第2章の(7)
これは慄かざるを得ない。もし戻れなくなったら、という恐怖がまず頭に浮かぶからだ。たしかに、こうやって戻ってこられたから、今は将軍のことも室町時代のことも冷静に話せる。でも、もう一度行くと言われれば、とても踏みだす勇気がない。
それにしても、カスピの物怖じしない態度には恐れ入るばかりだった。話や口ぶりからは、何度となく行っているふうに取れるが、怖さはないのだろうか。天真爛漫というか、天然というか、ともかく不思議だった。一歩間違えればこの現在世界に帰ってこられなくて、家族とも一生会えないかもしれないのだ。
「で、よっちゃん、じゃなくて八代将軍ってどういう人なの。たくさん教えてよ」
ひじょうにむずかしいなと渓市は思った。なにしろ時代まで話さないといけないのだ。
「まずね、足利政権だったときって、何時代って言われてたか知ってる?」
「室町時代でしょ。さっき言ってたもん」
「そう。じゃあさ、室町時代の前って何時代?」
「えっ、うーんと、へ、鎌倉時代?」
頷きながらも、一瞬平安時代と言いそうになっただろうと渓市は心の中で詰った。時代の流れをつかめていない人間に、1、2時間程度で説明できるものなのだろうか。
「そう、その鎌倉時代から武士が政治に参加するようになったんだよ。平清盛を源頼朝が負かして、頼朝の後ろ盾だった北條氏が次に仕切るようになってってね。その北條氏の政権のあと、足利政権の室町時代になったんだよ」
「それの八代目なんだ、よっちゃん」
「そう」
「いい時代だったんだね」
「うーん、どうかなぁ」
「でもちゃんと将軍って偉い人がいて、まとまってたんだから戦国時代よりもいい時代だったんじゃないの?」
カスピが屈託なく言う。そう事は単純じゃないんだよなぁと渓市は思うが、これを説明するのにどれくらいの時間がかかることだろう。ちらりと壁の時計を見た。
今度にしようかと言うと、今説明してほしいと言われる。そう押されると無下に断れない。興味のあるうちに話した方が覚えてもらいやすいだろうし、渓市自身がカスピと時間を共有したかった。