第38話「運命や、いかに」
カー
カー
バサバサという羽音に驚いて、思わずビクリと身体が揺れる。
見上げると、夜空に紛れて黒い影がぐるりと円を描いていた。
雲に紛れてうっすらと見え隠れしていた月が次第に光を失っていく。
なんだか今夜が酷く不気味に感じられるのはきっと気のせいでも何でもないだろう。
昼間はあんなに開放的で爽やかな緑が広がっていた森は、姿を一転させどこまでも深い闇色に包まれていた。
お願いです、神様。
もはや一生のお願いでもいいです。
―――今すぐ。今すぐこの場から消え去らせて下さい。
「白崎さん?」
「っ…!!」
突然背後から名前を呼ばれ、身体が驚きで跳ね上がる。
振り向くと、心配そうにこちらを見つめている雪平君の姿があった。
「…、あっ、雪平くん…」
び、びっくりした……
ほーっと、安心して胸を撫で下ろす。
バクバクと心臓が飛び出しそうなほど高鳴っていて、下手したら雪平君にまでバレてしまいそうな勢いだ。
「大丈夫?無理そうなら辞めておいた方がいいんじゃ…今ならまだ間に合うし」
「う、ううん、大丈夫…ありがとう」
「そう?…でもホント無理しないでね」
雪平君に微笑まれて、思わず顔が引き攣りそうになる。
ごめんなさい、雪平君。
大丈夫なんて大嘘です。真っ赤な嘘です。
…本当なら今すぐここから引き返してしまいたい。
なんでこんなことになってしまったんだろう、と人知れずため息をつく。
まさか―――…、
昨晩由里香が言っていたサプライズイベントが『肝試し』だったなんて思いもしなかった。
先輩達から喜々としてサプライズイベントの内容を発表された時、思わずその場で卒倒してしまうかと思ったぐらいだ。
何でよりによって…『肝試し』なんだろう?
小さい頃から得体の知れない「おばけ」という存在が怖くて大嫌いで。
家族がホラー映画を居間で見始めようもんなら、自分の部屋に引き篭もり、テレビの音が聞こえてくるのも嫌で耳を両手で塞ぎじっと耐えていた。
何をそこまで怖がることがあるのかってよく言われたけど……
そんなの私が聞きたい。怖いものは怖いのだ。
今だって必死に自分を気力で奮い立たせてるから動けるだけの話なだけで。
泣きたいのを何とか堪えて、俯く。
うぅ〜…誰か助けて…
「はいはーい!じゃあ、皆よく聞いてね!今から皆に一本ずつクジを引いて貰うから!同じ番号の人がペアの人よ。そのペアの人と一緒に、森の奥に祠みたいなところがあるから、そこにお供え物をして元の道を引き返してきてくださーい!それじゃあ順番に引いてって!言っておくけど、1回引いたら交換不可だからねー!」
香帆先輩が缶のようなものを片手に、そう叫んだ。
缶の中では何本もの割り箸がからころと音を立てている。
その途端、ざわざわと浮き足立ったようにその場が騒がしくなる。
男子も女子も、囁き合いながら何だか楽しそうだ。
何がそんなに楽しみなのだろう、とこの場の雰囲気には相応しくないことをつい考えてしまう。
むしろそこまで楽しみに出来ることが本当に羨ましい。
「…とうとう来ちゃったわね」
「えっ?」
由里香が珍しく、緊張した面持ちで隣に立っていた。
少し強張った表情とその台詞から、意図を読み取ることが出来なくて首を傾げる。
来ちゃった…って、もしかしなくとも肝試しのことだよね?
…あっ!もしかして由里香も怖いのかな?
そうだよね。昨日の夜聞いた限り、さすがの由里香もサプライズイベントが肝試しだってことまでは知らなかったみたいだし。
仲間を見つけたことに喜びを感じ、ほっと一息つく。
「だ、だよね。やっぱり由里香も?」
「当ったり前よ!このクジに全てがかかってんだから」
……クジニスベテガ、カカッテイル?
予想の外れた答えに、一瞬動きが止まる。
あ、あれ…?
「城乃内のヤツを筆頭に他の女子だって、皆早坂君のペアのポジションを狙ってるわけだし。でもその特等席はたった一席。ホント運に頼るしかないんだから!」
そ、そういうことか…
同士ではなかったことに、がっくりと肩を落とす。
「ちょっと!アンタだって他人事じゃないんだからね、葵衣!雪平君だって、早坂君ほどじゃないけどそこそこ人気あるんだから。てか昨日言ったけど、自分から今日一回でもいいからアンタ雪平君に話しかけたの?」
話はした…が、自分から話しかけたといえば、そうではない。
いつも雪平君が話しかけてくれるのがきっかけだったような気がする。
首をふるふるとゆっくり振ると、その動作を見て、由里香が呆れたように盛大にため息をついた。
「はーっ、そんなんじゃいつまでたっても先には進めないわよ!まったく…」
ぶつぶつと不平を言う由里香に、苦笑を漏らすことしか出来ない。
するといつのまにか、周りはクジを引き始めていたらしい。
自分は何番だったと主張する声や、相手を見つけて騒いでいる声があちこちから聞こえてくる。
「はい、次はあなた達の番よ。由里香からどうぞ」
「…香帆姉、これ、細工とかないよね?」
「あるわけないでしょ!いいから早く引きなさい。まだ他にも引いてない子いっぱいいるんだから」
「はいはい。…お願い、神様!」
そう言うのと同時に、由里香が割り箸の束から一本引き上げる。
「2番、ね。ペアは後で1番から順に発表してくから、ちょっと待っててね。はい、めがねちゃんもどうぞ♪」
目の前に差し出された割り箸の束を、じっと見つめる。
私は目をぎゅっと瞑ると、えいっと適当に一本割り箸を掴んだ。
「7番…やったじゃない、めがねちゃん!ラッキーセブンよ」
「は、はあ…」
やたら嬉しそうな香帆先輩に相槌を打つことしか出来なかった。
「7」という数字が、割り箸の先に黒いマジックで書かれている。
ラッキーセブンも何も…肝試しであるという時点でアンラッキーとしか言い様がない。
「あおい、葵衣っ!早坂君何番だったのかなあ?」
自分の腕に腕を絡めてきた由里香の視線は、今まさにクジを引こうとしている健人君に釘付けになっていた。
周りを見渡すと、どうやら他の女の子達も気になっているようだ。
ちらちらと健人君に視線を向けているのが分かる。
さすが、健人君。やっぱり人気者だなあ…
「おらぁ!皆クジ引き終わったな!?まだ引いてないやついたら、今のうち申告しとけよ?じゃなきゃ、俺らと一緒にオバケ役になっちまうからな!!」
そう言う伊淵先輩に、どっと笑い声が巻き起こる。
「じゃあ、ペア発表するぞーっ!てめぇら、耳の穴かっぽじって、よーく聞いとけよ!!」
沸き上がる、歓声の嵐。
そして一瞬にして、水を打ったように静まり返った。
誰もがじっと耳を傾ける。
「それじゃあ、1番―――――」
手元にあるのは「7」の数字。
ラッキーセブンか、
はたまたバッドセブンか。
神のみぞしる、運命はいかに―――――………