生活
「胡桃ちゃん!こっちにエール!」
「はーい!」
大きな体をした中年男の声に元気よく反応する胡桃。
ここナティーシアの酒場で働くことになった俺達は、怒号飛び交う騒がしい店で昼過ぎから夜まであくせく働いている。
ハーセルの街、広場付近にある酒場で、レンガ造りの2階建ての建物だ。
1階が酒場で床などの内装は木で作られていて2階は倉庫として使っている部屋やここでも眠れるように寝室などがあったりする。
この付近の建物の中ではかなり大きく、酒場には4、50人は入るだろう。
ただ客はせいぜい半分くらいしか入った事はないが、まあそれでも十分忙しい。
胡桃はウェイトレスで、暗めの色のワンピースに、肩まである白いエプロンがとても良く似合っていて、元々の端整な顔つきも相まり瞬く間に酒場の人気者だ。
俺は自らの希望で、厨房で料理担当をしている。
ナティに拾われてから3ヶ月が経ち、大分しごかれて、今では俺の料理の腕もなかなかのものなった。
元々あまり料理なんかしたことも無かったので、最初は胡桃が厨房に入る予定だったのだが、俺もこの世界で生きていくなら料理くらいは出来ないと、とナティと胡桃に頼み込んだのだ。
まあ当然手が回らなくなれば、俺も胡桃の方に回る訳だが。
「はい、どうぞ!」
胡桃は大きめのジョッキに並々と注がれたエールを、客のテーブルに勢いよく置き、泡が飛ぶ。
「お、相変わらず早いねえ。どうだ、一緒に一杯!」
「追加料金で金貨1枚ですけど?」
「ぐっ……、だっはっはっは、一本取られたなこりゃ。いや、俺の息子も胡桃ちゃんみたいなのが嫁に来てくれれば安心なんだがなあ!」
この街の良い所なのだろう、大抵は気のいい人ばかりだ。
たまに文句を言ってくる客や、明らかに怪しい格好をした客も居るがそういう客が問題を起こしそうな時はナティが相手をし、そしてものの数秒で解決してしまうのだ。
何者なんだあの人は。
胡桃も客をあしらうのが上手くなった。
女は強し、なんて言うがあれは本当なのだろう。
ナティの影響か、どんどん逞しくなっていく気がする……。
「こら、達也! 手が止まってるよ!」
ナティの怒声が響き渡る。
「おわっ! ごめん!」
俺は慌てて作っていた料理を仕上げる。
これもいつも通りのやりとりだ、情けない話だが……。
夜も更けてくると、客も居なくなり後片付けと掃除をして、1日は終わりだ。
この街の人達の朝は早く、大体午後8時くらいには客もほぼ居なくなる。朝6時からが人が動き出すピークなのだから、当たり前といえば、当たり前の話である。
ハーセルの街は北の森とも離れているため、比較的安全な街だった。
この3ヶ月間、特に魔物等に遭遇したことは無かったが、たまに遠くからやってくる死人やグール等をこの街が独自で運営する自警団が、そういった危険を排除しているらしい。
そのおかげもあり安全なのだろう。
酒場での仕事は、当初は衣食住の代わりとしての労働と聞いていたので金銭などは求めていなかったのだが、ナティはそれを差し引いた分として給金まで支払ってくれていた。
拾ってくれた恩もあるので断ったのだが、ナティに「若者が遠慮なんかするもんじゃないよ。」と一喝され、大人しく頂いてから生活費等で返していくことにした。
それでもそこそこな額が手元に残り、特に使い道も無かったので二人で考えてとりあえず貯めていこうと言うことになった。
「今日はあんまりお客さん来なかったね」
「そうだな、いつもは半分くらい埋まるテーブルが、今日は12、3席ってとこだったか。まあ、楽できるのは悪くない」
「もう、またそういう事言って……」
「そういえば、お前また客あしらうのが上手くなったな?」
「達也の料理の腕はあんまり上がらないのにねー」
「くっ……、余計なお世話だ。これでも上手くなったんだからな」
胡桃は、時折こんな皮肉も言うようになった。
元々そんなに明るい性格では無いと本人は言っていたが、俺はそんな面影は無いように思う。
まあ人間なのだ何かのきっかけで変わる事もあるだろう。
変わったのだとしたら、胡桃のそれは良い変化なのだと思う。
「しっかし、俺達が働くまでしばらくの間、ナティだけでやってたんだよな、あの店」
「うん、今でも十分大変だと思うんだけどね……」
「マジで何者なんだか、あの人は」
そんな会話をしながら、胡桃といつもの道を通り、帰路に着く。
胡桃はあの日の事を、特に気にする様子も無く日々を過ごしていた。
自然と俺もそれに合わせるようになったのだが、まあ釈然とはしない事はある。
胡桃は前から俺を知っていたと言っていたが、俺は胡桃の事は知らなかった……と思う、
正直覚えてないのかもしれないがこの子とどこかで知り合っていたなら、こんな可愛らしい女の子の事を多分忘れないだろう。
とはいえ、その事に関して話も出来ず何事も無く時間は進んでいった。
この3ヶ月間が今までのなんとなく暮らしていた生活とは違い、とても充実していて、あまり気にならなかったってのもある。
「慣れるものだね、歩いて帰るのも」
「孤児院まで歩いて1時間近くかかるもんなー、最初の頃はやってけるか不安だったよ、実際」
「そういえば達也、ヒーヒー言ってたね」
「なっ……、言ってたけどさ。胡桃って意外と体力あるよな、もっとか弱い子かと思ってたんだけど」
「思ってたんだけど?」
「なんでもないです」
「ナティと一緒に帰った事って、あんまり無いよね」
「だなー、あの人いつもなんかしてるよ。酒場終わってからもどこか行ったりとかさ、何してんだろ」
「実は……吸血鬼で、夜の街を徘徊してるとか……」
「それは……、シャレにならないぐらい怖いっ」
「あ、ナティが聞いたら怒るよ?」
「うぐ、って、お前が言い出したんだろ!」
胡桃に口で勝てることは無さそうだ。
酒場で寝泊まりも出来るのだが、子供達の相手や他にも事情があり毎日歩いて通う事にしている。
毎日と言っても不定期だが、週2日ぐらいのペースで酒場自体が休みなのでそこまで苦も無く続ける事が出来た。
心配だった子供達の面倒は、酒場が営業の日の夜はウィルが面倒をみてくれているので、まあ安心だ。
孤児院に帰ると、子供達が寝ているので、起こさないように部屋に向かう。
「しー、静かにね……」
「お、おう」
孤児院は部屋が少ない為、俺と胡桃には同じ部屋があてがわれた。
最初の頃は意識してしまい、よく睡眠不足になっていたが、いまでは慣れてぐっすりだ。
部屋にはベッドが2つと机と椅子、衣装棚や本棚等が置いてあり、衣装棚には俺達が元々着ていた制服がかけられている。
血を落とすのは大変だったが、何度も洗ってある程度は落としたけれど、あれ以来着ることはしなかった。
まあ、この世界では不自然な服装であるのもそうだが、あまり良い思い出が無い為だ。
俺達の日課はより多くの知識を得ようと、本を読んでから寝る事。
そのおかげでこの近辺の地理や地名、情勢、宗教等、色々分かったことがある。
まず、このハーセルの街がある国が、ミドガリア王国。
王都もハーセルから近く、南西の方角に1日馬車を走らせれば着くくらいの距離らしい。
そしてハーセルから東にある街が、カッツ。
その例の悪党どもが拠点にしている街から、少し東側に国境があり、そこからは最近までミドガリアと戦争を繰り返していた、マケドニア王国の領地となる。
北にある山脈が東西に伸びているのだが、その山脈の南側を二分するような感じで国が東西に分かれており、この2つの国がこの近くでは1、2を争う大国だ。
さらに南の方にもいくつか国があるのだが、この2大国と比べると、小さな国ばかりである。
ちなみに、この辺り一帯の殆どの国が王政を執っている様だ。
カッツが今ではほぼ無法地帯と化しているのは、戦の乱発する南の平原が近く、一般人は避難したりと寄り付かない為に、無法者達が集まるようになった様だ。
国境近くのこの街がマケドニアに攻め込まれたりしない理由は、カッツ東側は北の山から広がる森があり、ここを軍隊などで通ることはどんな馬鹿でもしない、という点もあり今の状態となっている。
そしてこの国で信仰されている宗教が、神ガイアを崇めるガイア教である。
マケドニアとは宗教が発端で争いが続いているらしい。
簡単に言うとその昔、元々は同じ宗教を信仰していた1つの大きな国が、宗教の派生から国が2つに割れ、今に至るそうだ。
まあ、これは子供達に読み聞かせる童話の話から得た知識だったりもするが。
さて、今日は本を読むのを早く切り上げ、眠ることにした。
明日はちょっとした予定があるのだ。
――――
まだ空が明るみ始めて間もない頃、孤児院の裏庭に何かがぶつかり合う様な乾いた音が響き渡る。
俺と胡桃がそれぞれ木で出来た剣と刀を用い、打ち合っていたからだ。
勢いよく打ち合わされた剣は徐々にスピードを増し、数度乾いた音を響かせる。
胡桃はとにかく動きが早くこのままだと手数で押しきられると判断し、俺は勝負に出る。
上段からの斬撃に合わせて胡桃の木刀を横に弾くように薙ぎ払う。
胡桃の腕ごと弾かれた刀は戻すには幾ばくかの時間が必要だ、その大きな隙にがら空きだった胡桃の胴へ目掛けて木剣を突く様に走らせると、思惑通り反応できておらず突かれた剣が届きそうになる。
その瞬間、突き立てられるかと思われた剣は空を切り間一髪で避けられてしまうが、体制を崩した胡桃は反撃できず俺の返した剣に為す術も無く両目を閉じて衝撃に備えた。
俺は胡桃に当たる直前で剣を止め、決着が着いた。
「うー。勝てないなあ」
胡桃はペタリと座り込み、長い黒髪が地面についてしまっているのも気にせず悔しそうにしていた。
「ふぅ、大丈夫か。さすがにこれで負けたら、勝てる所が無くなっちまうよ」
こんな事をしているのも、この世界では何か護身術の一つでも覚えないと、とナティに言われた為である。
俺も捕まえられて殺されそうになった経緯があるので、それについてはやぶさかでは無くこの3ヶ月間、酒場での仕事以上にこっちに力を入れていた。
何故胡桃まで、と俺は思ったのだがあの時二人で決めた、何でも協力していこう、というのが胡桃の頭の中ではいつの間にか俺達の間での条約として樹立されていたらしく、ほぼ無理矢理に二人で一緒に、と言うことになったのだ。
これもこの孤児院に毎日帰る事情のひとつである。
で、肝心の剣術は誰が教えてくれたのかと言うと……。
◆◇◆◇
「えっ、ナティがか!?」
「なんだい、不服かい? あたしゃ、こう見えても結構なもんだよ」
「いや、だっておば……、女だし、大丈夫なのかよ」
「た、達也、それは……」
孤児院のリビングで子供達が騒がしく遊ぶ中、俺達は話していた。
完全に軽率だった俺の発言を隣で胡桃が諌めるが、時すでに遅し、というやつだ。
その時のナティの顔は思い出せない、いや、思い出したくない。
「言ったね小僧……、どれ程のもんか見てやろうじゃないか、表に出な!」
いやいや、明らかに「おばさん」って言おうとしたのが勘に障っただけだろ、俺は何も剣術に自信があるなんて言ってないぞ。
そしてこの後どうなったかは……、言わなくても分かる事だろう。
「まあ、筋は悪くない。だが……、なっちゃいないね、鍛え直してやるから覚悟しておきな」
「へい……」
案の定、手も足も出ずこてんぱんにのされた俺は、肩を落としながら返事をした。
それから剣術の稽古が始まったのだが、最初の一週間程はナティにみっちりしごかれ基本を叩き込まれた。
本人は昔剣をかじった事があると言っていたが、ナティの強さはそれだけでは無さそうな事は明白だった。
それじゃなくても、歳いくつだよ、と言いたい所なのだ。
◆◇◆◇
「お見事!」
ベランダの縁に座り、俺と胡桃の稽古を見ていたのはウィルだ。
何を隠そうナティが基本を教えてくれてからその後は、この小さな男の子が稽古をつけてくれていたのだ。
「いやいや、ウィル君。胡桃に勝ったくらいじゃ、まだまだですよ」
「あー、そういうこと言って! ウィルには勝てない癖に」
胡桃は不機嫌そうな様子で俺を睨んでいた。
そうは言ったもののいつ負けてもおかしくないくらいの実力差で、今までも相性の関係で俺の方が勝っていただけの話だ。
「ははっ、じゃあ、今度は僕とやるかい、達也兄ちゃん?」
「勘弁してくれ、今日はこの後行く所があるんだ、また今度頼むよウィル」
ウィルは先日誕生日を迎え12歳になった。
7歳になった日から剣術を始め5年間かかさず修行していたので、この歳にして俺達よりもかなり先輩だ。
最初は頃はよくウィルにもこてんぱんにされていたな。
とりあえず今日は遠慮したい所だ。
「お前達、朝飯だよ!」
タイミング良くナティに呼ばれ、俺達は戻ることにする。
今日は酒場が休みなので胡桃と二人で鍛冶屋に剣を買いに行こうと、約束をしていた。
護身用の剣術も肝心の剣がなければ意味がないので、ある程度お金が貯まったら買おうと前から二人で話していたのだ。
俺が楽しみにしていたのは鍛冶屋に行くのもそうなのだが、胡桃と二人で買い物というのもなかなか良いイベントだ。
「早くしないと無くなっちゃうよー」
子供達にそう急かされ、食卓につくと今日もおかずの奪い合いが始まっていた。
「これ!人のを取るんじゃないよ、まだあるんだ、落ち着いて食べな」
「それは駄目ー!」
「へっへーん、もーらい!」
「こら!」
「あー!」
相変わらず朝から騒がしくも楽しい食事だ。
なんて油断していた俺の皿の上には、サラダ以外何も残っていなかった。
「だー、俺の飯ー!」
「はいはい、私が持ってきてあげるから」
――――
鍛冶屋へ向かう前に着替えをしてからという話になり、俺は早々に済ませて待っていた。
「遅いな……」
男の俺はともかく女の子の準備には時間が必要なのだろう、なかなか来ない。
俺はいつの間にか子供達の遊び相手にされていた、この際だ、全力で相手をしてやろう。
しばらくすると、いつもよりお洒落をした胡桃が現れ俺は子供に頭の上に乗られながらその姿に見とれていた。
中世の貴婦人が着るようなイメージの少し豪華な服装で、大人しめの赤色をしたスカートが印象的だ。
髪にはいつもの赤い花の髪飾りを付けている。
いつもの質素な服装も素敵だが、こういうのもなかなか良い。
何より良く似合っていて、素直に可愛いと思った。
「胡桃。鍛冶屋で武器受け取ったらもの凄い不自然だぞ、その格好」
が、口をついて出てきたのはこんな皮肉。
何か気の利いた事でも言えないのかと自分でも思うが、前にも言った通り俺にそんなスキルは備わっていないのだ。
「うるさいなぁ、あれよ、あれ、ギャップ萌えってやつよ」
「なんだそりゃ……」
「……そう言うことしか言わないんだから」
「えっ、なんて言った?」
「何も言ってないです!」
胡桃は明らかに不機嫌そうにしながら、家を出ていってしまう。
俺は子供を頭から降ろし、慌てて追いかけた。
人が動き出したこの街は活気に溢れている。
広場へと続く中央街道は多くの人が行き交い、所狭しと露店が並んでいて、呼び込みの声や値切り交渉をしている買い物客の怒声等でとても賑わっていた。
王宮に近い街という事もあり交易は盛んなのだそうだ。
他にもあまり売られていない珍しい果物や、特産である銀細工の装飾品等、王宮御用達の店もあるようで、それもこの街が大きくなった理由なのだろう。
露店が並ぶ中を通り、人を避けながら広場へと進む。
その途中、香ばしい香りのする串焼き肉の屋台や果物屋、銀細工の装飾品を売っていた露店等、少し見て回りながら歩いた。
胡桃は機嫌も治った様で、銀細工の店で熱心に髪飾りを見ていた。
「そういえば、いつもその髪飾りしてるな」
「うん、子供の頃から付けてた物なんだけど、今はこれしかないから」
「似合ってるよなそれ、なんて花なんだ?」
「あ……、ありがと……、アマリリスっていう花の形なの」
無意識というのはなかなか凄いものだ。
不意に出た言葉は意識していたら間違いなく口から出る事は無いだろう。
「ほー、花なんかあんまり知らないから、聞いても分からないな……」
「花言葉がね、おしゃべりと内気なんだって、面白いよね」
「内気なのにおしゃべり……、確かに可笑しい」
「確か他にも花言葉があったけど、忘れちゃった」
胡桃が見ていた髪飾りを見ると、手が出ないという程ではなかった。
「まあ、金は少し余裕有りそうだし、買っていこうか」
「ううん、また今度ね」
くるっと身を翻してそう言うと、綺麗な黒髪が中空に流れる様に舞う。
前を歩いて行ってしまう胡桃の後を追い、そのまま特に買い物もせず目的の場所へと向かった。
鍛冶屋は中央街道を抜けて、広場入り口から左側に伸びる路地に入り少し歩いた所にある。
ちなみにナティの酒場とは反対方向だ。
看板を見つけ店に近づくと、外観は石造りで、古い木の扉が備えられており、窓には植物の蔦のようなものが絡み付いている、年期を感じさせる店だった。
中に入ってみると、店内は暗めで、腰くらいまでの高さの木の机の様な棚が店の中央に数個と壁側に敷き詰められるように置いてあり色々な武器や調理道具等が並べられている。
少し進むと小さなカウンターがあり、その奥の工房が見えるようになっている。
武器を見る機会なんて無かったので、胡桃と二人で並べられた商品を物珍しそうに見ていると、奥から店主と思われる顎に髭を蓄えた体の大きな中年男が出てくる。
「いらっしゃい……おお、胡桃ちゃんと達也じゃねぇか、良く来たな!」
「ああ、やっと金が少し貯まってさ、買いに来たよ」
「オーグさん、こんにちは。今日は私達がお客さんだよっ」
この声の低い大男の名前はオーグ。
ナティの酒場が営業している日はほぼ毎日飲みに来る、酒場の常連客だ。
「がっはっは、今日はこっちが慎ましく接客しなきゃいけねぇな!」
そういうと男はその髭だらけの顔と大きな体に似合わない丁寧な仕草をする。
「いらっしゃいませ、今日は何をお探しですか?」
「ぐっ、やめてくれ、吹き出しそうだ……」
「ふふふっ、似合わないー、あはは」
酒場に毎日来て絡んでくるので歳の垣根も越えてすっかり仲良くなったこの大男オーグが鍛冶屋をやっていると聞き、そのうち来店するとよく話していたものだ。
「さて……、ちょっと待ってな。今とっておきのを持ってきてやる」
「とっておきって、そんなに高いの持ってこられても困るぞ」
「いいから、すぐに持ってくるからそこで待ってろって」
オーグは言いながら店の奥、工房に行くと言葉通りすぐに戻ってきた。
手に持っていた一振りづつの片手直剣と刀をカウンターに丁寧に置く。
「こいつぁな、お前らの話を聞いた後、俺が打っといたもんだ。さすがにタダって訳にもいかねぇが、ま、安くしといてやるから」
どちらも良い出来だろう事が、見ただけでも分かった。
片手直剣は、鞘こそどこにでもある普通のものだが、手に取り抜いてみると、鉄かと思われたその刀身はうっすらと青く、何かの合金なのだろう事が伺える。重さも丁度良く長さも俺の体に合わせてある様でしっくりくる。
刀はさらにすごく、黒塗りの鞘から抜き放たれたその刀身も黒く、鋭く輝いている。
「わあ、綺麗……」
「おう、特に刀はな、剣と比べて刀身が薄いんだ、下手に扱うとすぐに破損しちまったりする。それを補う為に強度から何から全部鉄より一段上の黒鉄で打った逸品だ。護身用で刀なんて持つ奴なんてのはなかなかいねぇが、胡桃ちゃんが使うとくりゃ、力も入ったぜ。もちろん達也の片手直剣の出来も、王宮どころか王室に納品したっていいくらいの品だぜ」
「おいおい、それはさすがに金が足りないだろ……」
「まあ、普通なら一振り金貨15枚は取れるだろうな」
「じゅ……、無いぞそんな金!」
「まあまあ落ち着けって、いくら持ってんだお前ら」
「えーと、金貨5枚と銀貨が53枚だから……」
足りないのは明らかだった。
「金貨8.5枚分ってとこか……結構持ってんな、よし、じゃあ金貨6枚分でどうだ?」
提示された金額は破格の安さだ、正気かこのおっさんは。
価値としては大体一月生活するのに1人金貨1枚程度だから、15枚ってことは単純計算でも一振りで1年以上は暮らせる額だ。
元々使う予定だった金額から比べれば高くはつくが、こんな逸品でその金額は破格と言うしかない。
「いいのか……?」
「酒場でサービスもしてもらってるしな! 家は王宮にも納めている店だ、痛くも痒くもねぇよ」
「まあ、それなら、今回は甘えておくよ」
「ありがとう、オーグさん」
「おうよ!」
金を渡し受け取った剣を腰に下げる。
案の定、胡桃の服装には刀がとても不自然だったがそれでも胡桃は刀を腰に下げると満足そうな表情をしていた。
その後少しオーグと話をし、鍛冶屋を出る事にする。
「あー、補修する時は家に持ってこいよ!」
「ああ、必ず持ってくるよ」
オーグの計らいで良い買い物が出来た、この礼は今度何かの形で返さなければ。