第8話「意外な一面」
放課後、私は重い足取りで図書室へむかった。
さっきまであんなに放課後が楽しみだったのに………
正直今はあまり早坂君と顔を合わせたくない。
そおっと図書室の中を覗くとまだ彼の姿は見えていないようだ。
私はほっとして一息つくと、カウンターへ向かった。
もしかしたら今日は来ないのかもしれない。
それだったらそれで都合はよいのだ。
本の続きは気になっていたがこの際しょうがない。
席につこうとした瞬間、
「おい」
背後からの聞き慣れた低い声に思わずぎょっとして背筋をはる。
ばっと後ろを振り向くと、カウンターの後ろにカウンターを背にして床に腰かける彼の姿を発見した。
「は、はやさかくんっ!?」
なんでこんなところにいるの!?
そう聞きたかったが、うまく言葉が続かない。
「ばーか、この時間に普通に図書室にいたらアイツらに見つかるだろ」
あ、あいつら……?
一体だれの事をさしているのだ……?
「あの………」
「それよりお前、なんで今日目をそらした?」
「え?」
なんのこと?
「そらしただろ」
暫くしてようやく合点がいった。彼が言っているのはおそらく今日の体育の時間の話だ。
私がまごついていると、
「葵衣」
という鋭い制止するような口調で早坂君が私の名前を呼んだ。
男子に名前を呼ばれることすら滅多にないのだ。
ましてやこんな美しい少年に自分の名前をいきなり呼ばれることに驚かないわけもなく、私はひどく狼狽してしまった。
「そ、そ、そらしてなんかないですっ!!」
緊張で自然と声がうわずり、大声になってしまった。
し、しまった……!!
当然の結果ながら、自分に集中する視線に気付くと図書室にいる生徒達が私を不審そうに見ていた。
向こうからすると一見私はひとりで喋っているように見えるのだ。
は、恥ずかしい………
なぜこんな目に私があわなければないのだろう。
視線を右に下ろすと、案の定、早坂君は声を殺して笑っていた。
「動揺しすぎだろ」
「し、してなんかないですっ…!!」
「声がでかい」
な、なんで!?
早坂君ってこんな人だったの!?
噂のクールで冷血男と呼ばれる彼はいったいどこに行ってしまったのだ?
目の前にいる彼は鬼畜といわんばかりのデカい態度と口をしている。
落ち着けわたし……!!
こんな反応をしていては相手の思う壷なのだ。
かといってすぐに冷静さを取り戻せるわけもなく、私は上気した顔をぷいとそむけた。
隣で彼がまた小さく吹き出したのが分かったが、ここは無視だ、ムシっ!
「からかって悪かったな。ほら、これ」
そう言って、早坂君が鞄からごそごそと取り出したのは例の『星屑』の続きだった。
先程までのもやもやとした思いも一気に吹き飛び、私は夢中で本に飛びついた。
「ありがとう、早坂君!」
やっと続きが読めるんだ。
私が満面の笑顔を浮かべたのを見て、早坂君は呆れた表情をして言った。
「怒ってたんじゃないのか?ゲンキンな奴」
彼に何を言ってももはや言い負かすことなど不可能だろう。
「そういえば、早坂君はなんでこのシリーズを全部持ってるの?やっぱり好きだから?それとも夜椰さんのファンだったりする?」
「いや……、……別に大したことじゃない」
どういう意味なんだろう?
問いつめてみたい気もしたが、早坂君が自分の本を読み始めるのを見て、私は諦めて続きを読むのに没頭することにした。
お互い終始無言ではあったが、どこか心地よい穏やかな空気がふたりの間に流れはじめていた。