第3章の(2)
よくもまぁ、こんな超常現象に対してなんにも気にせず行動できるものだ。渓市はあきれる。そして、もしかしたら自分はとんでもない女の子を好きになってしまったのかもしれない、と思った。カスピは実際に、みんなから、破天荒だと言われている。その破天荒さが、みんなを振り向かせ、注目させるのだろう。そして自分もまたその一人となっているのだ。渓市は、我知らずため息をついた。
「だからぁ、おれ行かないよ」
渓市が弱々しい声で伝えた。
「あっそう。じゃ私が先ね。じゃあ待ってるねぇ」
カスピは渓市の言葉を、室町に行く順番のことだと勘違いして、鏡に手を付いて消えてしまった。
「あぁ、行っちゃったよぉ」
その躊躇しない行動力に、渓市は恐れ入った。
渓市はもちろん追わない。カスピが帰ってくるまで待つつもりだった。帰ってきたときに、カスピは怒るだろうか。どうして追って来なかったのよ、などと。でも、いくら怒られようが、追う気はなかった。
夏の強烈な日差しが、入り口と窓から差し込む。暗い納屋の中から窓を見ると、目が痛かった。
ジッとしていてさえ汗が伝う。カスピは当分帰らないだろうからと、渓市は納屋の周囲をぐるりと歩いてみることにした。
入り口から見ると、時超えの鏡はすすけて古めかしく、薄汚れた納屋に完全に調和していた。誰かが持っていくなど、とても考えられない。それでも、物騒な場所に置いてあるなぁという思いがぬぐえない。カスピのおじいちゃんの敷地内とはいえ、山のふもとの原っぱで囲いなどない。だれでも勝手に来られる場所なのだ。
みすぼらしくて人の目になどとまらない鏡だろうけど、世の中には物好きが多いから、骨董だとばかりに持ち去られてしまうことだってあり得る。せめてこの崩れかけた納屋ではなく、その横の土蔵なら安心という気がする。堅固な造りだし、扉は重々しい。それに、いかにも誰かの所有物という感じで、入るのが躊躇われる。渓市は慎重に鏡を壁からはずすと、それを持って土蔵に行った。