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歳月が走り抜けていく。
時が流れ去っていく。
幾つかの季節に観た覚えのある景色の中で、春の終わりを告げるように桜が散る。
「お母さん! 早く!」
紗彩が呼んでるけれど、そんなに急げない。歳は取りたくないものだわ。
第一、娘の通う学校の通学路はずっと坂道で辟易してしまう場所だし。
「待ちなさいや、紗彩。お母さんもお祖母ちゃんもあんたほど若くないんやから!」
「せやけど面談は四時からって言ぅたのに、のんびりしてたんはお母さん等やない、うちが悪いんやない!」
誰に似たんだか、娘は一を言えば十まで返す口の達者な子供だ。
わたしは何だかんだとあって、数奇な縁の果てにかの板前さんと結婚した。
紗枝に宛てた招待状は今も引き出しの奥に眠っている。
それにつけても、京都の学校というものは建てる場所を選ぶべきだと思う。
バスを降りた後で、どうしてこんなに歩くのよ。バスの意味は?
「初めての面談やねんで! 遅刻したら、うち、教室で嗤われてまうやんか!」
それを言われると辛い。昨今は何がイジメの引き金になるか解からないから。
娘は京都でも有数の私立高校へ入学した。この学校は有名大学へのパスポートでもある。付属高校というやつで、エスカレーター式に全国屈指の有名大学へ進める。……本人の学業が疎かにならねば。
「お母さん怖いわ。先生になに言われるやろ。」
少し声を大きくしてそう言うと、紗彩は露骨に不機嫌な顔を作ってこっちへ戻ってきた。
先に先に進む娘を呼び戻すには打ってつけの台詞だった。
「ヘンなこと言わんとってや! ちゃんと勉強してるし、成績も中間くらいから落ちてないわ!」
「最初はトップやったやない。」
娘は黙り込んだ。
仕方ないことだとは承知している。さすがに全国から生徒が集まる有名私立だけに、生半可な努力などまったく報われることがない。あまり言うのは可哀そうだ。
慰める言葉のフォローは忘れることなく付け加えるようにしている。
「解かってるよ、頭良い子が沢山来てるんやし、あんたも頑張ってるよ。」
「外部より大学受験が楽やて聞いたのに……、ああもう、死にたい。」
誰に似たのかネガティブな紗彩の、それは口癖だった。『死にたい』。
「死んだらお祖母ちゃん悲しいから、やめてね、紗彩ちゃん。」
親身に受け止めたフリで母が切り返すこのセリフも、お決まりのものだった。
母は多少背が曲がり、白髪が全面に及んで毛染めを止めた。すっかりおばあちゃんになった。
わたしはずいぶん、大阪弁が馴染んでいた。




