第3章の(6)
「カス殿、先ほど顔だけ出したじゃろ」
義政公がいたずらっぽく言う。
「うん。でもお客さんがいたから」
「願阿弥殿でしょうか?」
横から渓市が言う。
「おぉ、さすがケーイチ殿。よく分かったの。後世の史書にも書かれておるのか?」
「はい。東求堂同仁斎には、さまざまな方面の、文化の第一人者が集っていたとあります」
「そうか。それはうれしいのぅ。世を治めることに関してはまるで評価されていないであろうが、文化の担い手として評価されていればうれしいことじゃ」
「そんなこと言ってないで、よっちゃんもがんばればいいじゃない」
カスピが元気付けるように言うが、将軍義政は弱々しく首を振る。
「無理じゃよ。性格が向いていないのじゃ。世を治めるには父のような性格でないとな」
「六代将軍の義教様ですね。魔王と怖れられた」
渓市が再び口をはさむ。あまり出しゃばりたくはないが、ポイントを言わないとカスピが分からないだろうという配慮だ。渓市はなんだか通訳になった気分だった。
「そうそう、その魔王じゃ。人々から忌み嫌われた男じゃが、それでも天下を治めていたのであるからな。端的に言って、魔王とでも呼ばれて怖れられるぐらいに力ずくでないと、世は治められんのじゃ。ワシにゃ無理じゃ」
なんて投げやりな、と渓市はやっぱり腹が立った。後世からみれば、この時代の政治は最悪だったと簡単に流してしまえるが、実際にたくさんの人たちがこの時代、悪政のために苦しんでいるのだ。
「だいたいにして好きでないのだから、得意でないのは当然のことじゃ。ケーイチ殿、その顔は憤慨しておるじゃろう。怒りはよく分かる。しかしの、この前、カス殿にぬしらの時代の話を聞かせてもらったが、個々に自分の選んだ道を進めるそうじゃないか。この時代はそうはいかない。自分の好き勝手に職を決められんのじゃ。それを考慮に入れてくれんか」
ウッと渓市は呻いた。そうなのだ、将軍職は源氏の血統というのが前提だから、なれる人間は限られている。ましてや室町時代は足利氏でないと継げないとくる。大抵は幼少の頃から決められてしまうケースがほとんどだ。だから、なりたくもないのに押し付けられるということが起きてしまう。
実は渓市自身、押し付けられ問題で困っているところだった。部活の部長に推されているのだ。人のためになにか骨を折ることは構わないのだが、しかし渓市は赤面症だった。そのことに大きなコンプレックスを持っていて、人前で話したりすることを極端に避けていた。将軍職とは次元が違うが、それでも押し付けられての役職がとても負担になるということに関しては、気持ちが分かった。