第2章の(3)
何度か水掛け論が交わされていくうちに、カスピが首を捻った。渓市の表情と口調が、どうしてもごまかしているように感じられなかったからだ。
「ねぇねぇ、まさか渓市、今のこと覚えてないの?」
「覚えてないってなんだよ。っていうか、おれ今までどうしてたの?」
ぶっ飛んでいた意識が元に戻ったと、カスピはまずそこで、安心した。あのタッチはたしかにわざとじゃないかもしれない。通常の渓市なら絶対にやるはずがないからだ。なにしろ渓市のあだ名は『学者クン』なのだ。
「鏡から出たあとね、渓市、ぼんやりしちゃって、なんにも反応しなくなっちゃったのよ。おかしくなっちゃったのかと思って心配したんだからぁ」
「鏡?」
「そう、あれ」
カスピは壁の鏡を指差す。
渓市はじっと見つめた。やはりあの鏡に吸い込まれたのは夢じゃなかったのか。ため息とともにそう思った。ということは室町八代将軍足利義政に会ったというのも、本当のことか。いやいやそんなこと、あるわけないだろ……。
渓市はとても信じられず、頭をクリアにするためブンブンと勢いよく横に振った。
「ねぇ渓市、よっちゃ、…じゃなかった、将軍のこと詳しいんでしょ。どういう人なのか教えてよ。渓市なら知ってると思って連れてったんだから」
「将軍って……。やっぱりおれ、会ったんだなぁ。もう本当にリアルに覚えてるもんな」
「なに言ってんのよ。ちゃんと将軍に会って1時間くらい話をしたじゃない。しっかりしてよ」
タイムトラベルしたうえに歴史上の人物と言葉を交わして、しっかりできる人間などどこをどう探したらいるというのか。渓市はカスピを、呆れ顔で見た。