第1章の(4)
近代以前は身分の壁があった。武士の棟梁である将軍は、目下の者とは直接会ったり話したりしないことが常識だった。話す相手がそばにいても、将軍は付き人に言い、その付き人が相手に伝えるのだ。しかし室町八代の将軍足利義政は違った。根っからの文化人で、さまざまな文化人と直接話したがった。文化の前には身分など関係ない。身分を超えて、いろんなジャンルの人間と直接話すことを望んだ。そこで、自らが作った銀閣寺の中に、同仁斎という部屋を作った。ここでは誰もが同仁、つまりは平等だった。
「ここは東求堂同仁斎なのでしょうか?」
「そうじゃ。渓市とやらは歴史に詳しいということじゃが、ワシのことをよく知っていそうじゃの」
「えっ、知ってるって……」
「いいのいいの、私たち未来から来たって、もう伝えてあるから」
「未来から!」
「そう。だって室町時代から見たら、私たちの時代って未来じゃない」
「じゃあ、おれたち時を超えたってこと?」
「うん」
カスピは平然と言ってのけるが、サッと説明されただけの渓市が信じられるわけがない。しかし今いるのは、たしかに同仁斉だ。それに似せた部屋か映画のセットと考える方が現実的だが、しかしあの納屋の鏡に体が吸い込まれた感触は明確に覚えている。そして得体の知れない粘着性の空間に揉まれたことも体が記憶している。一点の光があり、それを頼りに這っていったらこの場所に出た。それは体感した事実だ。超常現象をすぐさま信じられるわけはないが、とにかくこの場はカスピと殿様に合わせることにした。深く考えるのはあとでだ、と頭を切り替えた。
「で、将軍は信じたの?」
「あぁ、信じておるぞよ。今があるのじゃから、その後の世も当然あるわけじゃろう」
渓市はカスピに聞いたのだが、答えたのは将軍だった。