取調べ
「それで?あなたが言ったことを証言してくれる人は居るんですか?」
蛍光灯の青白い光の下、灰色のデスクを挟んで座る二人の合間には沈黙が漂っていた。そして言い知れない緊張も紛れ込んでいる。その部屋に窓はなく、同じように灰色一色に塗り潰された壁に囲まれたドアは堅く閉ざされていた。
その部屋の一面には端から端まで帯のように広がる鏡が取り付けられているだけであった。
その鏡の裏側では更に暗い部屋が設けられ、数個のマイクが長机に並び、リールの回る録音機の傍で回っている。マジックミラー越しに年配の警視はその長机に両手を預けて溜息を漏らしていた。その頭が、目の前にしているものが信じられないと言わんばかりに左右に振れていた。
か細い声が、「居ません」と、だけ告げた。
一見してみれば変哲の無い取調室のように見える無機質な部屋。尋問を受けているのは無精ひげの生えた三十代の男性だった。上着は無いが、緩んだネクタイと皺の寄ったシャツが憔悴ぶりを露わにしていた。男は返答に窮し、尋問は今やクライマックスを迎えようとしているところだ。テレビで見る刑事ドラマのようなシーンがそこにあった。
ただ、取調べの主導権を握っているのがおさげに花柄のリボンを結わえた女の子であることを除けばであるが。
身動ぎ一つしない背中を静かであるが、妙に甲高い声がねっとりと撫でた。
「どうですかな?」
そう呼び掛けられた四十路手前の男は振り返り際にネクタイの結い目を正した。
「いや、これは驚きと言う以外に言葉が見つかりませんね」
「あの少女には罪を隠し通そうとする人間を口説き落とす術を知り尽くしたベテラン刑事の知識とその 人生の全て、そして、男性には愛する女性を嫉妬から扼殺してしまうまでの経緯から葛藤、全部が記憶されています」
スーツの襟に付けられた徽章が鈍く光り、警視は厳しい視線をマジックミラーの方へ投げ打った。
「薬効は72時間持続します」
「それがたった一錠の薬で可能になると?」
「ええ。後は任意で決めた暗号を囁いてやるだけで元に戻ります」
その言葉が終わるや否や、書類を机上に叩きつける音がマイクを通して鳴り響いた。
予期していなかった鋭い罵声がその後を追ってくる。不意を突かれた警視の前を白衣の背中が遮った。短髪を整髪料で整えた男性がマイクに向かって何事か囁いた。それは何も意味を解さない数字とアルファベットの羅列であった。そうして彼が言葉を区切ると、マジックミラーの向こう側に居る二人は突然辺りを見回し始めた。やがて、灰色のドアが開かれると、看護士の制服を纏った男性が三人ほど入ってきて二人を連れ出してしまった。