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成果

 ――あの時


 この世界に来てからすぐだ、死の恐怖に直面した俺は、あの感覚を味わった。

当時は何が起きたのか考える余裕等無かったが、あの時の事を思い出すと人を殺してしまったという罪悪感より、とてつもない万能感に浸っていた自分が居る事に気付いた。

 元の世界で過ごしていた日々では無かった事だ。

 これはきっとこの世界が、或いはこの世界の何かが俺に与えてくれた力なのだと、この時はただ感謝していた。

 

 今目の前に居る、俺にとって大切な存在となった少女の命を救えるのだから。



 胡桃の首筋目掛けて、その醜い顔をさらに歪ませながら口を開いた化物は、動きを、時間の進みを制限されていた。

 諦めかけた胡桃の命を、その未来を、掴み取るには十分な時間。


「うあああああぁぁぁぁ!!」


 手に持っていた微かに青く輝く(つるぎ)を突き出す様に構え、怒りの赴くままにその醜悪な顔面を刺し貫き、そのまま力を緩めずに胡桃の背後から引き離し、地面へと叩きつける。


 そのとてつもなく長く感じた数秒間の後、時間の流れが戻ってきた。


「達也……?」


 胡桃は先程まで目の前に居たはずの俺が、突如消えてしまった事に驚いた様だが、すぐに後ろの音に気が付き振り向く。


「大丈夫、ここに居るよ」


 俺は思ったよりも冷静だった。

 さっき倒したグールの断末魔には仲間を呼び寄せる効果があった様に思える。

 ならばこいつに叫び声をあげさせるのはまずい、幸い剣に貫かれたこいつは声を上げる事が出来ない様なので、このまま動かなくなるまで待った方がいいだろうと判断すると、間も無くグールは口から胴にかけて貫かれたまま声を上げる事も出来ずに絶命した。

 

 俺は剣を抜いて血を振り払い、鞘に収める。

 その様子を見て胡桃は動揺している様だ。


「もう1体いたの……? でもどうやって? 達也が消えちゃったかと……」

「とにかく子供達が心配だ、孤児院に入ろう。まだ他にもグールがいるかもしれないし、注意しながらだ」

「う、うん」


 俺達は周囲を警戒しながら、孤児院の入り口に来ると、慎重にドアを開け中を確認しながら孤児院に入った。

 リビングのテーブルには燭台に蝋燭が灯ったまま置かれていて、薄暗いが全体は確認できる明るさだ。

 特にグールの気配も姿も無かったので、燭台を手に取って子供達の部屋へと向かう。

 慎重にドアを開けながら思ったのはグールの気配もそうだが、人の気配もしない事に不安を感じていた。

 以前本で読んだグールの情報には1つ見逃せない事が書かれていたからだ。


 特に人間の子供の肉を好む、と。


「誰もいない……」


 中に入ってみると広めの部屋に6つ置かれたベッドには、誰一人として姿が無い。

 胡桃は相当ショックを受けた様子でその場に座り込み、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。


「胡桃、ここには誰も居ないけど、血の後も無い。ウィルがどこかに避難させたのかもしれないし、他の部屋に居るかもしれない。探しに行こう」

「そうだね……、ごめん……、分かった」


 胡桃は目に溜まっていた涙を拭うと、立ち上がった。

 そのまま子供部屋から出て他の部屋を探そうと少し進むと、俺達の足音とは違う、木が軋むような音が聞こえてきて、足を止める。


「達也兄ちゃん?」


 ウィルの声だ。


「ウィル? どこにいる?」


 すると廊下の端の床が一部動き、外されると、そこからウィルがひょこりと顔を出した。


「ウィル!」


 胡桃はウィルの顔を見て声をあげて駆け寄ると、ウィルの顔を抱き締める。

嬉かったのだろう、俺もウィルの顔を見てひとまず安心した。


「痛い、痛いよ胡桃姉ちゃん」

「だって、部屋に誰も居なかったから……!」

「こんな所に地下なんてあったのか」

「うん、ここの下が地下室になっててさ、ナティから何かあったら逃げ込めって前から言われてたんだ、警鐘が鳴ってたからそれで。みんな下に居るよ」

「良かった……」

「おーい、胡桃さん……? とにかく下に行こう」

「あっ、ごめん」


 胡桃の胸から解放されたウィルは案内するように地下へと入っていき、俺が最後に入り床板を戻した。


 ウィルめ、なんて羨ましい奴だ。


 そんな不謹慎な事を考えながら階段を下りていくのだった。



 地下室は石壁に囲まれていて、そこまで広いわけではないが、子供部屋や俺と胡桃の部屋と同じくらいの大きさだった。

 小さい机に椅子が数個、3つのベッドの上にはそれぞれ毛布の束が置かれている。

 大きめの棚があり、棚には非常用だろう燭台に蝋燭とマッチ、燻製肉やチョコレート、酒類等、保存の効く食料が置かれていた。

 子供達5人の姿もそこにあった。


「みんな……、良かった!」

「たつやとくるみだー!」

「おかえりー!」


 俺達の姿を見て子供達が駆け寄ってくると、胡桃は一人一人顔を見て、抱き寄せる。


「くるみ、おそとになにかいるの?」

「つれてかれちゃうんだっておもって、こわかったー」


「大丈夫だよ、ここに居れば何も来ないからね」

「ウィルもおなじこといってた! ここならだいじょうぶって」

「チョコレートがあるんだよ! たつやとくるみもたべる?」

「たつやだいじょうぶ? ていたそう」

「このくらい平気だよ。チョコレートか、俺はいいからみんなで仲良く食べな」

「うん!」

「はーい」


 みんな元気そうで、本当に良かった。

ウィルのおかげだ。


「達也兄ちゃん、今手当てするよ」


 ウィルは毛布の束から綺麗なものを選び、腰の短剣を抜いて裂いていく、その後何やら酒瓶を盛ってきた。


「そこに座って」

「悪いな」


 背もたれの無い小さな椅子に腰かけると、ウィルは俺の腕の傷を確かめながら、短剣を使って服を破いていく。


「しみるから我慢してね」


 躊躇なく腕の傷に持ってきた酒がかけられると、激痛が走った。


「いっ! つーぅぅ……」

「傷はそんなに深く無いみたいだね、何にやられたの?」

「ぐ……ぅ、そ、外にグールがいてな、引っ掻かれた」

「グール!? 何か気配は感じたけど、まさかグールなんて……」


 ウィルは会話しながら先程裂いた毛布を包帯代わりに巻き付けてくれた。


「これでよしと。ただの応急処置だから、後でナティにも診てもらってね」

「サンキュー、ウィル。お前は何でも出来るな」

「そんな事無いよ。それよりそのグールは……」

「ああ、意表を突かれて危なかったけど、2匹は俺達が倒して、死んだのを確認した」

「2匹も? 凄いね……」

「念の為、ナティが帰るまではここに居た方がいいな、しばらくは帰ってこれないと思うけど、ここならグールでも見つけられないだろ。食べ物もあるしな」

「うん、分かった……、で、何があったの?」


 俺は手招きしてウィルを少し近付けさせ、子供達に聞かれないよう声を潜める。


「死人の群れが街に近付いていたらしい、ナティは討伐に向かったよ。グールがいるなんて言ってなかったから、これに関しては予想外だろうな……、警鐘も予定より早く鳴らしていたみたいだし、街でも何かあったのかもしれない」

「死人まで……、大変な事になってるね……」

「俺はお前達の無事も確認したから、街に戻ろうと思う」

「街に戻るって!? 外にはまだグールがいるかもしれないんだよ?」

「こ、声でかいって」


 ウィルの大きな声に反応して、胡桃と子供達がこちらを見ていた。

特に胡桃は内容も理解したのだろう、心配そうな表情だ。


「あっ……、ごめん」

「街には自警団もいるだろうけど、ナティ達が討伐に出てるから、多分街の守りは人が足りないと思う、それに……、出来る事がまだあると思うんだ」

「……それなら僕が行くよ」

「いや、確かにこの中じゃウィル、お前が一番腕が立つと思うが、だからこそ子供達を頼むよ、お前と胡桃が残れば安心ってもんだ」

「……分かった」

「ウィル、地下の出口まで頼むよ」

「うん」


 そう言うと、俺はウィルを連れて階段を上ろうとするが、案の定胡桃が声を掛けてくる。


「達也、街に戻るの? なら私も一緒に」

「いや……、胡桃は子供達を頼むよ、お前が居たら子供達も安心するだろ。それにウィルだけに任せたら負担も大きいしな」

「でも……」

「大丈夫だって、無理はしないから」

「うん……分かった、気を付けてね」


 俺は頷いてから階段を上がり、ウィルに地下出口を閉めてもらって、孤児院を後にした。


――――


 警鐘が鳴ってから1時間くらい経っただろうか、何故か警鐘は止んでいて、街は奇妙な静けさに包まれている。

 俺はハーセルの北東部辺り、ナティーシアの孤児院近くの町外れを走っていた。

 広場を目指し走っていると少し離れた所で傭兵風の男が2人、何か大きな物を運びながら裏路地に入っていくのが見えた。


「自警団? でも、様子がおかしいな……」


 この非常時にそこまで急いでいるような様子も無く、こんな所で何かを運んでいる姿に違和感がある、気になったので隠れながら裏路地を覗いてみると、そこには一頭の馬につながれた、上部が布で覆われた荷馬車が置いてあり、先程見た2人の他にも、もう2人の男が、馬車に荷物を積み込んでいた。


 何か盗んでる?

 非常時には悪事を働く者も多いと聞いたことがある。

 行動から自警団だとは思えないので、そう言った類いの輩かもしれない。

 様子を伺っていると何か大きな麻袋が馬車の荷台から落ち、その麻袋がごそごそと動いているのが見えた。

 男達の一人が腰に下げた剣の柄でその蠢いている麻袋に打撃を加えると動かなくなり、その衝撃で袋の口が開く。


 見えたのは人間の頭部、茶色の長い髪、多分女性だ。


「あいつら……」


 あの大きな麻袋に入っているのは人間だ、この混乱に乗じて人を拐っているんだろう、荷台には他にも乗せられているかもしれない。

 身に覚えのあった俺はその光景に怒りを覚えるが、冷静さを失っては助けられるものも助けられなくなってしまう。

 街の守りを担当している自警団員がどこに居るのか分からない以上、助けは期待できない。

 一人でやるしかないが相手は4人だ、慎重に行かないと……。


 冷静さを取り戻そうと少し時間を置き、行動に移る。

 静かに剣を抜いてから周囲を確認して、見付からないよう物陰に隠れつつ後10歩程の距離まで近付いた。

 すると男達の話し声が聞こえてくる。


「女ばかりだ、いい金貰えそうだな」

「ああ、自警団の奴らも慌ててやがって、見回りにも来れやしねぇ。これで大金が入るんだから、たまんねえな」

「おい、無駄口叩いてねぇで、さっさと積み込んじまえ!」


 どうやら拐った人を乗せた後ろから普通の荷物を乗せて、偽装している様だ。


 偽装してるって事は、それが積み込み終われば出発する可能性が高い、やはりもうやるしかない。

 手前に2人、馬車を挟んで向こう側に2人か、正攻法じゃやられるだけだが……。


 俺は近くにあった石を拾い、馬車の向こう側、出来るだけ離れた所を目掛けて投げ、数秒後に石がぶつかる鈍い音が響いた。


「誰だ!」


 男達全員が突然の物音に反応しそちらを見るが、1人の男が何か合図をしてすぐ、作業をしていた2人はまた荷物を積み込み出し、馬車の向こう側にいた2人が、物音を確認しに離れていく。


 成功だ、4人同時はきついが2人なら。


 俺は物陰から飛び出し、作業をしていた男の方に剣を構えながら突っ込んだ。


「なっ、くそ――」


 1人が俺に気付いて声を上げた瞬間正面から斬りつけると、男は持っていた荷物を地面に落として這いつくばり悲鳴をあげた。


「ひぃぃ、いてええぇよおおぉ!」

「どうした!」

「くそがああぁぁ!」


 くそっ、浅かったか。

 だがもう動くことは出来ないだろう、そのくらいの手応えはあった。

 でもこれじゃ、注意を逸らした2人がすぐに戻ってくる。

 考えながらもこのままの勢いでもう1人に狙いを定めた。


 作業をしていたもう一人の男が荷物を手放し、腰の剣に手をかける。

 が、その剣は抜かれることは無く、男は動けなくなっていた。

 その時には既に俺の剣が男を貫いていたからだ。

 間髪入れずに、戻ってきた男に斬りかかられると、目の前のもう間もなく肉の塊と化す者の身体を盾にして避け、剣を引き抜いた。


「ガキがぁ、てめえ自警団か?」

「さあね……、ただその馬車はここで終点だよ」

「はっ。2人も殺してくれやがって……、てめえは何も出来ずに死ぬんだよ!!」


 男2人が斬りかかってくる。

 俺は一撃受けてから後ろに下がり追撃を避けそのまま走り出し、石を投げる前に見つけておいたすぐ近くの狭い路地に逃げ込む。

 優勢と見たか、男達も追いかけてきた。


「粋がっておいて逃げるもんだから、仲間でも居るのかと思ったら……、結局一人かよ。大人しく死ね!」


 俺の首を狙って払われた剣を受けると、その衝撃でグールから受けた左腕の傷が痛む。


 さっき攻撃を受けた時も思ったが、こいつらはそこまで強くない。

 動きといい剣捌きといい、ウィルや胡桃と比べたら格下だろう。

 思惑通りこの狭い路地なら一人づつ相手に出来そうだ。

 左腕の傷も痛みだし、長引くとまずいと考えた俺は攻めに出る事にした。


 数度剣を走らせると、金属のぶつかり合う音が響く。


「くっ、このガキ……」


 考えなく男の剣が振り上げられがら空きとなった胴へと俺の斬撃が入ると、男は地面へとその身体を預ける。


「なっ、この野郎!」


 後ろの男がすぐさま上段から斬りかかる。

 その一撃を受けた直後に身を翻し、男の後ろへ回り込み背中から斬りつけると、男は倒れ込んだ。


「ふぅ。狭い所で一人づつなんて、今時子供でも知ってるよ」


 その返答は男の耳に届くことは無く、俺はすぐに馬車へと向かった。




「くそっ! なんで俺がこんな目に……」


 最初に斬った男が、馬車近くの建物に倒れ込むように寄りかかりながら呟いている。


「ひい、やめてくれ!」


 俺に気付いて悲鳴を上げた男の首に、剣の柄で打撃を加えると、そのまま意識を失った。


 その後馬車から偽装用の荷物を下ろして中を確認すると、3つの大きな麻袋があり、そのどれも若い女の子が入れられていて、先程見た、茶色の髪の女の子もいる。

 幸い全員気を失っているだけの様だが呼び掛けても起きず、ここから逃がすにもどうしたものかと言った所だ。


「俺、馬なんか扱えないぞ……」

 

 とは言った物の、馬車を動かすしか無いだろう。

 さっき気を失わせた男を御者が乗る場所に乗せようかとも思ったのだが、ちょっと無理そうなので、男は捨て置いた。


 さすがに乗って走らせるのは出来ず、恐る恐る馬の手綱を取り、引いていく事にした。


お読み頂きありがとうございます。


4話までを確認したら誤字が多く、申し訳なく思います。

慌てて直しました。


ご意見ご感想、アドバイス等々、

なんでもお寄せ頂けたら幸いです。


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