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安堵

 あれから俺達は、とある街に逃げ込む事になった。

 あの忌まわしい場所からどのくらい走っただろう。

 追っ手はいなかったと思う。

 それでも、あの場所から一刻も早く離れたくて、胡桃と二人で走り続けた。

 その間に考えたのは、あの男達の格好からも思った事だが、やはりここは俺の知らない世界だと言うことだ。

 見慣れた建物どころか見慣れた景色など一切無く、あるのは森や草原、見渡せば山々が見えるだけ。

 森の中を走った時には、何か得体の知れない気配を感じた様な気さえする。

 それでも逃げる他無かった俺達に出来ることは、休みつつも走ることだけだった。


 街道らしきものを見つけ辿っていくと、見たことも無い大きな街があった。


 まるで中世ヨーロッパの町並とでも言うか、石やレンガ造りの家屋が所狭しと立ち並んでいる。

 町の中央には石畳の街道が伸び、少し進むと広場があり噴水が勢い良く水を放出している。


 俺達がこの街に着いたのは明け方だろう、顔を上に向けると青く染まり出した空が視界に入った。


 街はまだ動き出す前なのだろう、人の居ない静かな街道を歩き、身を隠せる場所を探した。

 人が活動を始めれば、この血まみれの姿を見られてしまうからだ。


 この血が飛び散った服、登校時そのままの学生服を見るたび、あの異様な光景が頭を過る。


「寒い……」


 胡桃が震えながら呟いた。

 確かに寒い、夜から明け方を外で過ごすなんて仮に夏だとしても寒さを感じるだろう。

 しかも体は、走り通しで憔悴しきった状態だ。

 どこかに空き家でも無いか探しに行こうか、そんな事を考えていた時だ。


「兄ちゃん達、こんな所でどうしたの」


 気が付けば目の前には子供がいた。

 顔はよく見えないが、声からは男の子だろう事が伺える。


「血まみれじゃないか……。どうしたのさ?」

「うっ、いあ……」


 とにかく説明しようと思ったのだが、疲れからかうまく言葉が出ない。


「私達、遠くから逃げてきたの」


 胡桃が俺を後ろに匿うように前に出てそう言った。

 俺は自分が情けなくなり、多少気落ちするが、それと同時に、胡桃の優しさも伝わってきた様な気がした。


「そっちの兄ちゃんは、怪我してるのかい?」


 その問いに、胡桃は首を横に振る。


「この血は……」

「まあ、いいよ、それは後で。とにかく怪我してないなら歩けるよね? 着いて来な」


 信用出来るかどうかは分からなかったが、他にどうする事も出来ず、俺達は疲れた体を引きずる様にしてついていった。


 


――――




「命拾いしたねぇ、あんた達」


 そうおどけて見せたこの女性の名は、ナティーシア。

白いシャツに長いスカート、金色の髪を後ろで纏め顔立ちは綺麗と言って良いだろうが、歳は40過ぎてからもう数えていないと言っていた。

 どうみても30そこそこくらいにしか見えないが、さして人生経験の無い俺が判断するのも可笑しな話だ。


 ここは街の郊外にナティーシアが開いている孤児院で、木造の平屋、リビングとキッチンは広くとられているもののそれ以外に4部屋と、孤児院としてはそこまで大きいとは言えない家に6人の子供達と暮らしているそうだ。


 あれから1日以上が経っていた。

 男の子に案内されてここに辿り着いてすぐに着替えと食事、ベッドまで用意してくれまさに至れり尽くせりだったのだが、ベッドに入るとすぐに眠ってしまい長い時間眠っていた様だ。


 リビングには10人掛け程の大きなテーブルが置かれていて、壁等そこかしこに、子供達が書いたのであろう落書きが描かれていた。

 今はそこに全員集まり昼食を採っている所だ。

 テーブルの上には暖かいスープと、パンが人数分並んでいる。


 ナティーシアはこのハーセルの街で孤児や路頭に迷った人間に衣食住を提供し、対価としてナティーシアがまた別に経営している酒場で働いて貰ったりと労働力を提供して貰っているのだとか。


 それだけで成り立っているのか疑問を感じる所なのだが、それについては詳しい事は話していなかった。

 ちなみに俺達を見つけてくれた男の子も、ここで世話をしている子らしい。

 

 俺達が逃げてきた事は着いてすぐに説明したが俺がこの世界の住人では無いであろうことは伏せ、とりあえず捕まる前の記憶が無いと言う事にしておいた。

 どこから来たと言われても返答のしようが無いからだ。

 こんなことを言った所で信じてもらえるかどうかも怪しい話なのだから。


 ナティーシアはそんな俺達に色々教えてくれた。

 俺達を捕まえていたあの男達は奴隷商人と絡んでいたらしい。

 そういう奴等は東側にある街を拠点にしていて、恐らくその近くから逃げてきたのだろう、とも。


「逃げる方向が少し違ったら……、ま、間違いなく死んでいたよ。ラッキーだったと言う他ないねぇ」


 話を聞いて、背筋が氷るような寒気が走った。

 西側に逃げていたからこそこのハーセルに辿り着くことが出来たのだが、東側に逃げていたら、奴隷商人や傭兵崩れなどが拠点にしている街に出てどうなっていたか分からない。


 それよりも驚いたのは北側と南側だ。


 北側には長く続く山脈があり、その麓から広がる森には野犬や狼が出るらしい。

 いや、それだけなら驚くことは無かった……森の奥には化け物が出没するというのだ。


 ライカンスロープと呼ばれる人狼や、人間と同じくらいの大きさをしたトカゲの体に、蛇の様な長い首と虫の様な羽を持ったガルグイユと呼ばれる化け物。

 他にも多種多様な怪物の棲み家になっていると言う。


 南側には平原が広がっているのだが、最近まで頻繁に隣国との戦争があったらしく、今はどうなっているか分からない様だ。

 夜は戦場跡の死体に群がるグールと呼ばれる死体を食らう化け物や、死人(しびと)が出没するらしい。



 本当に驚いた。まるで映画や小説、アニメやゲームの様な世界だ。

 特にゾッとしたのは、逃げてくる際に軽く入った森が北の山脈から広がる森だった事だ。

 一歩間違えば何と遭遇していた事か……。


 とにかく、ナティーシアに礼を言わなければ。


「ありがとう、ナティーシアさん。こんなに良くして貰えるなんて……」

「やめなよ、そんな丁寧な言葉遣いされるとむず痒くなる。ナティでいいよ、この子達もそう呼んでる。ま、さっきも言ったけど、タダって訳じゃ無いんだ、あまり気にしない事だね」


 後半の話があまりに凄すぎて忘れていた、俺達も労働力として駆り出されるのだ。


「頑張ります……」



「わぁ、美味しい!」


 胡桃が感嘆の声をあげる。


「でしょ!? ナティのごはんはすごくおいしいんだよー!」

「ウィルなんていつもいっぱいたべるんだよ!」

「うるさいな、育ち盛りってやつだよ」


 どうやら子供達と他愛ない話をしている様だ。

 鬱陶しそうに話すウィルと呼ばれた男の子は10歳くらいで、茶色の短髪、利発そうな顔立ちをしていて雰囲気は歳の頃より落ち着いて見える。

 俺達を連れてきてくれた子だ。

 俺達を見つけた時は、ナティーシアから何か頼まれてあそこに居たらしい。

 後は3~6歳くらいの小さい子が5人、騒がしく食事をしている。


 俺にとっては、今までの食事からすれば質素なものだったが、あんな事があった後に暖かい食事にありつけた事は、本当に幸運で、感極まりそうになる。


「大きくなった子は殆ど他へ出しちまってね、あんた達くらいの子が居てくれたらこっちも助かるよ」

「俺に何が出来るか……」

「焦るな焦るな。とりあえず、もう何日か体を休めてから、の話だね。案外胡桃のがいい働き手になりそうだがね。それじゃあ、あたしは酒場の方に行ってくるよ」


 ナティーシアは立ち上がり、出口付近の上着を手に取りこちらに向き直る。


「ま、何かしたいなら、子供達の面倒でもみてやっておくれ。それじゃあね」


「ナティ、いってらっしゃい!」

「いってらっしゃい」


 子供達に見送られながら、ナティーシアは孤児院を後にした。


「じゃあ私、後片付けするね」


 胡桃と子供達はガヤガヤと食べ終えた食器を片付け始めている。

 子供達はいつもやっているんだろう、手つきも危なげ無いように見える。俺も片付けを手伝うことにした。


 胡桃は慣れた手つきで洗い物を終わらせ、しばらく子供達と遊んだ後、昼寝の時間ということで、みんなで一緒に部屋に行ってしまった。


 俺は少しでもこの世界の事を知っておこうと思い、奥にあった本棚から適当な本を手に取り、読むことにして椅子に腰かけていた。



 しばらくすると、男の子、ウィルが着替えをしていたらしく、外行きの服に身を包み、部屋から出てきた。

  ウィルの腰には鞘に納められた短剣が下げられていた事に少し驚いたが、まあ化け物が居るこの世界では普通なのだろう。


「じゃあ、僕も行ってくるね」

「ウィルも働いてるのか?」

「うん、手紙の配達とか雑用みたいな事をしてるんだ。出来ることは少ないけど、お金にもなるし」

「その年で、偉いな……」

「えへへ、じゃあねー」

 

 走って出ていくウィルを見送ると、胡桃も子供達を寝かしつけ終わったらしい、音をあまり立てないようにしながら静かに戻ってきた。

 胡桃も制服から着替えているのだが、改めて見ると服こそ地味な色合いのワンピースなのだけど、長い黒髪とも良く似合っている。

 その髪には、あの印象に残る赤い花の髪飾りをしていた。


 そう言えば、色々あって胡桃とは殆ど話をしていない。

 この機会に山の様にある聞きたい事を、聞いてみるのもいいかもしれない。

 特にあの言葉……。



 あなたを殺したのは私――――



 あれはどういう事なのか。

 俺が元の世界で死んだ事に、胡桃が関わっているのだろうか。

 何故死んだのか覚えていなかった俺は、それが気になっていた。


 考えていても仕方がない、とにかく何か言わなければ。


「達也くん、裏手がベランダになってるみたいなんだけど、一緒に出てみない?」


 先手を取られた。

 いや、先手も何も無いんだが。

 俺が何か言おうとしたのを、察したのだろうか。


「ああ、うん」


 二人でキッチン側にある扉から出ると胡桃の言った通りベランダになっていて、そこから見える景色はなかなかのものだった。

 ベランダから先は庭になっていて、子供達が遊んでいるだろう遊具等が置いてある。

 その先に草原が広がり遠くに見える山の頂上は白みがかっていた。

 山の麓には森も見える、どうやらこっちは北側の様だ。


 二人でベランダの縁に腰かけると、胡桃から話を切り出す。


「そう言えば、お礼がまだだったなって思って」

「えっ?」

「その……、達也くんが助けてくれなかったらあの後どうなってたか……、ありがとう」


 この時初めて見た胡桃の笑顔は、まだ幼さを残していて愛らしく、同時にとても綺麗な花を見ているようだった。


「あーー、ああ、あの時はもう俺も何がなんだか。今でもまだ実感っていうか、そういうの無くて」


 その整った綺麗な顔から零れ落ちた笑顔で、面と向かって言われるとなんだか照れ臭くなり、頭をぽりぽりと掻きむしる。


 だが実感が無いのは本当だった。

 あの時に起こった事はあまりに現実離れし過ぎていて、あれは夢だと言われたら信じてしまいそうだ。


 あの感覚。

 時間が遅くなったあの感覚はなんだったのだろうか。

 そして無我夢中だったとは言え2人の男を殺したのだ。

 手応えが無かった事が唯一の救いだったが、あの光景を忘れることは出来ないだろう、仮にあれが夢だとしてもだ。

 血にまみれた自分の手も……。


「胡桃ちゃん、聞きたいことがあるんだけど……」

「胡桃でいいよ」


「じゃあ、俺の事も達也で。一緒に逃げてた時に、胡桃が言った、俺を殺したのはお前って言うのは……、あれはどういう事なんだ?」


 会話が途切れる。

 胡桃の笑顔が無くなり多少寂しさを覚えたが、これだけは聞いておかなければならない。

 胡桃は何かを言おうとしているのだろう、それがとても言い辛い事だと言うことがその表情から読み取れた。

 


「私ね、前から……元の世界で、達也く……達也の事知ってて、その……、好き……だったの」


 衝撃的かつ、完全に想定外だった。

 前から知っていた事もそうだが、俺の事を殺したって言うからには、恨みとかそういう感情があるならまだしも、好きってなんだ、美味しいの?

 混乱し過ぎて頭がどうかなりそうだ。

いきなり冗談を絡めてくる様な子じゃないくらいは、今までのやりとりでなんとなく分かるが、一応顔を覗きこんでみる。

 その目は真剣そのものだ。

 その後、目を見つめてしまった事に気が付き俺は慌てて顔を背けて俯いた。

 俺、多分赤面している。


「そ、そそそそ、それがなんで殺したとカッ!?」


 声が裏返った。

 正直こんなことを女の子に言われたのは初めてだ、何をどうしていいやら。

 もはや話を聞くどころじゃない、頭の中はなんて返事をすればいいかとかそんな事ばかり考えていた。

 が、次の言葉でそんな考えはあっさりと断ち切られた。



「あの時も助けてくれたよね?」



 んっ? 助けたって何だ。

 そう思うと急に頭が痛くなり、視界がぼやけていく。

 まるで頭の中で映画が上映されたかのように、映像が流れ込んでくる。



 思い出した。



 俺があの、死にたくない、と思ったまさにその時、

 隣には胡桃が居たんだ。


 駅のホームで電車を待っていた時も。



 少し距離を開けて隣に制服姿の女の子が同じ電車を待っていた。

 電車が到着するその時少女は何かに押され電車の前に飛び出してしまっていた。

 俺は咄嗟に助けようとしたが、そのままバランスを崩して二人共……。



「うわあっ!」

「達也、大丈夫?」


 あの時の事を思い出した衝撃で大声をあげてしまった。

だが思い出した。


「思い出した……、俺達、一緒に死んだのか……。」

「覚えて……無かったんだね。」

「ああ、死んだ時の記憶だけ全く残ってなかったんだ。」


「あの時、私が落ちなければ達也も死ぬことは無かった。だから、達也を殺したのは私。本当にごめんなさい。」


 胡桃は深々と頭を下げて、謝ってきた。


「……それだけ?」

「うん」

「なんだ、そんな事か……」


 正直もっと衝撃的な話になるのかと思っていたが、聞いてみればこんなものか。

 忘れていた俺もアレだが……。


「そんな事って……」


 安堵からか、俺は笑いが混み上がってくる。


「ぷっ……、くくく、はーははははっ」

「なんで笑うの!」


 しばらく笑っていると胡桃が怒り出す。

 怒った胡桃も見るのはこれが初めてだ、今にも噛みついてきそうな勢いだったので、とにかく会話を続けよう。


「ふぅ、いや、ごめん、もっと凄い事を言われるんじゃないかと思っててさ、あれ事故だし、そんな事なら謝る必要すら無いじゃないか」

「でも……」

「いいよ、その事はもう忘れよう。それよりもなんか凄い世界に来ちゃったみたいだけど……」

「そうだね……」


 その後も、しばらく胡桃と話し込み、ようやく俺達は打ち解けた。


 どうしてこの世界に二人で来たのかなんて、さっぱり分からないが、来てしまった以上、ここで暮らしていくしかないだろう。

生活はナティーシアのおかげでなんとかなりそうだ。


 とにかく色々話し合った、ナティーシア達にお世話になった恩返しを、とか、街の安全は大丈夫なのか、とか。

ただ何をするにも、二人で協力していこうと、そう決めた。



「あっ」

「どうしたの?」

「そういえば胡桃、前から俺の事好きって……」


「それは秘密」



お読み頂きありがとうございます。


ご感想やご意見、アドバイス等ございましたら、

お寄せ頂けたら幸いです。



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