終結
「どーどー」
確か馬を扱う時はこんなことを言っていたなと思いながら口にするが、腰が引けて全く話にならない。
あれから広場を目指して拐われそうになっていた女の子達を乗せた馬車を引いていたのだが、広場まで半分も進めずに馬が暴れてしまい立ち往生している所だ。
「やっぱり無理があるな……」
馬を扱ったことの無い俺が馬車を引くのは自分でも無理があると理解していたが、3人の女の子を抱えるよりは現実的だと判断したのだが……。
「なにをしている!」
突然の男の声に驚き、声がした方に目をやると傭兵風の男が2人こちらへ走ってきている。
追っ手か?
声に驚いて一瞬そう思ったが、すぐに違うと分かった。
広場へと続く街道から走ってきた事もそうだが、男の内1人の姿に見覚えがあったからだ。
金色の髪を後ろに流し、その上半身には黒い胸当てを着けている、ナティの酒場に来たダナンって人だ。
助かったと思った俺は胸を撫で下ろした。
ダナンともう1人、自警団員だと思われる男は近くまで来て立ち止まると、別々の表情を浮かべていた。
ダナンは何かに気付いたような、もう1人は怪訝そうな顔。
「君は確か」
「ダナンさん……でしたっけ、俺はナティの酒場で働いている達也って言います。この馬車の中に拐われそうになっていた女の子が3人乗っているんですが、保護をお願い出来ますか?」
「女の子? ……まあいい、とにかく中を確認しよう。おい、馬車の荷台を確認してくれ」
「は、はい!」
ダナンは一緒に来た男に指示を出すと、俺の方に向き直る。
「事情を説明してくれるか、達也くん」
――――
「死んでいるな」
あの後あった事全てをダナンに説明すると、女の子達の乗った馬車をそのまま役場に連れていく様自警団員に指示を出し、俺はダナンを連れて男達を倒した場所へと戻っていた。
「君の言った通り4人全員確かに街の人間では無いな、後気絶させたと言っていた者だが、その者も既に死んでいるようだ」
「そうですか……、すみません、必死だったので……」
「責めている訳ではない、格好からまず間違いなくカッツの連中だろう。それよりも本当に4人相手にして倒してしまうとは。グールも倒したのだろう? 驚いたよ」
「グールは1人でじゃないですから……、それより警鐘が止むのが早かった様な気がしたんですが、何があったんですか?」
「うむ……、あれは街の者が鳴らした訳ではない」
話を聞くと何者かが警鐘を鳴らし、しばらく街は人がどよめき、混乱していたらしい。
その後、街にもグールが2匹確認されあの醜悪な化け物に数人が殺されてしまったそうだ。
ダナンがグールを退治し、街の人達を家から出ないようにと説明してから街の守りを担当した自警団員14人とで見回りを始めたという訳だ。
ナティの判断でダナンを街の守りにつけたそうなのだが、それが無ければ今も収集がついていなかったかもしれない。
ちなみに自分は集まった半分以下、10人だけ連れて討伐に向かったらしい、ダナン曰くあの人が居れば問題ないと言っていたが、あのおばさんは何者なんだ本当に。
「では役場へ向かおうか、1人で帰す訳にもいかんからな」
「いえ、人手足りてないんでしょう? 見回りなら俺も手伝います」
「……しかし、その左腕の怪我は問題ないのか?」
「応急処置はして貰ってありますし、そこまで大した傷じゃ無いです」
「そうか……すまんな。では私と行動してくれ」
「はい」
ダナンと共に空が青みを帯びる明け方まで見回りを続けたが、何も起きることは無く静かなものだった。
その後ナティ達が被害を出すことなく戻り、事態は一応の終わりを迎えた。
――――
あれから1日が経ち、ナティは酒場を閉めて自警団の指揮を執っているらしい。事故処理とか事実確認とか色々あるみたいだ。
酒場の仕事が一時閉店の為、することが無くなってしまった俺達は孤児院で子供達の面倒を見ながらいつもの日常に戻っていた。
あるひとつの事を除いて。
「食器、俺が洗うよ」
「……」
桶に張ってある水を使って無表情で昼食後の洗い物をしている胡桃。
あの日から何故かあまり口を聞いてくれない。
何を怒っているのかさっぱりなので、とりあえず時間が解決してくれるのを待っているのだが……。
「じゃあ、子供達の様子でもみてこようかな」
「……ウィルがお昼寝させてるから邪魔しないで」
「そ、そうか、じ、じゃあ、掃除でもしようかなぁ……?」
「……」
こんな調子だ。
怪我をしていた事もありほぼ休んでいたので体を動かしたかった俺は、裏庭に通じる出口付近に置いてあったホウキを手にして埃を掃いていく。
傷は浅かったのでナティは特に問題無いと言っていたのたが、ウィルが安静にしていろと、しつこく言ってきたってのもある。
あいつあんなに心配性だったか?
休んでいる間は時間が有り余っていたので、あの時の事を思い出しては考えていた。
あの力について。
自分の意思でどうこうできている訳では無いので『力』と言っていいのか分からないが、何故あの時に起きたのか。
最初は自分が死の恐怖を感じて、死にたくないと強く思った時。
次は俺では無くて、胡桃に襲いかかる死を怖いと思った時。
とにかく俺に起こっている現象だ、俺の恐怖に反応してるのか、生へ渇望とか死んで欲しくないって気持ちに反応してるのか。
『死』そのものに反応してる? いや、それなら俺が殺してしまった男達はどうなるのか……。そんな事を考えては背筋に寒気を感じたりしていた。
まあ、考えても答えは出ないんだけど。
ガチャッと、ドアが開く音が聞こえると、ウィルが子供部屋から出てリビングへと戻ってきた。
「もう寝たのか?」
「うん、遊び疲れたみたいだね、すぐだったよ」
言ってからすぐ、ウィルは俺に向かって何やら近付けと手招きしていたので、手にホウキをもったまま近付いてみると声を潜めて喋りだした。
「胡桃姉ちゃんまだ怒ってるの?」
「……ずっとあの調子だよ、放っておけばそのうち収まるだろ」
「駄目だよ、ちゃんと謝った方がいいよ? 怒ってはいるみたいだけど心配もしてるみたいだから」
「心配ってなんだよ」
「達也兄ちゃんに安静にしろって僕に言わせたの、胡桃姉ちゃんなんだよ?」
「そうなのか……」
「そんな事させられる僕の身にもなってよね」
胡桃がそんなことを言ってたのか……。
「じゃ、あれから家にいるように言われてるから、僕は裏庭で稽古するから」
ささっと逃げるように行ってしまった。
今がチャンスと言いたいのだろう……なんと言っていいものか。
掃除を続けながらタイミングを伺っていると、胡桃は食器を洗い終わったようでリビングの大きなテーブルにある椅子に腰掛けた。
今だ!
「あー、胡桃さん……?」
「……」
相変わらずの無表情に言葉が固くなるがそのまま続けた。
「何か怒っていらっしゃるようだけど、俺何かしました?」
「……」
う、これ以上は無理だ。
「……ないで」
「えっ?」
「もう一人で行ったりしないで」
あー、それで怒ってたのか……、そう言えば何するにも二人でって決めたんだっけ。
「ごめん、でも人を助けられたし……」
「それは結果論でしょ? 私がどれだけ心配したと思ってるの? あの時は子供達が居たから納得させられちゃったけど」
胡桃はその整った顔を怒りで歪めている。
ナティの影響は強いだろう、普段怒らないのも相まって余計怖い。
「ごめん……」
「怪我が治ったら家事全部やってもらうからね」
「はい……、すみません」
まだ怒りは収まらないようだがとりあえず多少は許して貰えたのだろうか、いつの間にかその表情は普通に戻っていた。
「じゃあ、今日はもう休んでて」
「いや、もう大丈夫だよ」
「いいから!」
「はい……」
部屋で本でも読むとしよう、俺は肩を落としながら部屋へ向かった。