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ちさ×ちさ    作者: といろ
3/3

雨宮千咲という女

今日一日の授業の内容がまったく入ってこなかった。

いやまあ、いつも入ってこないんだけど。

朝の出来事を思い出す。悠太と話していたら偶然にも鈴村に話す事が出来た。しかも千郷君って…。

放課後、陸上の部活が終わった後一人で帰りながらそんなことを思い出していた。

顔がかなりニヤけていたのだろう、周りからの視線を痛いほど浴びていた。気づいていないが。

ボロアパートに着き2階の自室に行こうと階段を上がろうとした――突然


「ねえ、ちょっと」

「………」


後ろから声がした。しかしそれにもまったく気づかずにスタスタと歩き続ける千郷の襟元を掴み下に引っ張る。


「ゴッフォ!!」


いきなり襟元を後ろにさらに下に引っ張られ一瞬息ができなくなり変な声が出てしまう。


「無視すんなあ!」

「…!?」 


息を整えて後ろの振り向くと女の子が立っていた。小さい、身長150くらいか?かなり整った顔立ちをしていて髪は腰ほどまである綺麗な茶髪をしていた。


「って、雨宮!?」

「あら、名前知ってたんだ。どうでもいいけど」


さっき無視したこと―――悪気はない―――を怒っているのだろうか、朝アパートや学校の廊下で見た時のような穏やかな表情ではなく率直に言えば怖い。なんか下から睨まれてるし。


「君、名前は?」

「は?……千郷だけど」

「苗字は?」

「……小花」

「こはなって……すごく似合ってないわね。」

「ほっとけ!」

さらってヒドイ事いいやがる。こいつ本当に雨宮なのか?双子の妹とかじゃないのか?


「お前、雨宮千咲で会ってるよな?2年の」

「……?そうだけど?」

「……」

「なんで残念そうな顔をしてるの?」


本人だった。いやでも、朝見た時と悠太に聞いた印象と違いすぎるだろ…一応話すのはこれで初めてのはずなのに襟元掴みかかってくるようなやつだぞ。よくこんなので生徒会なんて入れたな。


「初対面なのに随分な言いようじゃない。失礼だとは思わないの?」

声に出てた。


「いや、お前がそれを言うか…つうか何か用?」

「ああ、そうだったわ。ええと……」


ここで雨宮が初めて下を向く。何か言いにくい事があるんだろうか。にしても髪の毛サラッサラだなあ。


「こ、ここじゃなんだから上いきましょう」

「……?」


上、とは2階のことだろう。よくわからないまま階段を上がると「こっち」と千郷のとなりの部屋、朝出てきたのと、今部屋の鍵を入れようとしているのを見るとここが雨宮の住んでる部屋で間違いないのだろう。

ガチャリと錆びているのだろうか歯切れの悪い音がして鍵が開く。

ドアノブを右に回し扉を開ける。


「入って」


女の子の部屋に入った経験のない千郷は少しどぎまぎしながら靴を脱ぎ中に入る。

入ってすぐ右にトイレ。左には狭いキッチンに冷蔵庫。薄い襖をはさんで奥に6畳の部屋。

家具などは違うがそれ以外は自分の部屋と何一つ変わらない部屋だった。

部屋の真ん中に四角のテーブルが置かれている。右の角にはテレビが置かれている。他には日常生活で使いそうな物しか置いてなく、なんというか女の子らしいって部屋ではなかった。


「なによ」

「いや、別に…」

「とりあえず座りなさいよ」

「あぁ」


持っていたリュックと陸上の着替えが入ったスポーツバッグを置きテーブルに近づいて座る。


「………」

「………」


気まずい……。なんだこの状況。とりあえず言われるがままについてきたが、雨宮も千郷の対面に正座して下を向き何も話さない。

とりあえず何か話題をと話しかける。


「あー、えっと、雨宮が隣りに住んでたなんてびっくりだよ。しかも同じ学校だったなんて偶然ってあるもんだな」

「…そうだね」

「……」


無理だ。俺には無理だ。大体生まれてこの方女の子とまともに話したことなんてほとんどないっていうのにいきなり雨宮が相手だなんて絶対無理だ。


「えっと、あ、今日天気いいよ―――」

バン!と机を両手で叩いた音により千郷の言葉は遮られた。

叩いた本人である雨宮は顔を上げ意を決したように


「あ、あのさ」

「……?

「今日、の事は黙ってていて」

「………は?」


いきなり何言ってんだコイツ…。


「だ、だから!今日の事!ていうか私がここに住んでることとか全部!誰にも言わないでって言ってるの!!」


両手を机に置いたまま顔をぐいっと千郷に近づけてくる。自分の視界がほとんど雨宮で埋まり顔を赤くしながら目をそらす。


「あ、ごめん…」

「いや、別にいいけど…とりあえずお前の事誰にも話さなきゃいいってことか?」

「うん」

「まぁ、よくわかんねーけど分かったよ。誰にも言わない。」

「……本当?」

「あぁ、嘘ついてどうすんだよ」


笑顔を作り答える。


「あ、ありがと…」


こう素直に言われるとなんだかこっちが照れてくる。


「い、いやそんな礼言われることじゃないだろ。でもなんで言わないでほしいんだ?」

「ん?」

「もちろん理由聞いて気に食わないからって言ったりしないよ。けどなんとなく気になって」

「そう……」


一言呟いて立ち上がる雨宮。そして


「事件は、そう、去年の夏休みに起こったわ」


いきなり語りだしやがった…。

長くなりそうだな…。特売が…。聞くんじゃなかった…あのままおとなしく帰ればよかった…。

少し、いやかなり後悔している間にも話は続いていた。


「1年生では頼れるお姉さんのような存在、生徒会では低学年で初の当選。私の学校生活は完璧だった…。」

「お姉さんって体型かよ…ぐぉ!」

座っている千郷に容赦のない蹴りが加わる。黙って聞けとのことらしい。

うずくまる千郷の事を気にもせずに話を続ける。

「学業も頑張って、バイトだって頑張って忙しかったけど朝もちゃんと髪の毛とかしたり身の回りに気を使って…他にも誰もいないのを確認したコンビニで何時間も立ち読みして今の流行に乗っかって、使いもしないのに流行りの物を無駄に買ったりして、とにかく必死だった…」


後半なんかおかしくないか…


「そんなある日…」



「明日から夏休みに入るがー宿題もたくさん出てるし気を抜きすぎるなよー」

去年。1年生。高校で初めての長期の休みが明日から始まろうとしていた。

雨宮はふぅっと息を吐き考える。

(やっっっと解放される)

学校での生活が楽しくないわけではない。むしろ友達には恵まれている方だと思う。

ただ、『本当』の自分を隠したまま人と接するというのは正直疲れる。

よしっ、とネガティブな考えを捨て立ち上がる。

(明日からはバイトいっぱい入っていっぱい稼がなくちゃ。それに朝早くなくなったから夜更かしできるしちょっと楽しみかも)

なんて考えていると廊下から「ちーさーきーちゃん」と声がした。

振り返るとよく話す女の子が3人で雨宮の事を呼んでいた。

バックを持ち廊下へと歩く。


「どうしたの?」

「あのさ、ちさって休日用事があるって言って遊べないじゃない?だからさ夏休み先に予定を入れちゃおうと思って!」

「あ、そうなんだ」


実はずっとバイトしています。なんて言えるはずもなく、そもそもうちの学校はバイト禁止で絶対に見つからないだろうと隣り町まで行きバイトをしている。


「えと、どこに行くつもりなの?」

「んーっと、さっきちょっと話したんだけど海がいいな~って話になって」

「海、かぁ~」

「あれ、もしかしてちさ、泳げなかったりする…?」

「え?、そんなことないよ大丈夫」

「そっか!よかったぁ」


なんとか笑って返事を返すことができた…が、あまり良い状況ではない。もちろん誘ってくれるのは嬉しいし、泳げないってこともない。むしろ学校の水泳の時間は結構好きだ。

だが、問題は…


「えーじゃあどうするー?皆新しい水着とか買っていっちゃうー?」

「当たり前でしょー毎年の楽しみなんだら」


だよねーっと周りの話が進んでいく。

そう。問題とはつまり水着。


(以外と高いんだよなぁ水着…まさか学校の水着持っていくわけにもいかないし…それに日焼け止めとかご飯とかおしゃれな物食べたりするんだろうな…)


「じゃあ、ちさ!二十日!どう?予定ある?」

「あ、いや大丈夫…」

「やったー!初めてちさと遊べるよー楽しみ!」

「きっと超可愛い水着もってくるんだろうなー」


きゃっきゃと女子トークが始まる。しかもその話題が私であってさらに水着が可愛い私服が可愛いだろうと勝手に期待だけ増えていく。

普段はセールのワンピにとかヒドイ時はジャージで過ごしてるんだけど…。

なんて会話をしてると特売の時間が迫ってきていた。


「あ、ごめん私そろそろ帰らなきゃ」

「あ、わかった!ごめんね引き止めちゃって」

「ううん、誘ってくれてありがと。ばいばい」


おしとやかに可愛くキャラを作り周りに愛される。そうすれば疲れるけど嫌われたりはしない。




喋るのに疲れたのだろう雨宮はお茶を取り出し飲んでいる

「へぇーそんなことがあったんだ」

相槌を入れる。

「そうよ。それからは雑誌読みまくっておしゃれな水着見つけて、他にも色々買ったりするのにお金がいるから必死にバイトして…」

「さっきも言ってたけどうちの学校バイト禁止じゃなかったっけ?」

「そうよ?だから何?」

「いや…ばれたりしたら停学とかなっちまうぞ、いいのかよ」

「だからばれないように隣り町にまでわざわざ行ってバイトしてんのよ」

「隣り町ってかなり距離あるだろバスとかで行ってんのか?」

「自転車だけど」

「自転車!?……疲れるだろていうかバスあるんだからそれで行けばいいじゃん」

「はぁ!?バスって行きで五百円もかかるのよ!?往復で1000円!なんでお金稼ぎに行くのにお金使わなきゃいけないのよ!」


急にキレ気味な雨宮に少し圧倒される。


「じゃ、じゃあ近場でやったらいいじゃ「近場だったら学校の先生に見つかるかも知れないでしょ!少しは考えて喋ってくれる?」

「ごめん…」


落ち込む千郷を見てはぁっとため息を吐き「しかも」と話を続ける。まだあったのかよ…。


「しかも、皆で海に行って遊んでご飯食べて買い物して、色々と話してたらなんか私の家に遊び来たいって話になって」

「唐突すぎるだろ…」

「そうだけど…私学校じゃ周りに合わせてさ絶対に嫌われるような事はしないようにしてるんだ。だから、なんていうかうまく否定できなくて…」

「馬鹿すぎるだろ…」

「はぁ…?」


やばい言葉に出てた。すごい目つきで睨まれてる。


「別にさ貧乏ってバレて何かされるわけでもないんだろうけどさ、ここまで貧乏だとちょっと言いにくいっていうか…」

「え、つうかお前貧乏だったの?」

「あんた…こんなアパートに住んでるって時点でなんで分からないの?」


あまりの馬鹿さ加減に「はぁ」っとため息をつかれる。何回目だろう…。


「それに、それからも結構うまくやり過ごして普通に仲良くやってきたんだけど」

「だけど?」

「千郷…だっけ?あんたにあったのよ」

「俺?」

「そうよ!なんであんたうちの学校にいるわけ!?」

「なんでって…」


どうやら向うも俺の事は眼中になかったようで…。


「それを言うなら俺だって今日初めてお前がうちの学校って気づいたし」

「はぁ!?なんで!?」

「なんでって知らないものは知らないって」

「うっそ…ありえない…どんだけ他人に興味ないのよあんた…」


わりと自分が学校内では有名だと分かっているらしく、千郷の鈍感さに呆れている様子である。


「お前なぁ…それが人に物を頼む態度かよ…」

「え?あ、ごめん…」


急にしゅんとして下を向く。こいつのテンションの移り変わりが激しすぎてついていけない。


「別に怒ってるわけじゃないけど、まあ事情はなんとなく分かったよ。お前の事は誰にも言わないようにするよ」

「うん。ありがと」


長居してしまった。5時にはアパートに着いていたはずなのにもう6時を過ぎている。

重い荷物を持ち玄関に向かい靴を履く。

ドアノブを右に回し開けるとギィっと嫌な音がなる。

振り返ると見送りに来ていた雨宮が申し訳なさそうに言った。

「今日はごめん。なんか半分愚痴みたいになっちゃって」

「いいって、気にすんなよ。」

「うん、じゃあ気を付けて」

「家、となりだけどな。お前も一人だろ?気をつけてな」


さっきとは違い和やかな雰囲気での会話をして扉を閉めようとすると「あ」と雨宮が声をだす。


「あのさ、さっきからお前お前って、私そういう呼ばれ方一番嫌いなんだけど」

「あぁ、悪かった。じゃあ雨宮で」

「千咲でいいよ」

「は?」

「だから千咲だってば、私の名前!」

「いや、それは知ってるけど」

「呼び方、それでいいから私も千郷って呼ぶし」

「え、なんで…」


ちょっと期待してしまった。もしかして俺に少しでも好意を抱いてるんじゃ…?なんて。

まぁ、そんな事あるはずもなく。


「だ、だって小花って…に、似合わなさすぎるでしょ……」


体が小刻みに揺れる。声に出さず我慢して笑ってやがる。この女…


「だから、ほら」

「は?」

「千咲って呼んでみて」

「……」


口を開こうとして閉じて「ち…ち、ちさ…」と恥ずかしくてうまく言葉が出ない。顔が赤くなっていく。

そんな千郷を見てニヤっと笑い「ほらほらー早くー」と急かしてくる。

一旦に息を吐き落ち着き。


「ち…ちさき…」


い、言えた!と、内心ガッツポーズをし雨宮の方を見る。


「うん、よくできましたっ!」


いたずらっぽい笑顔でそう言った。


「あ、じゃ、じゃあな!」


急いでドアを閉めて隣りの自室の鍵を開け部屋に入る。

心臓がバクバクと音をたてている。

顔を見ていられなかった。

さっきまで文句ばっか仏頂面で言われていたから忘れていたけど、あいつ…雨宮って可愛いかったんだ。

朝日に照らされキラキラと輝いていた朝を思い出す。

名前を言うとニヘっと笑った雨宮を思い出す。

あんな顔もできるんだなって思った。

人に合わせてばっかって言っていたけど、あの笑顔は心からの物だと思いたい。


ジリリリっと耳に響く音が鳴る。

(もう、朝になったのか…)

まだ眠い目をこすり布団から起き上がる。昨日は雨宮の顔が頭から離れずよく眠れなかった。

だらだらと準備をしていると時間は随分と経っていた。

「やっべ」

今日もまた急いでご飯を食べ支度をし、ガチャっと勢いよく外に出ると雨宮が階段を降りようとしたときだった。

昨日の事がフラッシュバックしうまく顔を見れなかったが「おはよう」と声を掛けた。


「おはよ」

と言って階段を降りる。


追いかけて隣りに行き「一緒に行ってもいいか?」と声を掛ける


「まぁ、一緒の学校だしね。あ、でも私、男と絡まないようにしてるから学校ではあんまり話しかけないでね」

「あぁ、わかってるって。大体うち何人生徒いると思ってんだよまずみつけらんねーよ」

「あはは、そうだね」


どうでもいいような会話をして学校の近くで千郷だけ少し遠回りをして学校に行く。


ガラっとクラスの扉を開ける。

窓際一番後ろの席へと座る。席順は最初に男女の仲をよくするために前後交互に男女を入れている。

荷物を置きうーんと背伸びをし、前を向く、と

こちらを見ている女子がいた。

綺麗な茶髪に整った顔立ちとてつもない美人だなーっていうか

(千咲…)


雨宮千咲がいた。千郷の列の一番前で顔は少しひきつりながらこちらを見ていた。


「……」

「……」


その顔は(なんでいるのよおお!?)と言葉よりも雄弁に語っていた。













字数多くなった…がんばったよパトラッシュ

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