第3章の(4)
「ところでさ、鏡なんだけど、こんな納屋じゃなくてさ、もっと安全なところに置いた方がいいんじゃないの?」
「私もそう思ったの。でね、私の部屋に持って行ったんだけど、ここじゃないと鏡に入り込めないのよ。だからここに置きっ放しなの」
「えっ、そうなの?」
「うん。試したんだけど、ダメなの。この納屋じゃないと、この時を超える鏡は、ただの鏡になっちゃうの」
「さっきさ、あの土蔵の方が安全かと思って運んでみたんだけど」
「そうなんだぁ。それでこっちに戻ろうと思ってもつっかえちゃったんだね」
「つっかえた?」
「うん。戻れなかったのよ。きっと納屋から動かしたからね」
渓市はサァッと顔が青ざめた。もし土蔵が開いていたら、きっとその中に鏡を設置してしまったことだろう。そうしたらカスピはこっちの世界にずっと戻れなかったのだ。
「なんでそんな大切なこと教えないんだ!」
「え、うーん、なんでって言われても……」
珍しい渓市の怒鳴り声に、カスピがたじろいだ。一方渓市は不思議で仕方がなかった。こんな話にも、不安な表情一つ見せない。カスピはこちらに戻れなかったときに、なにも不安を持たずにじっと待っていたのだろうか。もしも自分だったら、つっかえてると思ったと同時にパニックになってしまうだろう。
「渓市、お腹すかない?」
「なんだよ急に。こんな話をしてるときに、お腹すくわけないだろ」
「そぅお? 私はすいたんだけど。ちょっと私ん家で食べて出直そうよ。そしたらよっちゃんの部屋のお客も帰ってるんじゃないのかな」
そう言いながら、カスピは渓市の手を引っ張っていく。
こんな話のときに腹がすいたなんて、どういう神経してるんだ。渓市はカスピに引っ張られながら、不思議で不思議で仕方がなかった。