第2章の(5)
頭を下げた拍子に、おかっぱ様にきれいにそろえた髪が口元に残り、手でサッと払った。何気ない仕草だが、そのひとつひとつが渓市を惹きつける。
以前からそうなのだ。気付くと、カスピを見ている。もう、小さい頃から。そんなカスピにお願いされて、断われるわけがなかった。
「しょうがないなぁ。まぁそうだな、室町時代は足利家が仕切ってたんだけど、その足利将軍の八代目なんだ。義政公でいちばん有名なのは、銀閣寺を造ったってことかな。彼のおじいさんの三代将軍足利義満が金閣寺を作って、その後に銀閣寺が造られたんだよ」
「へぇ、あの人が銀閣寺を造ったの。なんだかそういう歴史的な建物造る人ってもっと勇ましい感じなのかなって思ったけど、意外ね」
「うーん、金閣寺と違って銀閣寺って、勇ましさがまったくないからな。分かりやすくいうと、わびさびって感じかな」
「へぇそうなんだ。でも八代ってことは、もう最後の方でしょ?」
まったくなんにも知らないんだなと、渓市は呆れた。これは長々と説明しないとならないと覚悟した。
「いや、真ん中だよ。十五代まであるんだから」
「えっ、そんなに。十五代っていうと江戸時代の徳川家と一緒じゃないの?」
「お、よく知ってんじゃん」
「それくらいはね」
と、得意気にピースする。
「意外に知られてないけど、足利将軍も十五代続いたんだよ。期間も江戸時代と同じくらいで、300年弱だし」
「へぇ、そうだったんだ。それにしちゃ、地味ね」
なんだそりゃ、と渓市は思った。時代に地味もなにもあるものではない。
それにしてももう夕方で、歴史上の人物を、それもまったく予備知識のない人間に説明していたら日が落ちるどころか深夜になってしまう。渓市は日を改めようと言ったが、興味を持ったカスピが許さなかった。
「今日がいい。ちゃんと話してよ」
「でも真っ暗になっちゃうよ」
「じゃ、ファミレス行こうよ」
まだそれならいいかと、渓市は了承した。するとカスピは、自転車の後ろに、横に向いて座った。
「はい~。じゃあ出発ぅ!」
渓市の腰に左腕をまわし、右のグーを突き上げた。
仕方ないなという感じで渓市は自転車を漕ぎ出したが、心の中はまったく逆だった。あぁ、だれかにばったり出くわさないものかなぁ。この状況を誰かに見られたい。渓市は夢見心地で自転車を漕いでいった。