第3章の(7)
その後渓市は1時間ほど、将軍に問われることを端的に答えていった。
「ケーイチ殿の話は簡潔で分かりやすいのぉ」
「でしょ。だから来てもらったのよ。私の思ったとおりだわ」
横で聞いていた渓市がまたしかめ面をする。足利将軍に「でしょ」はないだろ、と。
渓市にとって少し残念なのは、自分の方から聞けないことだった。この時代のことについて、山ほど聞きたいことがあるのだ。しかし義政公は好奇心旺盛で質問が途切れない。まさか将軍の言葉を遮って質問するわけにもいかず、渓市は誠実に答えていった。
「ケーイチ殿、また来てくれんかの。今日はこのあと人が来るのでな。まったく面倒くさいことこの上ない」
渓市は首を傾げた。ここに出入りしている才人たちだったら、楽しみに待つところだろう。面倒に感じているということは、政治上の人物が来るに違いない。
そしてもうひとつ、これは困ったと思った。将軍にまた来てくれと言われると、もう来たくないとはとても言えない。おそらくカスピも誘ってくるだろうし、そしていちばんの問題は、自分自身の好奇心に火がついてしまったことだ。室町に行きたい気持ちを捨てきれないだろうし、むしろ日々膨らんでいきそうだった。結局は恐怖心を抱えながら、また来ることになってしまうのだろう。渓市は小さく溜め息をついた。
カスピに続いて、壺に指を突っ込む。汗が伝う、恐ろしい一瞬だ。もしもそこでなんの反応もなかったらと考えると、全身に寒気が走る。しかしカスピと同じように、無事、シュッと吸い込まれた。
グニャグニャの世界を通り、ポンと納屋にはじき出された。
「あ~」
変わらぬ眺めに、唸り声が出た。これで家族とも会える。毎回こんなにドキドキしていてたら、心臓にすごい負担がかかってしまいそうだ。それもまた心配だった。
ポケットに触れると、室町の世界では消えていたスマホが収まっていた。なにもかも元通り。渓市はもう一度唸った。そのあからさまな安堵の態度を、カスピがニヤついて見ていた。
「大丈夫~?」
「う、うん」
「また行くんだよぉ」
大きくて透きとおった瞳で、覗き込むように言われた。しかも手の届くほどの距離。渓市は汗が吹き出し、心臓が高鳴った。これは時を超える恐怖からではなく、見つめられた緊張からきているものだ。渓市ははっきりと意識していた。