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12時限目 月夜の通学路

少しでも一緒に雰囲気を楽しんでもらえれば……。

【今日の1時間の使い方なんですけど、わたしが決めてもいいですか?】


 そんなメールが詩子さんから送られてきたのは、朝の通学路を歩いている時だった。

 おそらく車の中で打ち込んでいるのだろう。

 校門の前には、出待ちの生徒が今か今かと待ち構えている。


【うん。いいよ。どこにするの?】


 すると、すぐに返信が返ってきた。


【ひみつです】


 短文とともに、ピンク色のハートの絵文字で締めくくられていた。

 すっかりメールを打つのにも慣れてきたようだ。


 気になる。

 どこで今日は過ごすのだろう。

 ちょっと楽しみかもしれない。


 ぼくはウキウキしながら、詩子さんの次報を待った。

 昼休みが過ぎ。

 いつもの放課後が終わる。


 あれ?


 首を傾げていると、詩子さんの迎えの車が校門前に停止した。

 出待ちの姫崎ファンに見送られながら、颯爽と車の中に入っていく。

 何事もなかったかのように、車は発車し、姫崎家のある方へと向かって走り出した。


 ファンの黄色い声援を聞きながら、ぼくは校庭にぽつんとたたずむ。

 今日はもしかして、なし?

 などと思ったが、急に思いついてぼくはメールを打った。


【今日はどこで過ごすんですか?】


 しかし、詩子さんからの返事はなかった。





 仕方なく、ぼくは家に帰った。

 妹の理采の「今日は何が食べたい?」という質問を無視し、部屋に引きこもる。


 当然、ぼくは失意にくれていた。

 もしかして、嫌われたんだろうか。

 何かしたかな。

 いや、ぼくなんて所詮――。


 頭の中はネガティブな思考ばかりが浮かぶ。


「お兄ちゃん、どうしたの? ぽんぽん痛いの?」


 理采は扉越しに優しく話しかけてくれる。

 我ながら、よく出来た妹だと思う。

 けど、その優しさがぼくを余計に空しくさせた。

 やはり無視すると、妹は諦めて扉から離れていった。


 気がつけば、もうあと2時間で日付が変わる時間になっていた。

 どうやら眠っていたらしい。

 泣いていたのか。

 妙に目やにがついていた。


 すると、メールの着信音が鳴る。

 一瞬見えたメッセージに「詩子さん」という文字が見えた。

 思わずぼくは飛びつく。


 若干震える指でスマフォの画面を操作する。

 メッセージを読んだ。


【遅れてごめんなさい。今から学校に来られますか?】


 飛び出した。


 ワックスのきいた2階の廊下を滑るように突っ走り、階段を転がるように落ちていく(実際、転がった)。


「お兄ちゃん! 御飯、できてるよ!!」


 リビングでぼくのことを待っていたらしい理采が、顔を出す。


「ごめん。帰ったら必ず食べるから!」


 ぼくは靴を履く。

 行ってきます! と叫んで、扉を蹴破るようにぼくは飛び出していく。

 後ろで「もう!」と理采が怒っているのが聞こえた。





 自分でもびっくりするぐらいの持久力で、ぼくは学校にたどり着く。

 おそらく自己最高記録だろう。

 おかげで、足はふらふら、息も絶え絶えだ。

 学校のブラウスも、ズボンもびしょびしょだった。


 それでもぼくはスピードを緩めない。

 恋人が待つであろう校門を目指した。


 やがて、ぼくの目に詩子さんの姿が映る。

 肌寒い夜風に黒髪を梳かし、オニキスの瞳をじっと空へと向けていた。

 青白い月の光を受けた白い肌は、夜花のようにぼうと光って見える。


 綺麗だ。


 涙が出そうなぐらい夜の詩子さんは儚げで、そして美しかった。


「詩子さん!」


 校門前で1人たたずんでいた彼女に向かって、ぼくは叫んだ。

 詩子さんは細い肩をびくりとふるわせ、こちらを向く。

 汗だくのぼくを見て驚いたらしい。


 一目見た瞬間、ぼくは崩れ落ちた。

 アスファルトの上で盛大に転ぶ。

 詩子さんはすぐに駆け寄り、花柄のハンカチで汗を拭った。


「大丈夫ですか?」


「う、うん。平気さ。ちょうどダイエットしなくちゃと思ってたから」


 はあはあ、息を切らしながら、ぼくは強がる。

 対して、2粒のオニキスが、心配そうにぼくを見つめていた。

 いつもの詩子さんだった。


「それよりこんな時間にどうしたの?」


「先ほどメールを送ったのですが」


 え? 確認してない。

 ぼくは慌ててスマフォを取り出そうとする。

 だが、家に置いてきてしまったらしい。


「ごめん。慌てて……」


「そのようですね。実は、帝斗くんと一緒に帰りたいなって」


「帰りたい?」


「わたし、いつも車で迎えに来てもらっているので。だから、1度でいいから帰宅デートというものをしてみたいな、と」


 き、帰宅デート!!


「はうあ!!」


「ど、どうしました!?」


 詩子さんは慌てて駆け寄る。

 だ、大丈夫。言葉の重みに耐えられなくなっただけだから。


「だけど、人通りの多い時間だと1時間封鎖するのは無理なので」


 そうだよね。

 さすがに1時間だとはいえ、人っ子1人通らせないようにするのは難しい。


「だから、深夜ならば問題ないだろうと、お姉ちゃんが」


 深夜でも問題あるって!!


「けれど、お姉ちゃんの力でも無理なので、今回はお父様にもお力添えをいただき、その説得に当たっていたらこんな時間になってしまいまして。ご心配をかけてすいません」


 詩子さんは頭を下げる。


「い、いいよ。詩子さんはこの1時間のために奔走していたんだから。……でも、ちょっとだけ話してくれても良かったかな」


 もうあんな失望感を味わうのはこりごりだ。

 それに――こうやって詩子さんが謝っている姿も見たくない。

 1時間しかないんだ。

 出来れば、ずっと笑っていたい。


 ようやく息が落ち着く。

 重い身体を起こした。


「行こうか」


 自然と手が出ていた。

 詩子さんは柔らかく微笑む。


 風が祝福した。

 夜の闇に一層濃くなった黒髪がなびく。

 青白い月を背に、姫崎詩子の姿は地上に降りた女神(アルテミス)のように美しかった。


 詩子さんは手を握った。

 そっと優しく。花を慈しむように。


 そして歩き出す。

 誰もいない。

 誰も気づかない。

 それは少し不気味な暗夜行路だったけど、ぼくたちは楽しんだ。


 1時間の間、ぼくたちは決して手は離さなかった。



 ◇◇◇◇◇



 大久野理采は怪しんでいた。


 誰に対して?

 むろん、お兄ちゃん――大久野帝斗にである。


 ひとえに落ち着きがない。

 元々小心者で、優柔不断で、常にあわあわしてるようなお兄ちゃんではあるのだが、最近は別の意味で落ち着きがない。


 食欲がないと思えば、次の日には御飯を5杯おかわりすることもあったし。

 食欲があるかと思えば、箸もとらず、食卓でぼうとしたりする。

 どんなに大病を患っても、食事だけは欠かさなかったお兄ちゃんとは思えない変貌ぶりなのだ。


 そして、ついに今日――。


 この世の終わりだというような青白い顔で帰ってきたと思ったら、いきなり深夜に家を飛び出していった。

 絶対に何かある。

 小学5年生に備えられたお兄ちゃんレーダーは、そう警告していた。


 好奇心を抑えられず、大久野理采は夜道へ飛び出した。

 お兄ちゃんはどうやら学校に向かったらしい。

 大久野家から学校までは、1キロぐらい。割と近い。

 まだ幼い妹を気遣って、お兄ちゃんはかなり偏差値の高い光乃城学園を受験したことを、理采は知っている。


 そんな優しいお兄ちゃんの心を千々に乱す存在。

 妹としては許しがたかった。


 きっと学校の不良にいじめられていて、夜に突然呼び出しを受けたに違いない。


 その程度に考えていた。


「――――ッ!!」


 薄気味悪いぐらい静まった通学路。

 そこで大久野理采が見たものは、とんでもない美人の女子高生と楽しそうに手つなぎデートをする兄の姿だった。


 瞬間、理采は変貌する。

 小学5年生とは思えない般若の形相になると、掴んでいた壁角にひびが入るほどの握力を見せた。


「おのれぇぇぇぇ……。泥棒猫!」


 今にも炎を吹き出さんばかりの勢いで、理采は2人のカップルを睨み付けた。


日間ジャンル別で4位いただきました!

ブクマ・評価・感想をいただいた方ありがとうございます。

モチベーションアップにもなってます。

今後ともよろしくお願いします。

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