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敬子が怪訝そうにわたしを見た。
誤魔化さねば。
「あ、課長はどっか行った帰りですか?」
「ああ。宴会前にひと風呂浴びてきたところだ。お前たちも行くんだろう? 呼び止めて悪かったな。」
爽やかイケメンは鮮やかな謝辞を残して会話を切り上げにかかった。
一瞬、なんだかこのまま食い下がって、もっと話していたい気分になった。
でもすぐに、課長の言葉の意味に気付いて打ち消した。
お風呂に行く途中だったんだ。
当初の目的を思い出させてくれる言葉で、ますます好感度が上がった。
どうせ好きになるでも、こういう人を好きになればいいのに。
仕様の無い自分自身に諦め半分でボヤいてみた。
すれ違い、通り過ぎる一瞬が、まるで人生の岐路のように感じた。
「美作、」
さん、は何処へ行きましたか、課長。
振り返ると課長が手まねきしてわたしを呼んでいた。
もー。
距離にして、十歩ほどだと思うんで、出来れば用事のある方が歩み寄るべきかと思います。
近寄ると、手桶の中からなにやらゴソゴソと探り始めた。
「これ、さっき女子に貰ったんだがな、俺には甘すぎて無理だった。」
口の開いたお菓子のパッケージがその手に握られて出てきた。
ほい、とか渡されて、つい条件反射で受け取ってしまった。
「有難うございます、て、いいんですか?」
その女子の気持ちを無碍にして。
余計なことは言わずにおこう、どんな事情で渡したものだかはわたしの知る余地じゃない。
敬子が不思議そうな顔をして聞いた。
「課長って、甘いモノ好きなんじゃないんですかー?」
「和菓子に限りだ。残念ながら。」
なるほど。
手渡されたパッケージには『魔法のくちどけ とろなまラスク』と書かれてあった。
コンビニ人気のスイーツ菓子だ。わたしも買ったことあるし。
甘くて美味しいけど、祐介は「んー……」と評した。推して知るべしだ。
甘党の人間でなくても美味しいって感想のが多いんだけど。キャラメル苦手だからなぁ、祐介。
今度こそ、手を振って人生の岐路と決別した。
わたしはお風呂を選択した。




