13時限目 進撃のリトルオーク(妹)
自分でタイトルを付けた癖に、「リトルオーク」を「リアルオーク」と空目してしまう作者の作品は、こちらになります。
けたたましいスマフォのアラームが、ぼくの部屋に鳴り響く。
寝ぼけ眼を擦りながらタップし、音を止めた。
2度寝の体勢を作る。
昨日、寝たのが遅く、5分でもいいから寝ていたい気分なのだ。
どうせ理采が起こしにくるだろう。
高を括ったが、愛妹は一向に姿を現さない。
本来なら新品のフライパンを叩いてでも起こしにくる時間のはずだ。
逆に気になってしまい、目が覚めた。
学生服に着替えて、廊下を出る。
妙に静かだった。
いつもなら生活音が階下から聞こえてくるのに、うんともすんとも聞こえてこない。
香しいお味噌汁の匂いも漂ってこなかった。
恐る恐るダイニングに入る。
綺麗なものだった。
さっぱり何もなかったのだ。
あるのはテーブルやソファ、家具だけ。
いつもならてんこ盛りの朝食が置かれているのに、テーブルの上には何もない。
ただ木のぬくもりが感じられるだけだった。
心配になって妹の部屋をノックしてみるが、いないみたいだ。
理采に悪いと思ったけど、入らせてもらうことにした。
そういえば、随分長いこと妹の部屋には入っていない。
施錠はされていなかった。
ゆっくりとドアを開ける。
視界に映ったものに、ぼくは圧倒された。
バタン!
反射的に閉めてしまった。
ドアにもたれるように立ち尽くす。
一気に跳ね上がった動機を落ち着けるため、息を吸い込んだ。
な、なんだったんだ、あれは!
頭が混乱する中、ぼくは妹のケータイに電話をかける。
数回のコールの後に、理采は電話に出た。
なんだか騒がしい。
たくさんの人がいるのがわかる。
「り、理采? 今、どこにいるの? 学校?」
『学校は学校だけど……。お兄ちゃんの学校』
は!? 光乃城学園。
一体、何をしてるんだ、ぼくの学校で。
『ごめん。今、忙しいから切るね』
「え? あ? ちょ、ちょっと――」
『あ。御飯は適当に買って食べてね』
一方的に電話が切れた?
ちょっと訳がわからないんだけど。
なんで理采が光乃城学園にいるの?
いや……。
ぼくがさっき見たことが真実ならあるいは……。
ともかくぼくは学校に行くことにした。
昨夜走った道をまた走る。
実は若干筋肉痛になっていた。
この時ほど、鍛えておけば良かったと思ったことはない。
校門前に行くと、いつもの入り待ちメンバーが詩子さんの登場を待っていた。
ちょうどぼくの脇を詩子さんを乗せた高級車が通り過ぎていく。
校門前で止まった。ドアが開くと綺麗なおみ足がのぞいた。黒髪をなびかせながら学園の女神は降臨する。
待ちわびたファンたちは、団扇やプラカードを掲げて歓迎した。
光乃城学園ではおなじみの光景だ。
今日も綺麗だな、詩子さん。
ぼけっと見ている場合ではない。
今は理采が心配だ。
……別の意味での心配もしてるけど。
詩子さんが颯爽と校門をくぐると同時に、ぼくも入り待ちファンの脇を抜けながら、学校に入っていく。
すると、不意に詩子さんの足が止まった。
同時にファン一同も止まる。
熱狂的な雰囲気から一転。
まるで時が止まったかのように朝の光乃城学園は、静まり返った。
なんだ?
ぼくは首を伸ばす。
両足をきちんと揃えて止まった詩子さんの前に人が立っていた。
告白かな、と思いつつ、詩子さんが見据える前方部に目を向ける。
「なにぃ!!」
思わず絶叫した。
詩子さんの前にいたのは、まだ幼い少女だった。
白いブラウスに、前掛けのような黒い上着。
膝上ぐらいで調整したスカートからは、健康的な太ももがのぞき、白のニーソが学校指定の革靴の先まで伸びていた。
決定的だったのは、少女の背中に担がれたピンクのランドセル。
特殊な性癖の持ち主でなければ、彼女が小学生であることは誰の目にも明らかだ。
一応、断っておくけど、光乃城学園は中高一貫学校。
つまり、ここに小学生がいるのはどう見てもおかしい。
だが、それだけではない。
今、詩子さんの前にいるのは、間違いなく――。
ぼくの妹、大久野理采だった。
「な、なんで理采がこんなところに……」
「ほほう……。大久野くんの身内かな?」
「そうなんですよ。大事な――――って、会長!!」
振り返ると、生徒会長こと姫崎亜沙央が手を振っていた。
腹立つぐらい清々しい笑みを浮かべている。
「こんにちは、大久野くん。いやあ、今日も良い天気だね」
この状況下で天気の話を始めるのか、この人ぁ!!
会長に構っている場合じゃない。
今すぐにでも理采を止めなければ。
「まあまあ、待ちたまえよ。お兄ちゃん」
あなたに「お兄ちゃん」と言われるのだけは一生ごめんです!
「心の声に容赦がなくなってきたなあ。一応、君の先輩で生徒会長で詩子の姉なんだけど」
「悪いですけど、取り込み中です。早く理采を止めないと」
「いやいや。時すでに遅しだよ」
会長は顎をしゃくる。
そしてそれは始まった。
「姫崎詩子………………」
今まで聞いたことがないような理采の声が響き渡る。
事態を敏感に感じた一部のファンがざわつき始めた。
その中で、理采だけが1歩、2歩と詩子さんに近づいていく。
普段はマルチーズのように可愛げのある瞳は、獲物に飢えた狼のように血走っていた。
危険を察したのか、ファンを抑えていた円卓の兵隊が集まり始める。
それよりも早く理采の小さな頭は地面の方向を向いていた。
秋晴れの空の下、いっそ清々しくその声は響く。
「姫崎詩子さん、大好きです! 理采と付き合って下さい!!」
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??
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皆の頭の上にクエスチョンマークが灯る。
熱気に包まれていたはずの光乃城学園の校門付近は、Lv99の氷系魔法が打ち込まれたかのように凍てついていく。
かろうじて耐性があったのは2人。
やってしまった、と顔を伏せたぼくと、ミスリルかオリハルコン製の心臓を装備した会長だけだった(ちなみに、会長だけが笑い転げている)。
異様な空気を断ち切ったのは、告白を受けた詩子さんだった。
頭を下げ続ける理采の髪を軽く触る。
聖者の施しを受けた弟子のように、理采は瞳を輝かせた。
やがて顔を上げた瞬間、まるで狙ったかのように詩子さんはいった。
「1人称が名前の人。わたし、嫌いなんです。虫酸が走る……」
小学生相手にも『姫騎士』の一撃は容赦なかった。
理采はぺたんとお尻をつけ、放心する。
妹の側を、黒い髪をなびかせ、詩子さんは歩いていった。
なんか久しぶりだな。
でも、これで綺麗さっぱり忘れられるだろう。
あの部屋に飾られていたものも……。
ぼくはこの時、妹の執念を甘く見ていた。
「くわぁあああああこいいぃいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
一瞬、誰が上げた声がわからなかった。
理采は振り返る。
去って行く詩子さんに突進していった。
「詩子さああああああんん! 理采は! 理采はこの程度諦めたりしませんよ!!」
片足タックルを狙うレスラーのように這い寄る。
「詩子さん!」
ぼくの声に反応したのか。
詩子さんはくるりと振り返った。
迫る理采。その顔はもう常軌を逸していて、もはやホラーだ。
「きゃ……」
短い悲鳴が聞こえた瞬間、間一髪のところで円卓の兵隊に取り押さえられた。
それでも妹の進軍は止まらない。
一体どこにそんな力があるの、理采!
「進撃の妹ってね」
「冗談いってる場合ですか、会長!!」
この人の心臓はダークマターか何かで出来ているのかよ!
5人がかりでようやく理采は足を止める。
「詩子さん! もっと! もっと理采をののしってくださぁぁぁぁああい!!」
呪いめいた絶叫は、皮肉なほど快晴の空に響き渡った。
あの泥棒猫は一体……。
朝の日間ジャンル別で3位でした!
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引き続き更新していきますので、
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