第3章の(5)
カスピの家は古くからの資産家で、この辺りの山林一帯が敷地だった。学者の多い家系で、その広い敷地を利用し、私設の図書館もあった。公立ではないので静かな環境が保たれ、渓市はよく利用させてもらっていた。
その図書館の端に、休憩ルームがある。そこにカスピは料理を運んできた。
「ほらこれとこれ、私が作ったんだよ。食べて食べて!」
「なにこれ?」
「のらぼうの胡麻和えとね、豆腐ハンバーグ。ネギたっぷり入ってるんだよ」
意外に地味な料理を作るカスピに、渓市はまた不思議そうな視線を送る。
「渓市、食べてる間にまた室町時代のこと教えてよ」
カスピが渓市の肩をゆすって促した。
2人はファミレスの時のように室町時代のことを話しながら、ゆっくり1時間かけて昼ごはんを食べた。そして納屋に戻った。
「さぁ、行こうか!」
「う、うん」
どういうわけか分からなかったが、渓市は、室町時代に行ってみようという気になった。カスピと向かい合っているうちに、なぜだか気持ちが変わった。これはカスピの手料理のせいなのではないか。根拠などなにもなかったが、渓市はそう結論付けた。
カスピが鏡に消えたあと、渓市は、ごくりと唾を呑み込んだあと、エイッと気合をつけて鏡に手を付いた。
昼ごはんで時間を調整した甲斐があって、東求堂同仁斎に、もう客はいなかった。
「おう、ぬしらか。よく来てくれたの」
2人が顔を出すと、将軍義政は快く迎えてくれた。一国のリーダーとしての責任感がまったく欠落している将軍だが、この、身分を気にせず分け隔てなく付き合うというところを取れば、突出した才人なのだ。