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理の極み  作者: 沢井 淳
二章 二者択一の狂気
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二章 二者択一の狂気 2

 葬式は淡々と進んだ。

 祐太朗は用意されていた喪服に着替え、式に参列し、時の流れに従った。

 遺体にかけられた幻術が唯一の不安であったが、揺らぎ一つ見せはせず、骨になってもなお皆を欺き続けた。

 お陰で無難に終わった。

 しかし振り返ってみると、誰も泣かず、誰も本心を明かすことのない、静まりだけの葬式だった。

 叔父だから、だろうな。

 冷めていく心と共に皮肉な笑みが浮かぶも、祐太朗の思いは急速に現実から遠ざかりはじめる。

 やらなくては。

 劇的に状況を変える一手を。

 そのためだけにここへ帰ってきたのだ。

 火葬場からの送迎バスを降りた途端、祐太朗は行動に移った。

 名を呼ばれた気もしたが、振り向かずに断りを入れ、館へ駆け込む。

 端から見ればトイレを我慢していたと思うだろう。

 でもそれでよかった。

 他人など二の次。

 もう自分の目的で頭はいっぱいだ。

 今までよく我慢したほうだ。

 だからか、足の運びは早い。

 誰の目もないと確認してからは全力で階段を駆け上がり、客室に入るなり鞄を手にして裏口へ向かう。

 一戸建て住宅の玄関よりも一回り広い裏口で、祐太朗は周りを見回した。

 大丈夫。誰もいない。

 後ろめたさを誤魔化すための再確認であったが、自然と隠密行動の呪文が口をつく。

「これでいい」

 少し気が楽になり、大きく深呼吸をした祐太朗は音を立てずに裏口の戸を開けた。

 白い玉砂利の庭に、飛び石が裏門へ続いている。

 左右を見渡しても人の姿はなく、ただ静かな庭園が広がるだけ。

 慎重に。さも、懐かしげに。

 慌てたら怪しまれる。

 特に庭はどこからでも見られる。

 人の目がなくとも、気をつけねばならない。

 いくら、呪文の効果があるとはいえ。

 気をつけろ。

 これから成すことは、人道に外れているのだから。

 何度も心の中で言い聞かせ、懐かしむかのように辺りを見回しながら裏門へ近づき、そっと戸を押す。

 変わってないな。

 裏門と言っても、未だ敷地内である。

 広がる景色も、車一台通れるぐらいの舗装された道路が森林を掻き分けて山奥へ続くだけだ。

 背後で戸の締まる音を聞きながら、日が傾きはじめた森のなかへ踏み出していく。

 最初は普通に歩き。

 数分後には歩が早まる。

 幾つかの分岐を常に山頂方向へ曲がり、アスファルトから砂利道へ変わってしばらくして、放置された貯水池が見えてくる。五十メートルプールよりも若干小さい池は、幼少時にザリガニ釣りやフナ釣りで時間を費やした記憶が詰まっていた。それでも、草の青臭さと溜まった水の鼻を突く匂いに苦笑を浮かべただけで、祐太朗は郷愁を振り切ってさらに小道へと分け入っていく。

 山菜採りなどで村の住人が希に使う程度の獣道を、駆ける。

 人目を気にすることなく、全力で。

 強化された肉体は躍動し、瞬く間に目的の地へ到達する。

 忘れ去られた墓地。

 数個の砕けた墓石と伸びきった草に占められた、猫の額程度の広さに祐太朗は一人佇む。

「やっぱり、ここだよな」

 理想的な土地だ。

 今から行う、死人帰還術にとっては。

 草木の生気。

 多量の微生物。

 命育む養分の高い土。

 そして人の意志が、精神が絡んだ場所。

 課せられた条件付けに、この土地は充分クリアしていると言えた。

 いける。

「ここなら……できる」

 死人帰還。

 生き返らせる、というよりも死者を再誕させる感じが強い。

 幾多の命を吸って、土から母体を、死者をこの地から世界へ導く。

 作り出すのだ、生きていた状態を。

 死を前にした段階まで。

 そんなことが、死人帰還術には出来るのだ。

 ぼくは。

「叔父を再び」

 生き返らせる、選択を取った。

 たしかに極神大全には、霊にまつわる項目があり、霊界通信的なものも可であるとあった。どうやら死後の世界なるものが、この書物には認知されているらしい。

 しかし。

 祐太朗は信じられなかった。

 未だ、死後の世界など受け入れられない。

 幾ら、現状が奇想天外と化していても。

 超常な力を手にしても。

 魂の存在をおいそれと信じられず、目を逸らしたい代物でしかなかった。

 ならば。

 目で、耳で、確認するしかない。

 生きた叔父に、確認する。

 問いかける。

 話し合う。

 それが祐太朗のたどり着いた答えだった。

 異常だと、認識はしている。

 改めて考えると、背筋に寒気が走る。

 常識的思考回路は、ノーと警告し続ける。

 いけないことだと、わかってはいる。

 今でも迷う。

 いや、迷っていたと言うべきか。

 もしも、あの死体を見ていなければ。

「やめてたね。……でも」

 状況は変わった。

 自殺説から、他殺説が濃厚になっている。

 そして他殺であるのならば、加害者がいる。

 加害者が如何なる者か。

 どこまで知り、どこまで影響力があるのか。

 いずれは自分自身に降りかかるのではないか。

 問い質さねばならない。

 たとえ禁忌を犯すとしても。

 死者の眠りを妨げるとしても。

 そこに哀悼の意も、生命への尊厳もまったくない。

 常識に従い続けてきた祐太朗にとって、今まで考えたこともない反逆であり、自分のためだけの利己的な選択だ。

 それらを、祐太朗は理解している。

 理解してなお、心を決めた。

 身震いが走る。

 またあの感覚が蘇る。

 鼓動が高鳴り、胸が締め付けられ、のど元になにかがせり上がってくる。

 興奮している。

 ダメだとわかっていても、本能は押さえきれない。

「ぼくはもう」

 常識人じゃないな。

 自嘲気味な笑みを浮かべ、祐太朗はポケットからビニール袋を取り出した。中には遺体からかすめ取った焦げカスが入っている。これが媒介となり、二四時間後に死者が生者となってこの世に出現する。

 間違いはない。

 何度も読んだ。

 それでも祐太朗は鞄から極神大全を取り出し、死人帰還の項目を開く。

 ざっと確認し、静かに本を閉じる。

 やるぞ、祐太朗。

 自らに言い聞かし、おもむろに膝を着き、足元の土を手で少し掘り返す。

 拳程度の穴に、焦げカスを流し込み、土を埋め直す。

 事前準備は簡単に整う。

 あとは心を込めて、唱えるだけだ。

「帰って来て下さい」

 ぼくのためだけに。

 笑うこともできず、かといって眉をひそめることもしない。ただ埋めた先だけを見つめ、覚えたての呪文を口にしていく。

「デア・ベルベル・レデアナム。汝の名を求め、汝の身体を求めるべし。ア・ヴォルダァム・エスエス・ラウム」

 よくわからない擬音の連続と、意識を込める母国語を繋げる複合呪文を一気に言い切り、ゆっくりと目を閉じた。

 終わった。

 一線をまたも、越えてしまった。

 取り返しのつかない、一線を。

 ぞくっとする。

 意識した途端、寒気が走る。

 山とはいえ、夏だ。蒸し暑く、まとわりつくような空気があるのに、今度は寒気で身体が震えだす。

 寒いわけがないのに。

 寒いと思い込むほどの、なにかを感じている。

 あり得ない。

 常識的見地から、死後の世界などまったく信じていないのに。

「これが……」

 口に出来ない。

 口にすると、さらに強くなる。

 恐怖という感情が。

 ダメだ。

 拒否するも、動き出した思いは止まらない。

 吐く息が荒くなり、次第に音が鮮明になっていく。

 微かな虫の音色、そよぐ風が揺らす草と葉、どれもが小さく気にも留めないはずなのに、自らの呼吸音と重なって祐太朗の鼓膜に突き刺さる。

 これが。これが。

 禁忌を犯した、罪なのか。

 命を冒涜した故の、責めなのか。

 今では大音量だ。

 生命の大合唱とも言うべき状況にまで陥る。

 幻聴だと理解できても、音色は止むどころかますます音量を上げていく。

 ぼくは、もう……。

 常識人じゃなかったはずだ。

 なのに良心に苦しめられ、恐怖に身を震わせる。

 いくら偉大な力を手にしたとしても、精神はまったく変わっていない。

 凡夫だ。

 どこにでもいる、愚かな、普通の人。

 ただ力に溺れて、浮かれていたに過ぎない。

 脳の片隅で痛感すると共に、この場から逃げよと、理性が叩き出す。

 しかし鈍い。

 緩慢な動きでしか身体が動かない。

 早く逃げ出したいのに、立ち上がるのもままならず、目すら開くのが億劫になる。

 こんなにも、ぼくは。

 恐れている。

 自分がした行為にも、生き返ってくる叔父にも。今更だとわかっていてなお怖いのだ。

 だから早く、早く。

 大音響から逃げる。

 その一心で立ち上がった、時だ。

「祐太朗さま」

 一斉に大合唱が止まった。

 しっとりしたメゾソプラノの声は、聞き覚えがある。

 この声は。

 脳が答えを導いた途端、良心の重しが瞬く間に消え、すばやく振り返った。

 息が止まる。

 見開かれた視界の先には、喪服姿の女がいる。

 美しい。

 同時に驚きと今までと違う恐怖が過ぎる。

 際どいタイミングで現れたことに驚き、姿に恐怖を覚える。

 忘れ去れたとしても、ここは墓地なのだ。

 黄昏時で出会うには、とてつもなく不気味すぎた。

 それに、理性が告げてくる。

 見られたのか、どうか。

 犯した罪に苛まれ、すでに折れた心理状態の祐太朗が、辛うじて反応できた理由は『秘密の行為を知られる』不安が心を占めたからに過ぎない。

 ぼくは、まだ。

 本能で悟っている。

 どうしようもない恐怖から逃れ、いずれ乗り越えるには『極神大全』しかあり得ない。唯一の拠り所を、知られてはいけないのだ。

 誰にも。

 秘密の行為であり、自分を高みへと導くはずの、甘い果実を。

 誰にも知られるわけにはいかない。

 強力で醜い独占欲が、今の祐太朗の原動力だった。

 だが、そんな祐太朗に構うことなく、夕陽に照らされた女性が近づく。

 隠せ。

 理性の指令に、ゆるゆると足元に落ちていた鞄を拾い、手にした『極神大全』を仕舞う。不自然じゃないように、とは思いつつも、はっきりと仕舞う仕草は見られている。ただ慌てなかっただけ、マシだ。

 どうだ?

 仕舞い終わった時点で、彼女は手が届く距離まで来ていた。

 夕陽のなかであっても肌の白さは際立つ。しかしそれ以上に、はっきりとした唇の赤さが目につく。

 ダメだ。

 瞬時に敗北を味わう。

 今までの人生で相対したことがないレベルの女だ。なにを考えているかなど、読み取れるわけもなく、ただ見惚れるだけだった。

 そんな祐太朗の心情を読んでいるのか、赤い唇が微かに歪んだ。

「どうされましたか?」

「……別に」

 口にしながら、改めて彼女の目を見た。

 黒い瞳のなかに自分が映っている。

 呆然と見つめる男の姿は、滑稽だ。

 ぼくは……なんて。

 自虐的な思いが過ぎる、と同時に祐太朗は頭振った。

「なにも。なにもありません」

 うわずるも言い切った、最中に白い手が迫る。

 ゆるい動作に危機感は覚えなかったが、思わず祐太朗は一歩下がってしまう。

「大丈夫。服の埃を落とすだけです」

「それは、どうも」

 頬が赤らむのが自分でもわかる。

 その反応を見てだろうか、微笑みを浮かべて彼女が喪服についた埃を払う。

「意外と、やんちゃなのですね、祐太朗さまは」

「いや、そんなことは」

「なら、なぜこのようなところへ?」

 上目遣いの問いかけは危険だ。心が持って行かれる。現に心臓は高鳴った。しかしもう一方で、別の緊張感が走る。

 欺け!

 溜まった唾を飲み下し、脳が弾き出した答えを口にする。

「昔、叔父と遊んだ、思い出が」

「そう、でしたか」

 微笑みが消え、申し訳なさそうに顔を伏せる彼女の姿に、ほっと胸をなで下ろす。どうやら深く踏み込んでくる事はないらしい。どこから見ていたのかも、自ずと出てくる。

 ここはチャンス。

 判断し、祐太朗は話を振った。

「そういう、そちらはなぜここに?」

「私は……」

 言いかけて、彼女は微笑んだ。

「まだ名乗ってませんでしたね」

 姿勢を正し、両手を前で合わした女性は、はっきりと言い切った。

「私、宮祁真美子と申します。空知の方々とは遠縁にあたる者で、此度は弥栄さまのお招きにより、祐太朗さまの身の回りのお世話をするよう仰せつかっております。不束者ですが、よろしくお願いします」

 深々と頭を垂れる真美子に対し、祐太朗は眉をしかめた。

 悪い気はしない。

 むしろ好感を抱く。

 祖母の弥栄にも、感謝の意が浮かんだのは事実だ。

 しかし、慣れていない点がどうもむず痒く、居心地がよろしくなかった。

「それは、ありがたいのですが」

「なにか?」

「いや、その、なんというか。ぼくには、そういうのが」

 どう言えば失礼にならないか、考えを巡らすも経験不足は否めない。しどろもどろになり、言葉が続かない祐太朗に真美子のほうから先手を打った。

「俗世が、長かったのですね」

「……そんなところかなと」

 俗世なのか? という疑念はあれど、そう言える時点で目の前の女性も、祖母らと変わらない階級に属しているのだと、祐太朗は納得していた。

「では、ご迷惑でしょうか」

「え? いや、そこまでは」

 笑顔が消えた真美子に、申し訳なくなる。かといって気の効いたことを言えるわけもなかったが、要望はすぐに浮かんだ。

「わかった、さまだよ、さま」

「さま?」

「そう、それ。どうもこっち来てから、そればっかで。ただ似合わないんですよね、ぼくには」

「そう、ですか」

「ええ、そうなんです。だからせめて、さん付けにしてください」

「でもそれでは」

 言いかけて、真美子は思案するかのように目を逸らした。

 律儀な人だな。

 祖母や他の家族、家の格などが気になるのだろう。

「じゃ、他の人がいないところでは、というのはどうでしょうか」

「……それならば」

 目を細めて真美子は微笑んだ。

「私たち二人の秘密ですね。祐太朗さん」

「そう、なります、か」

「ええ、そうなります」

 念押しされ、なぜか身震いする。

 困るな、こういうの。

 惹かれていくのがわかる。しかしどう見ても釣り合わない。年齢もどうだろうか。同い年か、もしくは少し向こうが上なのかもしれない。

 どちらにしろ……高嶺だ。

 諦めが淡い恋心をすっぱり断たせたと同時に、祐太朗は素朴な疑問を口にしていた。

「で、宮祁さんはどうしてここに?」

「さぁ」

 軽く流した真美子は、肩をすくめて続けた。

「宮祁、というのはちょっと」

「は、はぁ」

 どうやらお気に召さなかったらしい。

「……そのご様子では、明日の件もお聞きにはなってないのですね」

「明日、ですか?」

「はい。でもいいです。それよりも、真美子でお願いします」

 ニッコリ言われると、従わざる得ない。

「では、真美子さんはどうしてここに?」

「はい。お迎えに参りました」

 迎えか。

 辺りは黄昏時。それもそろそろ終わりがはじまろうとしていた。

 もうそんなに……って。アレ?

 なにかが、引っかかる。

 小さな棘が刺さったかのような、微妙な違和感。

 気になる、ことが?

 ある。多々ある。

 というよりも、つい先ほどまでは良心の呵責に苛んでいたのだ。それが今はまったく感じない。軽すぎるほどにだ。

 ぼくは、酷い人間だな。

 たった二言三言、魅力的な女性と会話しただけで忘れ去るとは。良心が占める範囲は、案外狭いらしい。

 でも、それじゃないな。

 眉をひそめて物思いに耽る祐太朗であったが、真美子の声が現実へ引き戻す。

「なにか?」

 小首を傾げてのぞき込んでくる真美子を見て、再び頬の熱が上がるのを感じた。

「い、いや、別になにも、なにも」

「……変わった方」

 微かに聞こえたつぶやきであったが、馬鹿にされた風でも、呆れたわけでもないようだ。むしろ好意的に見えるほど、彼女の口元は楽しそうな笑みが刻まれていた。

 罪作りな人だよな。

 自然と祐太朗の口元もほころぶなか、真美子の身体が揺れて来た道が広がる。

「さぁ、帰りましょう。すぐに、暗くなりますからね」

「そうですね」

 真美子が少し先を歩き、そのあとを追うように祐太朗も歩を進めていく。

 しかし。

 ほどなくして、祐太朗は気付いた。

『すぐに』という言葉が、疑問を芋ずる式に引き出したのだ。

 おかしいじゃないか。

 目の前の小さな背を追いながら、自問自答がはじまる。

 なぜ、彼女はここに?

 どうやって、ぼくを見付けた?

 裏門を出てから、そんなにも時間が経っているだろうか?

 並べ立てると同時に、寒気が徐々に襲ってくる。

 考えれば考えるほど、おかしい。

 祐太朗は小脇に抱えた鞄の重みを確かめた。

 なかには極神大全が入っている。

 そうだ。

 祐太朗は唱えている。

 隠密系の呪文を。効果は競馬場で確認済みだ。こちら側から働きかけない限り、祐太朗の存在は視認したとしても、気にも留めなくなる。つまり、祐太朗を見付けることも、あとを付けることも、できないはずだ。

 普通は、無視してしまう効果があるのだから。

 この時点で、かなり黒に近づく。

 たとえ、祐太朗の精神が良心の呵責により揺らぎ、それが呪文の効果に及んだ可能性があったとしても、忘れ去れた墓場に来るまでは意気揚々としていたのだ。隠密効果は発揮されていた。

 もしくは、異常なまでに祐太朗への執着があった、ということなのだろうか。

 それならば、呪文効果を乗り越える可能性はある。

 ならその執着は、どこから来るのだ?

 わからない。

 思い当たるとすれば、彼女自身の生真面目さ故か、または『明日の件』あたりが絡んでいるのだろうか。

 わからない。

 その線は、そこで壁にぶち当たる。

 しかし、それ以上の問題が真美子にはある。

 決定的な点だ。

 なにしろ祐太朗はもう人間じゃない。

 肉体強化は伊達じゃないのだ。

 池から小道へ分け入ってから、全力で獣道を駆けた。あの入り組んだ道を、高低差のある道を、瞬く間に駆けたのだ。時間にして、ものの数秒。あり得ない速さ。そこから死人帰還の儀式をし、死人が生き返ることに改めて恐怖を覚え、苦しんだとしても、数分程度の間しかなかった。

 なのに、真美子はここにいる。

 数分で追いつき、声をかけた。

 事実から導き出される答えは、黒だ。

 目の前の女は、普通じゃない。

 もしかしたら。

 力を行使できる第三者の存在に、当てはめることができるかもしれない。

 そうならば。

 なぜ、ここにいる。

 叔父の葬式に、なぜ。

 疑念が疑念を呼び、深く暗い思考の渦へ誘いはじめる。

 どうすれば。

 解決できない疑念を抱きながら、鞄のなかにある極神大全の重みを意識し、祐太朗は薄暗くなってきた獣道を、疑わしい女と下っていく。

 二人とも、黙ったまま。

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