8-1
「もうこんな時間やで。ほな、そろそろお開きにしよか。」
おばちゃんはまた軽い口調に戻って、パンパンと柏手を打った。
お店の時計に目をやると、十二時前だった。
「ず、ずみばぜん……、」
長居してしまった事をお店のママに詫びようとしたら、声がボロボロだった。
「気にせんでええよ。それより大丈夫? おねえちゃん?」
イントネーションが僅かに関西だ。わたしは頷いて、席を立った。
「恥ずかし、」
「旅の恥は掻き捨てっていうやんか! 気にしぃなや!」
おばちゃんはまた豪快に笑って、お財布から一万円札を取り出した。
やばい、と思ったけど間に合わない。
「おばちゃん、わたし、」
「ええから、ええから。奢らしとき。」
やっぱり。
グダグダになってるわたしは、鼻を堰き止めるハンカチを離せない。
不本意ながら叔母に奢ってもらう事になってしまった。
ぐずぐずするわたしの背中を麻由美が押した。
「気にせんでええで、紗江ちゃん。うちかて奢ってもらうもん。」
母娘とは違うよ麻由美ちゃん、と言おうと思ったけど、鼻をかむ方が先になってしまった。
ああ。きっとまた祐介は嫌な顔をするんだろう。
わたしが何度、ヤツの浮気で渋い顔を作ろうが自身は改められないくせに、わたしには改心しろと煩い。
そういう事を思い出して、それでもやっぱり別れたくないと強く思ってしまった。
悲しみは、別れたくないという気持ちの昂ぶりに変化した。
祐介が必要なんだ。誰がなんと言おうと、一緒に居たいよ。別れたくないよ。
ついに本気で泣き出したわたしを、麻由美が大慌てで店の外へ押し出した。
「紗枝ちゃん! ほんまに大丈夫? なんやもう、いっぱいいっぱいやってんなぁ……、」
呆れたような声。何を聞いても今のわたしには悲しいフレーズにしか聞こえなくて、何が悲しいんだか、声を上げて泣き続けた。なのに頭の芯はとても冷静で、自分の事をバカみたいだと思っていた。
本当に、わたしって女は馬鹿だよね。
その通りよって、遙香にバカにされながら、慰められたい。
祐介は黙ってわたしの頭を抱き寄せて、じっと泣き止むのを待っててくれる。
自分が、思った以上に参っているんだって感じるこんな瞬間は、二人に逢いたくて堪らない。
見知らぬ土地の、静まり返った建物の中。暗闇に閉ざされた廊下が、脚が竦むくらいに怖くて。
二人に逢いたい。




