第1章の(6)
「イタタタ。もう、なにすんのよ!」
「分かってんのかカスピ、ショーグンだぞ、ショーグン。もっと畳に頭擦りつけろ!」
「ちょっとちょっと、やめなさい」
そう言ったのはカスピでなく義政公だった。
「それでは話もできんだろう。顔を上げなされ。ワシはの、渓市とやら、話を聞きたいだけなのじゃ」
「は、将軍様のご意向となれば」
かしこまって渓市が言い、右手をカスピの頭から離した。そしてハッとした。そこで初めて、さっきからカスピの頭に触っていたということに気がついたからだ。カスピの、あのさらさらの髪が自分の手に触れていたのかと思うと顔が赤くなった。
渓市が右手を見ながら真っ赤な顔をしているのを見て、将軍がフッと笑った。政治はからっきしな分、そういうことには長けているのだ。
「渓市が怒るから、よっちゃん、じゃなくって将軍さんって呼ぶことにするわ。それでいいんでしょ」
「当たり前だ。この時代、将軍が一番偉いんだぞ!」
ちょっとスタンドプレー的に、八代将軍義政に聞こえるように渓市は言った。しかしこの持ち上げる言葉に、義政はご満悦の表情を浮かべることはなかった。そんなことは当然で、言われ慣れている。そんな高飛車な感じはひとつもなかった。むしとその反対で、沈鬱な表情を浮かべている。
「ワシが、一番偉いのか、のう……」
義政公がぼそっと呟いたのを、渓市は首を傾げながら聞いた。