第6話「視線」
頬杖をついてぼんやりと教室の窓の外を眺めた。
いつのまにか小降りだがしとしと雨が降り始めている。
あちゃー……私今日かさ持ってないんだけどなぁ………
そんなぼぅっとした思考も、教室に駆け込んできた女子のクラスメイトの突然の大声で途切れた。
「女子のみんなぁ!朗報だよ、朗報!!次の体育、雨だから隣のBクラスと合同だってー!!」
教室にいた女子達から「うそーっ」とか
「やったー」などといった凄まじい歓声が沸き上がる。
男子達は反対に肩をがっくりと落とし、一気にテンションが落ちている。
な、なにゆえ………?
「な、なんで皆こんなに喜んでるの?」
玲ちゃんが隣で苦笑した。
「ははっ、やっぱ葵衣ってなんかズレてんだよね。あのね、それは例の彼が隣のクラスにいるからだよ」
れ、例の彼……?
「ほら、昨日話してた早坂君の事だよ。せっかくのチャンスなんだし、この機会によーく奴の姿を瞼に焼き付けておきなよ。まあ、一度見れば忘れないだろうけど」
はっ、はやさか君!?
いきなり飛び出してきた名前に、なぜか一気に顔に熱が集中する。
玲はそんな葵衣の様子を見て、眉をしかめた。
「葵衣……?」
「ううん、なんでもない……早く更衣室に行こ!」
私は慌てて玲ちゃんの腕を引っ張って、教室の外へ出た。
今日の体育は女子はバレー、男子はバスケだった。
体育館は二クラス合同のため生徒の数も多く、熱気に包まれている。当分じぶんたちの順番がまわってくることもないので、ほとんどの生徒達は壁の端に座って雑談を繰り広げることになった。
由里香は待ってましたと言わんばかりに、私たちを男子側の壁へと引き連れていく。
「あーっ!!もう試合が始まっちゃってるよお」
なるほど。
周りを見ると、どうやら他の女子生徒も同じ事を考えているらしく皆集まってきているようだ。
あちこちで「早坂くーん」と呼んだりする声や「きゃー」とかいう悲鳴が聞こえてくる。
コート内でボールを奪い合う男子達に目を走らせると、中でも一際目立つ男子の姿が目に入った。
あっ………!
「うーん、やっぱり早坂君って今更だけどすごい人気ね。驚いたわ」
「スポーツも出来るなんて、こりゃ反則だよね。あー、うちもバスケやりたいなあ」
由里香はというとクラスでも目立つ派手な女の子達に負けじと応援しに前に出ていったようだ。
「葵衣、早坂君どれかわかった?」
私はこくこくと頷いた。
やはり彼はあの早坂君だったのだ。
遠目ではあったけれど男子の中で早坂君はやはりダントツにうまいのが分かる。
知らず知らずのうちに目で彼の姿を追ってしまうのだ。
「あーでも、あの人も結構かっこいいわね」
そう恵理が言って突き出した指のさきには、少しパーマがかかった髪を茶色く染めた男子生徒がいた。
「あれって確か早坂君と仲がいい、芳沢君だよね。そういえばあの人、一見早坂君がいるから目立たないだけで性格も明るいし、それなりに人気あるって聞いたな」
試合終了のホイッスルが鳴ると、芳沢君とかいう人は何だか楽しそうな表情を浮かべて早坂君と喋っていた。
仲がいいというのも玲ちゃんが言うようにあながち嘘ではないらしい。
じっとそんな様子をふたりに並んで見ていると、ふと早坂君と目があったような気がした。
えっ……?
き、気のせいだよね………?
こんなに人がたくさんいるし、早坂君が私に気付くわけがないじゃない…
「あおいーっ!!次うちらの番だってー!!」
チームメイトの子の呼ぶ声がした。
私は早坂君の方から目をそらすと、動揺を隠しながら、じぶん達のコートへ向かった。
それでも、まだ早坂君が私をずっと見ていたなんて気付くはずもなかった。