第2章の(8)
「ねぇ、じゃあさぁ、戦国時代って、何年くらいのことなの?」
ドリンクバーからオレンジジュースを持ってきたカスピが、座りながら言う。
「そうだなぁ。すっごく単純に、覚えやすく言うと、西暦1600年前後かな。だから、今から400年くらい前」
「あ、それ分かりやすいね。それでその前が室町時代なんだ?」
「そうだね」
「ちょっとなんか、全体像が分かってきた」
「それはよかった。室町時代が崩壊して、戦国時代になっちゃったんだよ」
大学に入学したら教職も取ろうとしていた渓市なので、こういったことを説明することには興味があった。
それから約1時間、鎌倉時代が終わって足利尊氏が幕府を作り、三代足利義満が統治するまでを話した。足利義政までの前振りなので飽きるかと心配していた渓市だったが、カスピはじっと聞き続けた。
「ねぇ、また一緒に行くでしょ」
一旦話が途切れたときに、屈託なくカスピが言った。
「えっ、うーん……」
渓市が口ごもると、カスピが覗き込むように見つめてくる。
「あれぇ、怖いの、もしかして?」
「えっ、どうして怖がるんだよ」
「だって、なんかさぁ」
ムカッときて、怖いわけなんじゃんかよと言葉が出かかった渓市だが、あれっ、よく考えたら怖くて当然じゃないかと気付いた。タイムトラベルなんだぞ、むしろ怖くない方がどうかしている、と。
「あぁ、そりゃ怖いよ。だってカスピ、戻って来られなくなっちゃったらどうすんの?」
渓市は冷静になって、静かに言い返した。するとカスピは、キョトンとした顔をしている。
「えっ、全然考えたことなかった。でも戻って来られないって?」
「うーん、例えば室町時代に行ってる間に、こっちであの鏡を割られちゃったらどうすんの?」
「そうかぁ。じゃあ渓市が見ててよ」
「そしたら、おれ行けないじゃん」
「あれっ、そうかぁ。相変わらずむずかしい問題出してくるねぇ、渓市は」
ぜんぜんむずかしくないし、そんなことは初めに想定しろよぉ、と呆れ顔をカスピに向ける。しかし渓市の視線などまったく気にすることなく、腕組みをして考え込んでいた。
「だいたいさ、なんでおれを一緒に連れてったの?」
「えっ、それは内緒ぉ」
カスピは含み笑いでかわす。