15時限目 時々、お弁当のち膝枕
作者が住む場所ではあいにくの天気ですが、
お昼休みの快晴の下で読んでもらえればと思います。
※ タイトル変更いたしました。
「なに、お兄ちゃん。明日、お弁当いらないの?」
理采はリビングのソファーでくつろぎながら、ぼくを睨んだ。
もうすぐ寝る時間前というのに、彼女の側にはポ〇チの袋が置かれ、今まさに頬張ろうとしている。
デブまっしぐらな行動なのだけど、ぼくと違って理采は太らない。
特に運動をしているわけでも、食事を抜いているわけでもなかった。
本人曰く「毎日、きちんと家事をこなしていたら太らないものだよ」だそうだ。
全国の主婦(父)の方、良かったら参考にしてほしい。
「うん。理采には悪いんだけど……」
申し訳なさそうに、ぼくは理采にいった。
ぼくに御飯を作るのは、妹にとって生きがいみたいなところがある。
それを断るのは、気が引けた。
だけど、理采は――。
「いいよ」
あっさり頷く。
いい音をさせてポ〇チを割りながら、改めてぼくの方に向き直った。
「なに? お兄ちゃん、もしかしてダイエットとか? でも、若い頃から食事抜くのは感心しないなあ、理采は。成長期に必要なエネルギーは1日――」
小学生とは思えない科学的な講釈を垂れる。
とりわけ理采の口から出た「若い頃」という言葉の違和感が、半端なかった。
一応、説明しておくと、ぼくと理采は普通の兄妹の関係に戻った。
あれから食卓で詩子さんの話題が出ることもなかったし、理采から詩子さんの話を切り出すこともなかった。どうやら、彼女の中でなんらかの整理がついたようだ。
ぼくとしては、またこうして理采と普通におしゃべりできることが、何より嬉しかった。
「実は、今度詩子さんとお弁当を食べることになってね。昼食を作ってきてもらうんだ。だから――」
天井から釣り上げられるように理采は立ち上がった。
すると、突然走り出す。
リビングを抜け、あっという間に階段を上り、あろうことかぼくの部屋に入った。
「ちょ! 理采!!」
妹の暴走は止まらない。
ぼくの学生鞄(大きめのボストンバックタイプ)から、教科書や筆記用具、ゲームを根こそぎ取り出す。
おもむろに鞄の中へ足を突っ込むと、器用に身体を折りたたみ、ジッパーを閉めて入ってしまった。
「…………」
取り憑かれたような少女の奇行に、ぼくは呆然とするより他ない。
理采は閉めたジッパーを少しだけ開ける。
冷たい顔を覗かせ、こう言った。
「さあ、連れていきなさい……」
連れていけるわけないだろ!
妹を学生鞄に詰めて登校する兄貴がどこにいるんだよ!!
はあ……。前言撤回。
結局、妹の狂気じみた詩子さんへの愛情は現在も進行中らしい。
明け方近くまで理采を説得したぼくは、「詩子さんの弁当の一部の食材を持ち帰る」という契約を交わし、ようやく鞄の中から出てきてもらった。
◇◇◇◇◇
「いい天気ですね」
詩子さんは空を仰いだ。
秋晴れの空に浮かぶ太陽を見上げながら、手でひさしを作る。
少し肌寒い風が、黒髪を乱すと、砂金がこぼれるように輝いた。
目が覚めるとはこのことだ。
今日も、ぼくの女神は美しかった。
ぼくたちは今、屋上に来ていた。
本来は立ち入りが禁止されている場所なのだが、特別にということで会長が解放してくれたらしい。
現在、光乃城学園は絶賛昼休みの真っ最中で、階下からは生徒の声が聞こえる。
一部の男子生徒が、校庭に出てサッカーボールで遊んでいるのが見えた。
いつもは茜色の放課後だけど、青空の下で見る詩子さんも乙なものだ。
「どこで食べましょうか?」
「え? そ、そうだね。あそこの影でいいんじゃないかな」
ぼくは給水塔付近に出来た影を指さす。
かなり温度が低くなったとはいえ、直射日光の下ではさすがに暑い。
詩子さんのお肌にも悪いしね。
いいですね、と詩子さんも同意して、ぼくたちはそこに座り、弁当を広げた。
「うわあ……」
赤、黄、緑、そしてゴマがかかった白米。
とかくカラフルな色が、弁当箱一杯に詰まっていた。
野菜料理がほとんどかと思ったけど、きちんと肉料理や、定番の卵焼きまである。
どれもこれも美味しそうだ。
理采が作る茶色のガッツリ系弁当も好きだけど、こういう鮮やかな色の弁当に、ぼくは密かに憧れていた。
「お口に合うかどうか」
そんな……。
詩子さんが作った料理なんだ。
たとえ、毒が含まれても食べるよ。
「いただきます」
どれにしようかな?
まずは定番の卵焼きからいただこうか。
ぼくは掬うように卵焼きを持ち上げる。
影の中だというのに、心なしか輝いているように見えた。
これが詩子さんが作った卵焼きか……。
ん? でも、なんか緑というか野菜が入ってる?
「青菜です。普通の卵焼きと違って、少し食感が違うと思います」
詩子さんは解説してくれる。
なるほど。青菜が入ってるのか。楽しみだ。
ちょっともったいない気がするけど、ぼくは青菜入りの卵焼きを口に入れた。
「おいしい!!」
「良かった!」
ふわりとした卵焼きに、シャキッとした食感の青菜がアクセントになっていて、噛み応えがある。
味付けもばっちりだ。
「隠し味に白出しを使ってるんですよ」
「だから、味が上品な感じがするんだね」
てっきり、詩子さんが作ってるからかと。
「こっちもいいかな」
「はい。どうぞ。鶏肉のトマト煮込み風です」
名前からして凝ってるなあ。
口に入れる。
はう……! こっちも絶品だ。
パリパリの鶏肉に、ケチャップの酸味と、ウスターソースの甘味が絶妙に合っていた。
実はぼくは酸味が少し苦手なのだけど、これはちょうど良い。
少し辛目に味付けされていて、そのおかげであまり気にならなかった。
何より白飯と凄く合う。
赤いトマト風ソースの中にある辛みが、御飯を進ませた。
気がつけば、弁当が空になっていた。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
詩子さんは微笑む。
いいな。ごちそうさまっていった後に、女の子に「お粗末様でした」っていわれるの、ちょっと憧れていたんだよね。
軽く黒髪を掻き上げながら、詩子さんは弁当の蓋を閉じ、片付けをはじめた。
「おいしかったよ」
「良かったです」
「詩子さんが良ければ、また作ってくれる」
「もちろん。週に1度でいいから、昼食を一緒に食べましょう」
「うん。いいね」
欲を言えば、毎日でも食べたい。
でも、ぼくたちが会えるのは1日1時間と決められている。
それだけに使うのは、少しもったいないかもしれない。
ぼくの意に反し、瞼が重くなる。
うつらうつらとしかけた。
そういえば、今日は満足に眠っていない。
理采と朝方近くまで激論を交わしていたからなあ。
「寝不足ですか、帝斗くん」
「うん。ちょっとね」
折角、詩子さんと2人っきりの時間なのに……。
こんなところで眠るわけにはいかない。
でも、容赦なく睡魔はぼくの意識を刈り取ろうとする。
「よろしければ、どうぞ」
詩子さんは行儀良く正座した太ももを叩く。
一瞬、理解に苦しんだ。
霞がかった意識の中で、ぼくは必死に答えを模索する。
「そ、それって、膝枕ってこと」
「はい」
詩子さんは太陽のように微笑んだ。
「そ、そんな悪いよ。それに寝ちゃったら、1時間が無駄になるじゃないか」
「おしゃべりしたり、一緒に弁当を食べたりするのが、重要じゃありません。わたしにとって、帝斗くんと2人っきりでいるのが大切なんです」
「詩子さん……」
「ダメですか?」
詩子さんは少し申し訳なさそうに懇願する。
上目遣いに、ぼくを見つめた。
そんな顔されたら、「NO」なんてい言えるわけないじゃないか。
「詩子さんがいいなら……」
「はい。どうぞ」
再び黒のストッキングに隠れた太ももを叩く。
ぼくは喉を鳴らした。
宇宙一の美少女にして、【姫騎士】と讃えられる女の子の膝枕。
もし、値段を付けるとしたら、一体どれほどになるのだろう。
ぼくは物怖じしながら、ゆっくりと体勢を変えていった。
精密部品を下ろすように側頭部を、詩子さんの膝枕に着地させる。
「ふわ……」
やわらけぇええええ!!
なんだ、これ?
太ももってこんなに柔らかいもんだっけ。
いや、詩子さんだからだろうか。
ひたすら気持ちいい。
膝枕という沼にそのまま溺れてしまいそうだ。
詩子さんの匂いがする。
ほっとした。
すべて委ねたい。
そんな気分だった。
そして気がつけば、ぼくは眠りに落ちていた。
今日はこの1本だけになります。
明日は前編・後編で再び昼休みのシーンからになります。
第1章の山場と考えているので、お楽しみに
10月20日 12時と18時に投稿する予定です。
日間ジャンル別3位に返り咲きました。
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