第2章の(10)
カスピのほめ言葉に誘いのにおいを感じ取り、渓市は先手を打って拒絶を示す。
「でもさぁ、よっちゃんって、あの時代でいちばん偉いんでしょ。それだったら、よっちゃんにお世話になってれば、戻れなくなってもさ、不自由しないで暮らしていけんじゃないの?」
「いや、どうかなぁ」
なにしろ時代は、応仁の乱という日本で有数の内乱が起こった頃なのだ。時代から考えれば、銀閣寺があるということは、すでに応仁の乱が収束しているということだ。応仁の乱は1467年から1477年までで、銀閣寺はその後、1482年から造りだしている。一応収束してはいるが、しかし大乱の火種はくすぶって残っている。まだまだ荒れた時代なのだ。
応仁の乱は、極端に言って、その後の戦国時代よりも性質が悪い。
戦国時代であれば日本全国を舞台としているので、とりあえずは自分の国があって城がある。その場所にいれば、とりあえず戦にならない限り安泰だ。しかし応仁の乱は京という狭い場所で敵味方入り乱れて小競り合いを起こしているという、限定した場所での争いだ。隣り合った屋敷で、東軍と西軍にそれぞれ属してやり合っている、などということも珍しくない。そんな、凝縮した戦いの場に、当時の風習もろくろく知らずに暮らせといっても、いかに有力者のバックがあったからといって、まず無事では済まないだろう。
また、応仁の乱には、明確な勝者がいない。たとえば関ヶ原の戦いにタイムスリップしたのなら、徳川方に付いていれば問題ない。しかし応仁の乱は決着が付かず、全員が疲弊したから終わりにしようとなったカタチだ。安全な立ち位置がなかった。
渓市は要点をかいつまんで、応仁の乱をカスピに説明する。
仲間内の勉強会でなにかを説明すると、すぐに瞼が落ちてくるカスピだが、今回は目を輝かして聞き入っている。これはカスピも本気なんだと思い、とりあえずもう1時間、たっぷり説明して、この日はお開きにした。