第1章の(2)
「あっ、ヨシマサさんごめんなさい」
男の声に気付いて、カスピが手を緩める。そして渓市から降り、ちょこんと正座した。
「だれ、この人?」
カスピに痛めつけられた首をグルグルと回しながら、渓市が聞く。男は妙に、全身から上品な雰囲気を漂わせていた。
「この人、ヨシマサさん」
「え、ヨシマサさんって? カスピの先生?」
渓市は男のその格好から、カスピが日舞か華道を習っていて、その師匠ではないかと考えた。
「うぅん、違う違う。渓市の方が詳しいんじゃないの」
「えっ、分かるわけないだろ。初めてここに来たんだから。だいたいにして、ここ、どこ?」
「よく分かんないけど、室町時代だって。それもさぁ、渓市の方が知ってんじゃないの。渓市、学校始まって以来の秀才なんだから」
「なに室町って。そういうアトラクションなの?」
渓市は今度、撮影のセットかと考えた。カスピが顔のきく場所だとしても、撮影場所に入ってしまったのではよろしくない。渓市は少々うろたえ気味に、キョロキョロと周囲を見た。
「うぅん、本当の室町時代」
「なに言ってんだよカスピ。狂った?」
「うぅん。信じられないだろうけど、ホントなの」
カスピは首を振るばかりだ。
「よせよいい加減さぁ。で、おれあの鏡に触ったあと、どうしたんだろ」
「だからぁ、こっち来たの、室町時代に!」
カスピがもどかしそうに、トーンを上げた。
「渓市とやら、本当じゃよ。室町の世じゃ」
渓市の前の男が、上品な雰囲気に合った、やさしい声で言った。