事実
突っ込み所満載です、ご容赦ください!
「では始めようか」
金髪を後ろに流した男が、木で造られた練習用の剣をこちらに向け、その鋭く蒼い目でこちらの動きを観察しながら静かに告げた。
左目の側面から頬にかけて縦に入った傷、その眼光、立ち居振舞い、いくつもの戦いを潜り抜けてきたであろう事が伺える。
迂闊に動いたら、いや、何をした所でこの男には勝てないだろう。
それだけの威圧感を体で感じていた。
だが俺も意志があってここに立っているのだ。
目の前の男、ダナンの威圧感に怯むわけにはいかない。
で、何故こんな事になっているのかといいますと。
――数時間前
町役場3階の一室に呼び出され、この上等な調度品が揃えられた部屋に立っていた。
市長室である。
市長、肩幅の広めの体に紳士服を着用し短い髪と口元の髭を綺麗に整えてある初老の男性は、大きめのデスクに備え付けられた座り心地の良さそうなソファから立ち上がるとそのデスクの前、少し離れた所に立つ俺の前まで歩いて握手を求めてきた。
「呼び出してしまってすまなかったね、このハーセルの市長エドワードだ」
貫禄のある低い声を聞き、差し出されたその手を握り返す。
「ど、どうも、達也です」
握手を終え、市長はデスクの横に立つと話を続けた。
「自警団からの呼び出し、という事にすると警戒されてしまうと思ってね、何、そう緊張することは無い、気楽に聞いてくれたまえ」
「はあ……」
「早速本題だが、一昨日の件について聞かせて貰いたくてね。君はもう1人女の子と一緒にグールを2体退治し、その後1人で悪漢4人を撃退したと聞いたが、間違いないか?」
「はい、男達の方は撃退というか、殺してしまったというか……」
「いやいや、それについては報告もしっかり受けている、処罰などは無いから安心してくれ、むしろ君は住民を救ってくれたのだ。感謝している、ありがとう」
「と、とんでもないです」
「ふむ。でだ、その時の様子で確認したい事があるのたが」
市長の話を要約すると、グールが来た方角と、男達の会話の内容、その2点だった。
あいにくグールが来た方向までは分からなかったが、市長が男達の会話の内容で特に気にしていたのは「拐っていけば金が貰える」という所だった。
詳しいことは教えてくれなかったが、聞き返した上で何か納得したような顔をしていた。
「ではわざわざすまなかったね、話は以上だ」
「じゃあ、失礼します」
「何かあったら私の所に来なさい、いつでも歓迎するよ」
「はい、ありがとうございます」
部屋を出てすぐ溜め息を一つ。
市長は礼儀正しい人で好感が持てるのは間違いないんだけど、固い話は疲れるな……。
ダナンの事も気になるが、とりあえずナティの所に行こう、胡桃も待ってる。
1階にはいくつか部屋があり、その中には自警団の詰め所やナティが執務室として使っている場所があった。
市長に呼ばれたのは俺だけなのだが、役場へは胡桃と2人で来てナティの所で待たせているのだ。
目的の場所のドアを開けると、そこまで大きくない部屋に、市長室の調度品とは違い簡素な木製の机などが配置されている一庶民としては落ち着く、少し狭めの部屋。
音に反応して予想通りの見慣れた姿が2つ、こちらを向いた。
「あ、達也、お疲れ様」
「終わったかい。どうだった? 市長の話は」
「固くって疲れたよ、なんだったかよく分からないし」
「あっはっはっはっ、まあそうだろうねぇ」
しばらく続いた歓談の後、ナティが険しい表情に変わり少し声のトーンを低くして話しだした。
「さてお前達に頼みたいことがあるんだが、その前に事情を話しておくとしよう」
真面目な話が始まるのだと感じ、俺も胡桃も緩やかな表情を消し話に集中する。
「あの後調べて分かった事なんだが、達也、お前が助けた子達の他にも5人が行方不明になっていてね、その親御さんだとか明らかに刃物で殺されていた者もいた。まあまず拐われたと見て間違いないだろうねぇ」
「あいつら、他にも居たのか……」
「そんな、ひどい……」
「あの一件は間違いなく計画されていたと判断してる、そうなれば複数に分かれて動いていたのも予想できる話さ」
あまりにひどい話に、俺達は苦虫を噛み潰したように顔を歪めていた。
警鐘を鳴らしたのが街の人間じゃなかったことからもなんとなくは想像は出来たが、まさかそこまでとは考えておらず絶句した俺達を尻目にナティは続ける。
「達也が倒した男達の中に王国貴族に繋がる物を持っていた奴がいてな。カッツの連中と組んでたのは間違いないんだろうが、おかげでそっちにも注意を向けなくちゃならなくなったのさ」
「王都!? なんで王都の奴が!」
「まあ、それには色々あってね、なかなか説明も難しいんだが……話してやろうかね」
この国ミドガリア王国は今、数年前に国王が戦死した事によって揺れ動いているという話だった。
国王が突然変わってしまえば当然ながら国の情勢が不安定になり、隣国に付け入る隙を与えることとなる。
次の国王が才覚ある者であればそれを防いだ上での政策も執れるのであろうが、先代国王の息子である現国王にはそれが望めず、利権を狙った一部貴族を抑えきれずに国の情勢は揺れ、隣国である東のマケドニア王国からの干渉を防ぐのに手一杯だと言う事。
宗教上の理由もありミドガリアに奴隷制度は無い、が、法で裁かれない様、水面下で動くものはいつの世にも居るものだ。
王都の一部貴族達がその例に漏れず、またカッツに奴隷を扱う者が現れたのもここ数年であり、繋がりを持っていた可能性は推測していたのだが、そこに証拠足り得る物が飛び込んで来たという訳だ。
「その奴隷ってのがまた胸糞悪い話でねぇ、マケドニアは古くから奴隷制度があって労働力としても奴隷のやり取りをしているんだが、だからってそれが良いって訳じゃない、ただ最近若い女ばかりを狙ってるのは、王都の腐った連中の為に労働力としてじゃなく、欲望を満たす為だけに奴隷として欲しがってやがるからさ」
この世界に来てすぐ俺を殺そうとした奴等も、つまりは男の俺は不要だったと言うわけだ。
胡桃も顔を歪めて聞いていた、ナティの言葉通り胸糞悪い話だ。
「で、なんで俺達にその話を?」
そう聞くとナティはぽりぽりと頭を掻きながら、面倒そうな表情を浮かべて答える。
「……あたしゃ、王国で騎士団長を勤めてるジジイと腐れ縁があってね、そのジジイからこの件で掴んだ物を元に調査とかを頼まれちまってねぇ、全く面倒な話だよ」
「はあ……はあ!?」
「でだ、お前達にはダナンと一緒にカッツに救出に行ってもらいたい」
この後聞いたことは、拐われたと思われる5人は馬車の跡から一先ずカッツに行ったであろう事、街の守りである自警団を大々的に動かすわけにもいかないという事等、色々説明を始めた。
子供達はウィルに任せておけばまあ問題は無いだろう。
俺達も捕まっていた経緯があり、この事件にも関わっているのだ。
他人事とは思えず、自信はそこまでなかったが了承した。
思い出した事があったというのもある。
話が終わり、俺は兼ねてから聞きたかった事をつい口にしていた
「ナティ、あんた何者なんだ」
「……ただの元悪党さ」
それだけ言うと、ナティは黙ったままだった。
答えが聞けたかというと微妙な所だが、なんとなく理解したのでそれ以上は何も聞かなかった。
そしてダナンとこれからについての相談を、という事になり胡桃と二人、部屋を出てダナンの元へ行ったのだが……。
「達也くん、先に君達の実力を確かめておきたい、手合わせ願おうか」
と、いうわけで役場の建物から外に出て塀の内側にある庭、というより訓練場みたいな場所で、俺達は実力を計られていた訳なのだ。
ダナンは最初に胡桃の相手をしたのだが、女の子と言うこともありかなり手加減をしていた様に見えた。
いや、俺にも手加減はしてくれるつもりではあるだろう、ただ胡桃が「達也には勝てないんですよ」と、言った辺りから少し雰囲気が変わっていた気がする。
余計なことを……。
――「では始めようか」
俺は手にした木剣を構え、その鋭い眼光と向かい合う。
そう俺にも意思がある。あの男達の様な腐った連中から街の人を救い出すことを頼まれた以上、全力で事に当たりたい。
今目の前にいる男に、俺の全力を知ってもらうとしよう。
ダナンとの距離は5歩分くらいだろうか、
「いつでもいいぞ――」
その言葉が言い終わるか否かというところで俺は距離を詰め、挨拶代わりにとダナンの木剣目掛けて薙ぐように叩きつける。
当たったと視認したが俺の手には何故か手応えがなく、叩きつけたはずの剣が流れるように傾けられ、軽く受け流される。
俺は勢いを殺せずに体制を崩し、ダナンの横で膝をついてしまった。
「まだまだだな」
確実に今ので終わっていたが、ダナンは追撃する事なく元の構えに戻していた。
剣撃すら交わせない、流石にレベルが違いすぎるな。
もう一回だ。
次は受け流されることを想定に入れよう。
「いきます」
突っ込むと同時に剣を少しだけ傾け、勢い良く斬りつける。
当てて戻すつもりの剣は当たる瞬間巻き込まれるように回転されたダナンの剣に取られ、容易く叩き落とされた。
これで手加減してるの、このひと!
今のも完全に読まれていたのだろう、確かに小さく纏めすぎたかもしれない。落とされた剣を拾う。
もう一回。
少し時間を置いて無心になり、あの時、グールと戦った時の事を思い出す。
緊張感が高まり、同時に気分が高揚してくるのを感じた。
いける。
左足で地面を蹴り間合いに入る、無心で横に払った剣が合わされ乾いた音が響いた。「むっ」とダナンの声が聞こえるが、構わずそのままの勢いで数度剣を走らせると、受け流せず合わされていく。
いけるか? と、思ったが次の瞬間ダナンの足がジリジリと前に出始め、いつの間にか後退させられている事に気がついた俺は、乾いた音を聞くと同時に飛び退き、距離を空ける。
しかし空けたと思った距離は呆気なく詰められ、頭をコンッ、と軽く叩かれた。
「今のは良かった」
「速すぎですよ……」
「グールを倒せる者はそうはいない、伊達ではない事が分かったよ。これからよろしく頼む」
「はぁ、よろしくお願いします……」