快晴の下で読んでもらえればと思います。


※ タイトル変更いたしました。

「なに、お兄ちゃん。明日、お弁当いらないの?」


 理采はリビングのソファーでくつろぎながら、ぼくを睨んだ。

 もうすぐ寝る時間前というのに、彼女の側にはポ〇チの袋が置かれ、今まさに頬張ろうとしている。


 デブまっしぐらな行動なのだけど、ぼくと違って理采は太らない。

 特に運動をしているわけでも、食事を抜いているわけでもなかった。

 本人曰く「毎日、きちんと家事をこなしていたら太らないものだよ」だそうだ。

 全国の主婦(父)の方、良かったら参考にしてほしい。


「うん。理采には悪いんだけど……」


 申し訳なさそうに、ぼくは理采にいった。

 ぼくに御飯を作るのは、妹にとって生きがいみたいなところがある。

 それを断るのは、気が引けた。


 だけど、理采は――。


「いいよ」


 あっさり頷く。

 いい音をさせてポ〇チを割りながら、改めてぼくの方に向き直った。


「なに? お兄ちゃん、もしかしてダイエットとか? でも、若い頃から食事抜くのは感心しないなあ、理采は。成長期に必要なエネルギーは1日――」


 小学生とは思えない科学的な講釈を垂れる。

 とりわけ理采の口から出た「若い頃」という言葉の違和感が、半端なかった。


 一応、説明しておくと、ぼくと理采は普通の兄妹の関係に戻った。

 あれから食卓で詩子さんの話題が出ることもなかったし、理采から詩子さんの話を切り出すこともなかった。どうやら、彼女の中でなんらかの整理がついたようだ。

 ぼくとしては、またこうして理采と普通におしゃべりできることが、何より嬉しかった。


「実は、今度詩子さんとお弁当を食べることになってね。昼食を作ってきてもらうんだ。だから――」


 天井から釣り上げられるように理采は立ち上がった。

 すると、突然走り出す。

 リビングを抜け、あっという間に階段を上り、あろうことかぼくの部屋に入った。


「ちょ! 理采!!」


 妹の暴走は止まらない。

 ぼくの学生鞄(大きめのボストンバックタイプ)から、教科書や筆記用具、ゲームを根こそぎ取り出す。

 おもむろに鞄の中へ足を突っ込むと、器用に身体を折りたたみ、ジッパーを閉めて入ってしまった。


「…………」


 取り憑かれたような少女の奇行に、ぼくは呆然とするより他ない。

 理采は閉めたジッパーを少しだけ開ける。

 冷たい顔を覗かせ、こう言った。



「さあ、連れていきなさい……」



 連れていけるわけないだろ!

 妹を学生鞄に詰めて登校する兄貴がどこにいるんだよ!!


 はあ……。前言撤回。

 結局、妹の狂気じみた詩子さんへの愛情は現在も進行中らしい。


 明け方近くまで理采を説得したぼくは、「詩子さんの弁当の一部の食材を持ち帰る」という契約を交わし、ようやく鞄の中から出てきてもらった。



 ◇◇◇◇◇



「いい天気ですね」


 詩子さんは空を仰いだ。

 秋晴れの空に浮かぶ太陽を見上げながら、手でひさしを作る。

 少し肌寒い風が、黒髪を乱すと、砂金がこぼれるように輝いた。


 目が覚めるとはこのことだ。

 今日も、ぼくの女神は美しかった。


 ぼくたちは今、屋上に来ていた。

 本来は立ち入りが禁止されている場所なのだが、特別にということで会長が解放してくれたらしい。

 現在、光乃城学園は絶賛昼休みの真っ最中で、階下からは生徒の声が聞こえる。

 一部の男子生徒が、校庭に出てサッカーボールで遊んでいるのが見えた。


 いつもは茜色の放課後だけど、青空の下で見る詩子さんも乙なものだ。


「どこで食べましょうか?」

「え? そ、そうだね。あそこの影でいいんじゃないかな」


 ぼくは給水塔付近に出来た影を指さす。

 かなり温度が低くなったとはいえ、直射日光の下ではさすがに暑い。

 詩子さんのお肌にも悪いしね。


 いいですね、と詩子さんも同意して、ぼくたちはそこに座り、弁当を広げた。


「うわあ……」


 赤、黄、緑、そしてゴマがかかった白米。

 とかくカラフルな色が、弁当箱一杯に詰まっていた。

 野菜料理がほとんどかと思ったけど、きちんと肉料理や、定番の卵焼きまである。

 どれもこれも美味しそうだ。


 理采が作る茶色のガッツリ系弁当も好きだけど、こういう鮮やかな色の弁当に、ぼくは密かに憧れていた。


「お口に合うかどうか」


 そんな……。

 詩子さんが作った料理なんだ。

 たとえ、毒が含まれても食べるよ。


「いただきます」


 どれにしようかな?

 まずは定番の卵焼きからいただこうか。

 ぼくは掬うように卵焼きを持ち上げる。

 影の中だというのに、心なしか輝いているように見えた。


 これが詩子さんが作った卵焼きか……。


 ん? でも、なんか緑というか野菜が入ってる?


「青菜です。普通の卵焼きと違って、少し食感が違うと思います」


 詩子さんは解説してくれる。

 なるほど。青菜が入ってるのか。楽しみだ。

 ちょっともったいない気がするけど、ぼくは青菜入りの卵焼きを口に入れた。


「おいしい!!」

「良かった!」


 ふわりとした卵焼きに、シャキッとした食感の青菜がアクセントになっていて、噛み応えがある。

 味付けもばっちりだ。


「隠し味に白出しを使ってるんですよ」

「だから、味が上品な感じがするんだね」


 てっきり、詩子さんが作ってるからかと。


「こっちもいいかな」

「はい。どうぞ。鶏肉のトマト煮込み風です」


 名前からして凝ってるなあ。


 口に入れる。

 はう……! こっちも絶品だ。

 パリパリの鶏肉に、ケチャップの酸味と、ウスターソースの甘味が絶妙に合っていた。

 実はぼくは酸味が少し苦手なのだけど、これはちょうど良い。

 少し辛目に味付けされていて、そのおかげであまり気にならなかった。


 何より白飯と凄く合う。

 赤いトマト風ソースの中にある辛みが、御飯を進ませた。


 気がつけば、弁当が空になっていた。


「ごちそうさま」

「お粗末様でした」


 詩子さんは微笑む。

 いいな。ごちそうさまっていった後に、女の子に「お粗末様でした」っていわれるの、ちょっと憧れていたんだよね。


 軽く黒髪を掻き上げながら、詩子さんは弁当の蓋を閉じ、片付けをはじめた。


「おいしかったよ」

「良かったです」

「詩子さんが良ければ、また作ってくれる」

「もちろん。週に1度でいいから、昼食を一緒に食べましょう」

「うん。いいね」


 欲を言えば、毎日でも食べたい。

 でも、ぼくたちが会えるのは1日1時間と決められている。

 それだけに使うのは、少しもったいないかもしれない。


 ぼくの意に反し、瞼が重くなる。

 うつらうつらとしかけた。

 そういえば、今日は満足に眠っていない。

 理采と朝方近くまで激論を交わしていたからなあ。


「寝不足ですか、帝斗くん」

「うん。ちょっとね」


 折角、詩子さんと2人っきりの時間なのに……。

 こんなところで眠るわけにはいかない。

 でも、容赦なく睡魔はぼくの意識を刈り取ろうとする。


「よろしければ、どうぞ」


 詩子さんは行儀良く正座した太ももを叩く。

 一瞬、理解に苦しんだ。

 霞がかった意識の中で、ぼくは必死に答えを模索する。


「そ、それって、膝枕ってこと」


「はい」


 詩子さんは太陽のように微笑んだ。


「そ、そんな悪いよ。それに寝ちゃったら、1時間が無駄になるじゃないか」


「おしゃべりしたり、一緒に弁当を食べたりするのが、重要じゃありません。わたしにとって、帝斗くんと2人っきりでいるのが大切なんです」


「詩子さん……」


「ダメですか?」


 詩子さんは少し申し訳なさそうに懇願する。

 上目遣いに、ぼくを見つめた。

 そんな顔されたら、「NO」なんてい言えるわけないじゃないか。


「詩子さんがいいなら……」


「はい。どうぞ」


 再び黒のストッキングに隠れた太ももを叩く。

 ぼくは喉を鳴らした。

 宇宙一の美少女にして、【姫騎士】と讃えられる女の子の膝枕。

 もし、値段を付けるとしたら、一体どれほどになるのだろう。


 ぼくは物怖じしながら、ゆっくりと体勢を変えていった。

 精密部品を下ろすように側頭部を、詩子さんの膝枕に着地させる。


「ふわ……」


 やわらけぇええええ!!


 なんだ、これ?

 太ももってこんなに柔らかいもんだっけ。

 いや、詩子さんだからだろうか。

 ひたすら気持ちいい。

 膝枕という沼にそのまま溺れてしまいそうだ。


 詩子さんの匂いがする。

 ほっとした。

 すべて委ねたい。

 そんな気分だった。


 そして気がつけば、ぼくは眠りに落ちていた。


今日はこの1本だけになります。

明日は前編・後編で再び昼休みのシーンからになります。

第1章の山場と考えているので、お楽しみに

10月20日 12時と18時に投稿する予定です。


日間ジャンル別3位に返り咲きました。

ブクマ・評価・感想をいただいた方ありがとうございます。

引き続き応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ