第4章の(4)
ポンと壺から吐き出されて、畳に落ちる。そして伸びているところに、上からカスピが落ちてくる。
「危ない!」
将軍足利義政公が言うのもむなしく、カスピは渓市の背中に落ちた。
しかし渓市は痛がらない。目を見開いたまま、ぼんやり中空を見ている。
「あれ、どうしたの、渓市!」
なにも反応を示さない渓市を見て、カスピが不安顔で揺さぶった。それでも反応しない。
「よっちゃん、どうしよう」
半分泣きながらカスピが聞いた。しかしカスピの慌てようとは正反対に、将軍は落ち着き、笑みを浮かべていた。
「なにも心配することないぞよ、カス殿。これは男がかかる病なのじゃ」
渓市の表情を見て、義政公は確信していた。
「それじゃ、よっちゃんも男だから、この病気にかかってるの?」
カスピが渓市を揺さぶりながら聞く。
「うーん、以前はかかっておったな。特にケイイチの頃のワシはもっと重症だったのう。でも今はその病気とは無縁じゃ」
「そうなの。なんかよく分からないけど、治ってよかったね」
カスピがにこりと笑う。あぁ、この笑顔が渓市の病気の元なのだろうなと、義政公は心の中で頷く。自分でさえもあと30年若かったら、かかっていたかもしれないなと思う。
義政公は別居している妻の顔を思い浮かべる。妻の日野富子が頭の中に現れ、義政公は全身を震えさせた。