第4章の(3)
「分かった。行くよ!」
渓市はカスピの目を見つめ、そう言おうとした。
でも、どうしても言葉が出てこなかった。
興味がある。でも怖い。興味がある。でも怖い。……。頭の中は同じ言葉、同じ思いがグルグルと回転している。
「やっぱり、勇気が出ない」
渓市はかすれた声で、呟くように言う。カスピの顔が目の前すぎて、のどがカラカラだった。
カスピがさらに顔を寄せる。「あぁ」と渓市は頭の中に声を響かせたが、それは表に出てこない。
ここでもしカスピに唇でも合わされて、「勇気出た? じゃあ行こ」って手を引かれたら、自分はきっと、ふらふらと行ってしまうだろうなぁと渓市は夢想した。そうなったらマズい。でもそうなってほしい。またもや心の中の葛藤が始まった。
カスピは小さく唇を開く。そして、
「分かった。じゃあ覚悟決めなくていいから、とりあえず行こ、室町時代に!」
と、にっこり笑って言った。
「えっ、あっ、えっ!?」
渓市は手を引かれてふらふらと立ち上がり、なしくずしに鏡を超えてしまった。
「おれ、バカ。このまま翻弄されて死んじゃえばいいんだ」
ゴンゴンと自分の頭を叩きながら、渓市は掴みどころのないグニャグニャな世界を通り抜けていった。