9.5時限目 彼女と勉強会(後編)
後編始まります!
次の日の放課後。
図書室に行くと、部屋の前に警戒線が張られ、さらに「改装中」という看板が立てられていた。
あからさまに怪しいのだが、効果は抜群らしい。
図書室の周りには、誰も生徒がいなかった。
警戒線をくぐり、恐る恐る扉を開ける。
本の匂いが、鼻腔をくすぐった。
奥へと歩を進める。長机の前に腰かけた少女が、外を見ていた。
「こんにちは、帝斗くん」
「はうわ!」
振り向いた詩子さんを見た瞬間、ぼくは思わず声を上げた。
身体を仰け反った状態で、3秒ぐらい固まる。
すると、詩子さんはさらりと黒髪を動かしながら、首を傾げた。
「どうしました?」
「あの……。めがね……」
「え?」
そう! そうなんだ!
今日の詩子さんの顔にややクラシカルな縁の薄い眼鏡がかけられていた。
美人の顔を3分の1ぐらい隠す眼鏡。
無粋と思われるかも知れないけど、ぼくからいわせれば。
超絶! 似合っていた!!
普段から理知的で綺麗な詩子さんに、どことなく大人の魅力が加えられたようにすら映る。眼鏡をかけただけなのに、まるで別人だ。
「そんなにじろじろ見ないでください」
「ご、ごめん」
ぼくの熱い視線を感じて、詩子さんは顔をそらす。
眼鏡の縁に手を当てながら、頬を染めた。
「勉強する時はいつもかけているんです」
「詩子さんって視力が悪いんですか?」
「いえ。そうではなくて、願掛けみたいなものです」
「願掛け?」
「勉強するぞ、ふん! ――みたいな」
可愛い!
ふんってしたところの詩子さんが可愛すぎる。
すると、詩子さんは「ふん」した時にずれた眼鏡を戻す。
眼鏡の上に空いたスペースから、上目遣いでぼくを見つめた。
「似合ってますか?」
「すっごく似合ってます!!」
ぼくも「ふん」と頷いた。
似合ってるどころじゃない。
眼鏡の神は、この日のために人間に眼鏡を作らせたのだと思うほど、美しかった。
姫崎詩子の……。
姫崎詩子による……。
姫崎詩子のための眼鏡。
リンカーンが生きていれば、きっとこんな名句を残しただろう。
……そろそろ落ち着こうか、ぼく。
「詩子さん!」
思わず言葉に力が入った。
詩子さんはびくりと身体を震わせる。
オニキスの瞳をこちらに向けた。
「お願いがあります」
ぼくはスマフォを取り出す。
表を彼女に向け、田中正造のように懇願した(今日は何故か、偉人の例えが多いなあ)。
「写真を撮らせてください」
そのまま腰が砕けるのではないかという勢いで、ぼくは頭を下げた。
詩子さんはきょとんとした後、ゆっくりと口端を広げる。
「いいですよ」
にこりと笑う。
はあ……。もうその笑顔を見れただけで満足してしまいそうだ。
じゃ、じゃあ……。
ぼくは早速、スマフォを向けた。
もちろん画質は最大設定だ。
それでも詩子さんの美しさの1ミリも表現出来ていない。
こんなことなら、大枚をはたいてでも1眼レフカメラを用意すれば良かった。
詩子さんとはいうと、軽く赤いタイを確認し、居住まいを正す。
やや前髪を気にしたあと、肩に掛かった髪を後ろへ払った。
1つ1つの動作が、まるで超一流のモデルのようだ。
「い、いいかな」
「はい。いつでも」
ぼくはスマフォを向ける。
シャッターボタンをタップした。
かしゃ……。
ぼくのスマフォの画面に、固定された詩子さんが映っていた。
当たり前だけど、写真の写りも美しい。
早速待ち受けにしよう。
……いや、待て。それは不味いか。
万が一、誰かに見られたらまずいな。
特に園市には……。
ぼくは詩子さんの写真を別フォルダーにしてプロテクト設定にした。
家に帰ったら、バックアップを二重三重にしておかなくちゃ。
一通り作業が終わり、改めて詩子さんを見る。
すると、椅子に座った彼女はもじもじと身体を動かしていた。
手には最近持ったばかりのガラケーが握られている。
「詩子さんも撮りたいの」
ふんふん、と無言で頷いた。
声に出すのが恥ずかしいらしい。
こんなところが、詩子さんの可愛いところだ。
「いいよ。存分に撮って」
ぼくは胸を張って、仁王だちになる。
彼女はパアと顔を輝かせ、レンズをこちらに向けた。
パシャ……。
ガラケーの画面を見ながら、詩子さんはにやける。
嬉しそうだ。
うまく撮れたらしい。
すると、ぽつりと呟いた。
「本当は写真嫌いなんです。よく知らない人に写真を撮られていたりしたから」
あ。そうか。
詩子さんは神の奇跡と呼ばれるほどの美少女だ。
そのために1日十何人という人間から告白を受け、さらにその10倍の人数の人たちが、彼女に注目している。
中には彼女の感情も考えず、シャッターを押した人間だっていただろう。
「ご、ごめん。無理なお願いしちゃって」
「ううん。いいんです。反面、夢でもありましたから」
「夢?」
「友達の写真を撮ること……」
ガラケーの画面を向ける。
はにかんだ大久野帝斗が映っていた。
すでに待ち受けに設定したらしい。
「その最初が、わたしの大好きな人だったんです。最高です」
ぼっひゅぅうぅぅぅぅんん。
顔が熱くなり、白い煙が火山の噴火のように昇った。
はわわわわ……。ぼくはなんて果報者なんだ。
今まで生きてきた中で、1番嬉しいかも。
「あの……。帝斗くん。もう1つお願いがあります」
「え? 何?」
空を飛べ、といわれたら、いつでも飛べるぐらいぼくは舞い上がっていた。
詩子さんはガラケーで口元を隠しつつ、恥ずかしそうにお願いした。
「2人で撮りませんか?」
「もう少しだけ寄って下さい」
「こ、こうかな」
「はい。あ。でも、眼鏡はどうしましょうか?」
「じゃあ、2枚撮ろうよ」
図書室で、2人の声が響く。
ぼくと詩子さんは顔を近づけ、寄り添っていた。
手の長い詩子さんがスマフォを持ち、やや斜め上へと伸ばす。
彼女の香り。
彼女のぬくもり。
制服越しに感じる柔らかな二の腕の感触……。
すべてを感じながら、ぼくたちは小さな画面に収まる。
「あの……。帝斗くん、もっとくっつきませんか?」
「でも、これ以上は……」
「て、手を肩に回して……。その――ギュッとしてください」
「……い、いいの?」
詩子さんは頷く。
顔を真っ赤にしながら。
もう……。いちいち可愛いなこの子は。
「でも、変なところは触らないで下さいね」
「うん。じゃ、じゃあ……」
背中から手を伸ばし、詩子さんの肩をそっと――。
「ひゃあ!」
「ご、ごめん!」
「大丈夫です。ち、ちょっとびっくりしただけです」
ぼくは詩子さんの肩に手を置く。
細く、見た目とは違って、ひどく弱々しく見えた。
若干汗ばんでいるようにも感じる。
「力……。入れていいですから、引き寄せて下さい」
「こうかな」
「はい。じゃあ、いきます」
かしゃ……。
シャッター音が2人だけの図書室に響き渡った。
◇◇◇◇◇
その後……。
ぼくは生徒会長に電話をかけていた。
次回も図書室で勉強会をすることになったからだ。
『勉強は進んだかい? …………なに? ほとんど勉強しなかった? 君ねぇ。私がどんな風に骨を折って、2人っきりにしたと思ってるんだい』
「す、すいません」
『ああ、そうか。やれやれ。君は一体、詩子と何の勉強をしていたんだい』
断じて、想像していることとは違いますから!!
会長のねっとりした笑顔が容易に思い浮かんだ。
美人の眼鏡は至高……。
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