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第34話「不可解なこころ」

バスを降り立った場所から、歩いて約5分ぐらい。

到底車が通るには無理そうな小道に沿って歩いていくと、樹々の間から次第に建物の屋根が見えてきた。


目の前に現れたのは森に囲まれ青々とした芝生の上に建てられた山荘風の建物。

木の屋根に白壁と、まるでヨーロッパの建物を基調としたような外観に、つい足を止めてぼーっと見惚れてしまった。


うわああぁぁ…

こんなところがあるなんて……


「うひょーっ!マジでか!?」


建物を目にした瞬間、伊淵先輩から甲高い感嘆の声が上がる。

なに変な奇声上げてんのよ、と香帆先輩が呆れた表情で横槍を入れるが、まったく香帆先輩の声が耳に届いていないのか、伊淵先輩は興奮気味にバシバシと板倉先輩の背中を叩いた。


その途端、「うっ」と板倉先輩から小さな呻き声がもれる。

傍から見ていても、ちょっと痛そうだった。


だ、大丈夫だろうか?


「お前の叔父さん、すげぇじゃん!!」

「…あ、ああ。まだ、始めて間もないし……ケホッ、たぶん叔父さんたち中にいると思うんだけど……」


板倉先輩は顔からズレた眼鏡をついと片手で押し上げてから、玄関に目を移した。

随所に細工が施された洋風の扉は、艶がありとても立派なものだ。


す、すごいなぁ〜……

なんだか本物の貴族のお屋敷みたい……!


思い浮かんだ自分の考えにハッと顔を上げる。

さりげなく視線を彷徨わせて、ある一点を捉えた瞬間、思わず私は息を呑み込んでしまった。


うわあぁぁぁ……

実写版(?)アランドールだぁ…


雪平君は目を細めて、眩しそうに建物を見上げていた。


―――それはまるで1枚の絵画から切り取ったような美しい構図。

身にマトう儚げな空気や上品さ…その姿は貴族そのもので。


ペンションの周りをとり囲む美しい森ですら舞台のセットに見えてくるから不思議だ。

本の世界に取り込まれたような、夢を見ているような…そんな感覚に陥ってしまう。


も、もったいない…!

この構図、小百合さんにも見てもらいたかったなぁ……


きっと小百合さんが見たら、びっくりするに違いない。

その時の小百合さんの反応を思い浮かべて、笑いそうになるのを何とかこらえる。


すると、私が見ていることに気付いた雪平君がきょとんとして私を見返してきた。


あまりにもじっと見つめすぎていたのだろう。

すでに妄想の世界に旅立っていた私は、その問うような視線に慌てて意識を引き戻した。


な、なにやってんの、わたしってば……!

こんな時まで妄想に浸っちゃうなんて……


この、身にしみこんでしまった癖を、今すぐ自分の中から追っ払ってやりたくなった。


は、恥ずかしる…


雪平君と目が合った瞬間、気まずくなって顔を俯けると、クスクスと雪平君から小さな笑い声が聞こえてきた。

おそらく―――いや、間違いなく私に対して笑ったのだろう。


一気に顔に熱が集まるのを感じた。


うぅ〜…恥ずかしいよお……

ぜったい雪平君、私のこと変な子だって思ったよね……


そりゃそうだろう。

妄想の世界に入り込んでいるし、じっと雪平君のこと見ちゃったし、顔をすぐに赤くするし…

雪平君から見たら、挙動不審以外なんでもない。


合宿が始まってまだ間もないのに…思い起こしてみれば、雪平君には変なところしか見られていない気がする。


あ、ありえない……


情けなさのあまり、泣きたくなってきた。


「ちょっと葵衣?顔赤いけど…」


由里香の不審そうな目に、我に返る。


「うぇっ!?え、あの、ちょっと暑くて…」

「ちょっと〜そんなんでこれから大丈夫なワケ?まっ、確かに暑いけどさ〜。思ったよりは涼しいし…さすが山奥だけあるよねぇ」


な、なんとか誤魔化せた……のかな?


由里香の納得したような声に、苦笑を零す。

もう一度雪平君をちらりと盗み見てみると、雪平君は他の子と何やら楽しそうに談笑していた。その様子にホッと息を吐く。


はぁ〜っ……

この妄想癖なんとかしなきゃなぁ……


―――この時……

恥ずかしさに囚われて何も考えられなくなっていた私は、自分に向けられていたもう一つの視線に気づく事が出来なかった。



*** *** ***



板倉先輩の叔父さん夫婦は「暑い中よくこんなところまでいらして下さいました」と温かな笑顔で出迎えてくれた。


優しそうなところとか、やっぱり親戚だけあって板倉先輩とどことなく似ているような気がした。


それから挨拶を済ませ、すぐに部屋に通されると、やっとのことで荷物をおろすことが出来た。

部屋は女子と男子それぞれひと部屋ずつの合わせて2部屋を借りるらしい。

人数もそこまで多くないため、部屋の中は随分とゆとりがあるように感じられた。


はあ〜…重かったぁ……

もうちょっと減らしてくれば良かったかなぁ?


肩にくい込んでしまいそうなほど、ぎっしりと詰められた重い荷物。

下ろした後も、じんじんと肩に痺れるような感覚が広がっている。


うーん、そんなに荷物を詰めた覚えもなかったんだけどなぁ……

入れたのは確か衣服類とタオルと洗面具ぐらいで……

あと他には何入れたっけ?


自分の荷物をじっと見つめ、首を捻る。

今開けてしまうと、弾けて色んなものが飛び出てきそうで、なんとなく怖くて中身を確かめる気にはなれなかった。


「……チャンスよ、これは」

「はい?」


ちゃんす?


いきなり横から聞こえてきた声に、驚いて振り向くと、由里香が真剣な目つきで何やら考え込んでいた。

由里香は「そうよ」と頷いてから、そのまま真っ直ぐな瞳を自分に向けてくる。

ただならぬ気迫に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。


「―――いい?葵衣…合宿は2泊3日しかないの。分かる?」

「う、うん…?」


由里香が何を言いたいのか分からなくて、首を傾げる。


2泊3日…なのは、もちろんすでに知っている。

知らずに合宿に来たというひとがいるとは、ちょっと考えにくい気もするが……


「だーかーらーぁ…。はぁ〜っっ、ホントにアンタって鈍いわね!合宿ってどういうもんか分かってる?」

「え…えっと…」


が、合宿?

合宿っていえば――――……


「ええっと、クラブごととかに、目的を達成したり鍛えたりするための―――……っっ!?」


な、なんで!?


思いっきり後頭部をいきなり容赦なくたたかれて、痛さのあまり頭を抱え込む。

きっと漫画だったら〈バチーン!〉なんて効果音がついていたに違いない。


ま、間違ってないよね?

な…なんでたたかれたのだ?


ワケが分からなくて恨めしげに由里香を見上げる。


「バカッ!!誰もそんな答え求めてないってーの!!あのねえ、合宿っていうのは要に『お泊り』なの!!それがどういう意味か分かる!?」

「お…とまり?」


それは勿論分かっているが―――……


「そうよっ!つまり、片時も離れず早坂君といられる数少ないチャンスだって言ってんの!!ここでチャンスを逃すわけにはいかないのっ!!」

「へっ?」


か、片時も離れず―――って……

由里香の大胆な発言に、思わず顔が真っ赤になる。


すると、由里香はきょろきょろと確認するように辺りを見回してから、声をひそめて耳元で話し始めた。


「…しかもチャンスを狙ってんのは、当然私だけじゃない。ほら、アイツ見てみなさいよ―――城乃内のヤツ」


ほらっと由里香に首で促されるまま、その方向に目を移す。

特に変わったところがあるように思えないのだが……


「どこ見てんのよ!アイツの服と顔を見なさいよ。あの露出しまくりの服にど派手なメイク……あれで早坂君を誘惑する気まんまんよ」

「ゆ、ゆゆゆ誘惑!?」


確かに、格好がちょっと寒そうだなぁ〜なんて呑気に思っていたけれど…

まさか「誘惑」なんて言葉が出てくるとは思わず、そのまま思考が一時停止状態になる。


「もちろん、他にも狙ってる人はいると思うけど……とにかく!私本気でいくから!葵衣、協力してよね!!」

「う、うん…」

「よぉーしっ!素敵☆ラブサマーバケーションに向けて頑張るわよ!!」


由里香はそう意気込んで、ガッツポーズを「うしっ」と決めた。


由里香、ホントに健人君のこと好きなんだなぁ〜……


そんな由里香を見て笑おうとしたが、なぜか上手く笑えなかった。


……え?


一瞬、体が固まる。



由里香を応援してあげたいと思う気持ちは確かなのに―――

相反して重たい鉛のように深く沈んでいく心…

そんな自分に困惑が隠せなくて、しばらくのあいだ由里香の言葉が耳に入らなかった。


な、なんで―――――?

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