残機×2
銅―クラス
そう書かれた教室の前まできた。
まだ夢の内容は覚えている。アスタリフとか言う貴族様とその他二人が豚人に襲われる夢だ。
それに僕も…。
「………」
その場で頭を数回振り、あれは悪い夢だったんだと思い直す。
そうだ、まだあったこともない人を夢で見るなんて何かの間違いだ。
がらららっ
そんな音をたてて扉を開いた。
「…!」
同じように一瞬だけ此方に目を向けるみんな。
その中にアスタリフさんと貴族様二人を見つけた。
ふぅ…と安堵からくるため息をついて、近くの席に座る。
「…やっぱり、ただの夢だったんだ」
改めてそう思い直した。
**********
「はーい、みなさん席について」
しばらく席についていたら、先生がやってきたようだ。
その人は妙齢の女性で、名前が…。
「エレナです。これからあなた達の担任を務めます、よろしくね」
びっくりした。なにせ夢と同じ、それも自分が今初対面の人が…。だめだ、自分でも何が言いたいのかわからない。
「…エレナ、先生」
思わずポロリとこぼしてしまった。
それを耳聡く聞きつけたのか、エレナ先生は嬉しそうに頷いて
「そう、呼ぶ時は先生をつけなさい」
そう言った。
そこからは自己紹介の時間だった。
全員自分が夢で見た人ばかりで、名前も聞いたことがあるようなないような…。
自分は予知夢でも見れるようになったのだろうか?
もし、もしもそうだと仮定して、そしたらしばらく立った森への遠征で…。
「…っ」
思わず頭を抱えてしまった。
もしそうなるなら、これからの授業は本気でやらないと。
今までのが殆ど夢と同じ内容なんだ、備えあればなんとやらだ。
「次の人ー?君、大丈夫?」
「っ!すみません」
どうやらもう僕の番まで来てしまったようだ。
慌てて立ち上がると、ペコリとお辞儀をする。
「平民のテルです。よろしくおねがいします」
頭をあげる時にちらりと横目でアスタリフさんを見ると、つまらなそうに窓の外を眺めていた。
**********
「えー、であるからして…」
「先生!魔法を使うための力はどこから出てくるのですか!」
魔法学の時間だ。
僕は魔法を使えないけど、原理だけ知っておいても損はないだろう。
もしかしたら、生死が掛かってるんだ。がんがん質問させてもらおう。
「んむ、良い質問だ。えーと…」
先生が僕の顔をみながら、ふかふかに伸びた顎鬚を触る。
「テルです」
「おお、そうじゃテル君。まず魔法を使うための力じゃな、それは魔力といってみんなが持ってる不思議な力じゃ」
みんなが持っているってことは、みんな努力すれば使えるようになるってことか。
「でもその力の大きさは人それぞれじゃ。こればっかりは才能みたいなものでの、大きくしたり小さくしたりなどはできなそうじゃ」
ふむふむ、才能かぁ…。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、静かに座る。今のとこメモしておかないと。
「………」
**********
はっ、はっ、はっ、はっ。
ついに待っていた戦闘学の時間だ。
魔法よりも実感が湧く戦闘学のほうが好きだ。
「おお、お前は気合が入ってるな!名前は」
「はっ、はっ、はっ…テルですっ」
「そうか、テルか。覚えておこう!」
そういうとがっはっはと笑って他の人の所へ行ってしまった。
この先生には遠征前に、魔物との戦い方を聞いておかないとな…。
ぶんぶんぶんと木剣をふりながら、そんな雑念を片隅へと追いやった。
**********
「ただいまー!」
「あら、お帰りテル。どうだった?学院は」
「楽しかったよー!思い切りできたし」
必死にならないと、どうなるかわからない。
母さんはそんな僕の声を聞くと、うふふと笑った。
「早く手を洗ってらっしゃい、ご飯にしましょ」
もう既に盛りつけてあるようだ。廊下からちらっとみると、今日もやはり手が込んでいた。
「…んぐ、んぐっ、はぁ…。ごちそうさま母さん!」
急いでかきこむと、薄着のまま剣を持って外へ出る。
「お粗末さま、ってテルどこいくの?」
「ちょっと庭まで!」
そう、今日から素振りをすることにした。
割りと遠征まで時間がない、それまでにはなんとか…。
いい感じのスペースを見つけると、剣を正面に構え、振る。
ぶん、ぶん、ぶん、ぶん。
今日は学院でやった回数素振りをしよう。
そう、決めた。
**********
「はーいみなさんおはようございます。今日も一日元気で過ごしてね」
そう言うとエレナ先生は出て行ってしまった。
さて、今日の午前は魔法学の時間だ、準備をして教室を移動しないと。
「おい平民」
かばんをガサゴソやっていた僕の後ろから声がかかる。
このクラスに僕以外平民はいないから多分僕のことだろう。
「…どうしたの?」
見てみると、不機嫌そうにしてる貴族様が二人。
遠征で同じ班になる二人だった。
「貴様むかつくんだよ!」
そういって肩をどんと押された。
「うわぁ!」
詰めかけていた資料がばさぁと床に広がってしまった。
「なにをするんだ!」
キッと睨み返すと、少しビクリとした後、何でもない風を装って行ってしまった。
「…ったく、なんなんだよ…」
仕方がないので、散らばった資料をかき集めると僕も急いで教室へと向かった。
「それでは今日は呪文の詠唱、並びに魔法を使うにあたっての説明としようかの」
おおっ!ついに待っていた魔法の呪文だ!
先生が言うに、呪文を知らないと魔法が発動しないらしい。
なぜかって僕が聞いたけど、全く分からなかったので知らない。
「火よ灯れ」
先生がそう言うと、指先からポっと小さな火が出てきた。
おおぉおー!
と周りのみんなが歓声を上げる。
そりゃ始めて魔法をみる人もいる、僕だってそうだ。
「と、まぁこのようにじゃな、うまく使いこなせば火種に出来るというわけじゃ」
先生が指を振るうと、出ていた火が消えてしまった。
なんでも魔力の供給を経つと魔法が消えるとかなんとか…僕の頭で理解できるか難しいラインだ。
「…火よ灯れ」
……失敗か。まぁそりゃそうだよね、時間と努力をしないとできないんだし。
「一年間はこの魔法に費やすぞい。まぁ一年もすればみんな出来るようになるじゃろう」
…つまり、魔物に効くような攻撃的な魔法は教えてもらえないというわけか…絶望的だった可能性がゼロになってしまった…。
だけど、授業はまじめに続けよう。どこで活躍するかわからないからね。
**********
「そうだ!そこで突きだ!貴様達はまだ筋肉が出来上がっていない!故に斬るなどという選択肢は捨てろ!」
今日は突きの練習らしい、木剣を垂直に振り下ろし、引いて、突いて、振り上げて、また振り下ろす。
素振りよりも疲れるかもしれない…。
「よぉし!そこまで!後は休憩でもしておけ」
もう何回繰り返しただろう、手が棒のようだ。
「せっ、先生!」
僕が呼び止めると、帰ろうとしていた先生の足が止まる。
「…どうしたテルよ」
名前を覚えてくれていたらしい、ちょっと嬉しい。
じゃなくて。
「魔物とっ、戦う時は何に気をつけたほうがいいですか?」
「魔物だぁ?貴様にはまだまだはや…」
真剣な目でじぃっと先生をみていたら、僕の気持ちを汲んでくれたのだろう、答えてくれた。
「そうだな…種類によって色々あるが…」
「それでは豚人はどうですか?」
「ううむ…豚人か…あいつらならばそうだ。まずあいつらには少しばかり知恵がある。罠を張るなど仲間と群れるなど…んむ、後は奇襲だな。特に女を見つけた時のあいつらは執念深いから気をつけろよ」
「はい!ありがとうございます!」
奇襲か…そういえば夢でも奇襲でやられてたな…気をつけよう。
さて、と。今日はもう帰ろう、学院のスケジュールも終わってしまった。
それに明日はもう…。
「遠征だ」
**********
「えーと、それでは今日はみなさんに森のなかを歩いてもらいます」
「それに、ただ歩くだけじゃなくて…」
ついに来てしまった。今日、僕の予知夢が正しいかどうかが決まる。
まぁ今までので大分正しい方に傾いているけど…。
「よろしくね」
そう同じ班の3人に声をかけた。
「…っち」
反応はそれぞれだが、友好的とは思いにくい。
ここも変わらないんだな…。
「それでは次の班、進んでいいわよー」
「はいっ」
夢と同じくアスタリフさんが最初の一歩を踏み出した。
「ねぇ…」
僕が地図を持った貴族様に声をかける」
「なんだ平民。今地図を見るのに忙しいんだ」
「えっと、ちゃんと道合ってる?」
こちらに目を向けずにさっきから地図とにらめっこしている。
僕がそう言うと、憤慨だと言わんばかりに怒りだした。
「俺を誰だと思っている!!合っているに決まってるだろう!!!」
予想だにしない剣幕で押し負けてしまった。
まぁ、合ってるならいいかな…。
そろそろ先生達が見えなくなる頃だ。
「おい平民。俺達の荷物を持てよ」
きた。
「嫌だよ。重いし」
「なんだと!貴様は俺たち貴族の命令を聞いていればいいんだ!」
んーほんとー自分勝手だなぁ。
「やめなさいよ。それじゃあ訓練にならないでしょ」
貴族様が剣に手をかけた所で、アスタリフさんが止めてくれた。
やっぱり平民の僕が言うより、同じ貴族のアスタリフさんが言う方がいいよね。
「…くっ」
悔しそうに唇を噛むと、すたすたと先へ進んでいってしまった。
**********
「ねぇ…そろそろ休憩にしない?」
みんなが辛そうに息を切らしているが、なぜか僕はそこまで辛くない。
きちんと練習したり、庭で素振りなどをしていたからだろうか?
「…っぐ、貴様なんぞに言われるまでもなく、そうするわ…」
そういうと、みんなで輪になって休憩し始めた。
「ねぇ…ほんとにこの道で合ってるの?」
相手が水を飲むタイミングを測って聞いてみた。
多分、もう遅い。
「……っち合っている」
「ならなぜ着かないんだ!先生はそれほど長くないと言っていたぞ!」
「俺が知るわけないだろう!!」
と、ギャースカ喧嘩を始めてしまった。
ここも変わらずか…。
「アスタリフさん…」
他の二人に聞こえないよう、休憩しているアスタリフさんに耳打ちする。
「……」
アスタリフさんも相当疲れているようだ、返事をするのも億劫なように顔だけをこちらへ向けてきた。
「…僕の後ろから、離れないで」
そう僕が言い切った時、二人へと棍棒が迫る。
見事に言い争っている二人へと当たり、二人はゴロゴロと転がっていった。
「…!?」
アスタリフさんは突然のことに驚いているようだったが、ここまで忠実だと僕はもう驚かない。
何も言わず剣を抜き、荷物を下ろす。
この日まで短かったけど、真剣に訓練した。それなりに様にはなっているだろう。
棍棒の飛んできた方をみると、豚人がどすどすと歩いてきた。そして、アスタリフさんを見てにちゃっと笑った。
「きゃああぁ!」
「っ!アスタリフさん!だめだ!」
耐え切れなかったのか、アスタリフさんが背中を見せて逃げてしまった。
そして当然その先には…。
「ぶふぉぉ」
もう一体の豚人。
「くそっ!」
後ろでアスタリフさんの悲鳴を聞きながら、目の前の棍棒を拾おうとしている豚人へ駆ける。
『貴様達はまだ筋肉が出来上がっていない!故に斬るなどという選択肢は捨てろ!』
戦闘学の先生の言葉が蘇る。
そうだ、突かなきゃ。
何回も何回も練習したその動きが、一分の狂いもなく油断していた豚人の顔へと吸い込まれる。
ぐじゅう。そんな音と感触がした。
「ぶびゅ…」
そんな断末魔をあげて、豚人が倒れた。
「は、はは…はははは!」
僕でも倒せた!魔物を倒せたんだ!
「きゃああ!離しなさいよ!!」
舞い上がって飛び上がりそうな気分が冷水を浴びせられたように醒める。
そうだ、まだ助けていない。気を抜かないようにしないと。
「アスタリフさん!」
びりびりと服を破られ、あちこち露出している、が怪我はなさそうだ。
汚い一枚だけの腰布を脱いで、いきり立ったソレをアスタリフさんに覆いかぶさり触れる前に僕の剣が届いた。
「っめろぉ!!」
無防備な背中を一突き。
「ぶぉあああ!」
痛みからなのか、のけぞり振り向きざまに拳を振るってきた。
それを僕はバックステップで躱すと、また顔をめがけて突いた。
ぐじゅう。その感触が気持ち悪くて、思い切り剣を抜くと血が吹き出した。
「アスタリフさん!大丈夫?」
「…ッひやだ…こないで…」
胸や破けた部分を腕で庇いながら、僕から遠ざかるアスタリフさん。
いくらなんでもそれは酷いんじゃないかな、折角助けたのに。
「もう大丈夫だよ?豚人なら僕が…」
「…やだぁ!後ろっ!」
必死な顔でアスタリフさんが僕の後ろを指さす。
まさか。そんな考えがちらついた。
『後は奇襲だな。特に女を見つけた時のあいつらは執念深いから気をつけろよ』
そんな先生の言葉が聞こえた。
もう、遅いよ。
僕が振り向いた時には既にもう、目の前に棍棒があって……。
**********
「テルーご飯よ~」
母さんの声でぱちりと目が覚めた。
「っっ!!」
その後ガバっと起き上がる。
「……なんなんだよ!一体!」
夢を見た夢をみて起きたってことか?
にしてもリアルで、長い…くそっ。
「テルー遅刻するわよー」
予想が合っていれば恐らく今日は学院へ初登院する日だ。
「どうなってるんだよ…」
やけに残っている肉を突き裂いた感触に、手を握ったり開いたりしながらしばらくベッドの上で呆然としていた。