第7話「嵐の告白現場の後に」
昼休みになって由里香と二人で映画研究会の入部届けを貰いに、二年生の教室へと向かった。
教室から顔を出した映画研究会の部長さんらしき人は、細い顔に黒いフレームの眼鏡をかけていて、髪は黒くて短髪。
すごい優しそうな先輩だった。
そんな先輩の顔を見つめながら、悲しい気持ちになった。
…同じ眼鏡なのに人とはここまで違うものなのだろうか?
「はじめまして、映画研究会の部長をやっている板倉栄司です。二人とも入部希望かな?」
私たちが頷くのを確認すると板倉先輩は入部届けを渡してくれた。
「二年生は合わせて八人しかいないから、今年入ってくれるとすごく俺たちも助かるんだよね」
と言い板倉先輩は人の良さそうな笑顔を浮かべる。
「来週の月曜に一年と二年の顔合わせもかねて、ざっとした映画研究会の活動内容の説明と一年生の歓迎会をやる予定なんだ。だから、放課後は空けておいてくれるかな?」
『はいっ』
放課後の図書委員は今週いっぱいだったからちょうど良いのかもしれない。
珍しく(先輩を前にしているからなのか)しおらしかった由里香が口を開いた。
「あのっ、今年の一年って今のところ何人もう入部済みなんですか?」
「入部済みの一年?ああ、確か君たちを含めて今のところ十人かな。そろそろ入部届けも期限切れになるし、たぶんこれ以上は入ってこないと思うけどね」
「そうなんですかぁ……」
由里香はその言葉になぜか嬉しそうに顔を輝かせた。
今の言葉のどこに一体そんなに喜んでいるのだ…?
私たちは板倉先輩にお礼を言うと、自分達の教室に戻るため廊下を歩いていた。
由里香は隣でむふふとニヤニヤしている顔を隠せないでいるし……
ぶ、不気味なんですけど、由里香さん……
「やっぱり私が手に入れた情報はトップシークレットだったみたいねぇ。もし知れ渡ってたらあんな人数なわけないもんねぇ」
トップシークレット?
由里香は何のことを言っているのだ?
まぁ、由里香の思考回路が一般人と多少ちがっていることは今に始まったことではないのだ。
追求する気もおきない私は、ふと前方に目をやった。
今歩いているこの場所はちょうど階段の踊り場の手前。
踊り場に誰か人がいるらしく、話し声がする。
その事に同じく気付いたらしい由里香は、ちょうど壁のくぼみで死角になっているところへ私の腕を引いた。
人気がないので、話し声に耳を傾ければ十分に聞くことが出来る位置だった。
「………だって言ってるのに!なんで付き合えないわけ!?好きな人だって今はいないんでしょう!?」
こ、これは噂に聞く告白現場……!?
う、うわぁ〜……、初めて生で聞くかも……
でもこんないつ誰が通ってもおかしくない場所でわざわざ告白なんてしなくてもいいのに……
どうせ今出て行っても鉢合わせになって気まずくなるだけだし……はぁ。
「…ホントにしつこいな。さっさと失せてくれないか?まじで邪魔なんだけど」
「でもっ……!」
「失せろ」
鋭い重低音の声が静かに響いた。
その途端、空気が凍りついたのは明らかだった。
私も由里香もその場で固まってしまう。
「たとえ好きな奴がいなくても、お前と付き合うことは絶対にありえない」
この……声……は………もしかしなくても…………
相手の女子生徒がそのまま駆けだしていく音がだんだん遠ざかっていった。
私たちは嵐のような告白現場が過ぎ去ってもしばらく動き出せずにいた。
息を殺したまま、足が震えてきそうになる。
やがて踊り場から何の音もしなくなると、由里香はほっと息を緩めた。
「さすが早坂君…あの冷たさを浴びたら相手の女の子も堪ったもんじゃないわね。まぁ、どっちにしろあのクールさがまたカッコいいんだけどさぁ〜」
そう呟きながら由里香は何故か隣で怪しげな笑みを浮かべている。
だけど私は言葉が返せなかった。
頭に残っている冷たい響き……思い出してぶるっと身震いする。
とんでもない現場に居合わせてしまった……
放課後に彼と会ったとき一体どんな反応をすればいいんだろう?
なんだか急に泣きたくなってきた。