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**閑話(健人視点)**

―――――苛々する。


ここ最近、ずっと胸の中でくすぶり続けている感情。じわじわと体を蝕んでいくような感覚に思わずため息が零れそうになる。


白崎葵衣―――……悩みの種の張本人。


初めは面白い奴、ぐらいにしか思ってなかった。

外見は分厚そうなレンズの眼鏡に髪を二つに結った、クラスで目立たないタイプの奴。だけど思ってる事はすぐ表情に出すし、それが面白くてついついからかえばバカ正直に反応を返してくるし―――……


何より媚びるような態度を俺に対してしてこない初めての女だったから、傍にいても大分気が楽だった。張り詰めていた気持ちも彼女と話しているうちに次第に和らいでいく―――そんな不思議な女だった。


いつのまにかその居心地の良さを求めて、足は自然に図書室に向かうようになっていた。

そして僅かな時間ではあったが一緒に過ごしていくうちに、彼女の新たな面を発見していくことになる。

見られている事にも気付かず、本を読みながら幸せそうに微笑んだり、ハラハラと焦ってみたり、静かに涙を落としたり……。

くるくると変化する彼女の表情は見飽きることがなく、初めはあのしつこい女達から逃れる為にここに来ていた筈が、いつのまにかそんな事すら忘れ彼女の表情をじっと見入るようになっていた。


彼女を見つめながら、気付かぬうちに芽生え始めてきていた想い。

その想いに気付いた時には愕然とした。


この俺が?

そんなバカな―――……


慣れてない感情に付き纏われ、それを受け入れるのにかなりの時間を要した。自覚した後やたらに彼女が可愛く思えて仕方がなくて、そんな自分にひどく戸惑った。

無意識のうちに何度か彼女を襲いかけたこともある。


だが、心中で葛藤を繰り返している俺とは対照的に、のほほんと微笑んでいる彼女に対して腹立ちすら湧いてきていた。


人の気も知らないで……何でコイツはこんなに無防備なんだ?

姉貴にも兄貴にも気付かれているというのに、何故コイツだけが気付かない?


「どうした?今日調子悪いじゃん」


指先から放たれたボールは弧を描き、僅差でゴールの端に当たって勢いよく跳ね返った。

落ちた後も小さく弾んでいたボールを片手で拾い上げると、小さくため息をつく。

直樹の言う通りここのところずっと不調続きだった。思うようにボールが飛ばず、なかなかゴールが決まらない。


俺と直樹は時々こうやって人のいない時間帯を狙って、バスケをしにわざわざ体育館にまで来ていた。

初めは直樹に無理矢理連れ出されてあまり乗り気ではなかったのだが、いつのまにか全ての事を忘れて何かに没頭できる、俺にとって欠かせない時間になっていたらしい。


だが、気分転換にやっている筈のバスケも今は何の気の紛れにもならなかった。

頭の中を支配しているのは彼女のことだけで…自分だけがこんなに悩まなきゃならない事が、ひどく理不尽な事のように思えてならなかった。


「なになに?何かあったの?お前がこんななんて珍しいじゃん」


「別に」


愉快そうに尋ねてくる直樹にそっけなく返事を返すと、直樹は面白くねーなぁと言わんばかりに拗ねたように唇を突き出した。そんな直樹を冷たく見返してから、再びシュートを放つ。

だかそれもやはり不発に終わり―――……


くそっ!


腹立ち紛れに足下に転がってきたボールを蹴り上げようとした瞬間だった。


「あれ!?」


直樹の驚いたような声に、動かしかけていた足をピタリと止める。


何やってんだ俺は……


発散出来なかった苛立ちを無理矢理胸の中に抑え込んで後ろを振り向くと、誰かが体育館に入ってきたようだった。

直樹の知り合いのようだが興味が湧くはずもなく、転がっていたボールを拾おうとした………が。


「なんだ、誰かと思ったら白崎さんじゃん」


耳に触れていったその名前に、思わず一瞬体が固まった。


空耳か?


ボールを右腕に抱え、ゆっくり体を起こしてから振り返る。


憎たらしいほどずっと頭から離れずにいる存在―――彼女だとしたら…何故こんなところにいる?


ちょうど直樹の体が壁になっていて彼女かどうか判断しかねたが、ちらりと見えた姿は間違いなく彼女だった。彼女も俺がいる事は、まだ気が付いていないようだ。

声が遠くて話の内容まで聞き取れなかったが、直樹は随分と楽しんでいるように見えた。


途端に、カッと身体が熱くなる。


あの笑顔を直樹にまで見せているのかと思うと、胸に突き刺さるような怒りが急激に込み上げてきた。


なんなんだ一体―――……

なぜ俺がこんな思いをしなきゃならない?


怒りにまかせて半分ヤケ気味にゴールを目掛けてシュートをうつと、なかなか入らなかった癖に、今度は皮肉にもネットを掠りもせず綺麗にシュートが決まった。


「おい、健人!そろそろバスケやめねーと次の授業始まるぞ!」


そう声をかけてくる直樹すら疎ましく思えて、そんな自分に対して呆れた。

こんな事一度もなかったのに―――……


直樹の背後から姿を現した彼女はどうやら本気で俺の存在に気付いていなかったようで、驚いて目を見開いている様子が目に入った。


完全に自分の八つ当たりであることは分かっていたが、不機嫌さを隠すことが出来ずにそのまま彼女を睨みつける。すると彼女は怯えたような表情を浮かべ、泣きそうに顔を歪めていた。


クソッ……こんな顔がさせたいわけじゃないのに。


意志とは裏腹に、冷めきっていく表情を止めることができない。

直樹の困惑したような呼びかけにも答えず鋭い視線を容赦なく向けると、彼女は俺の視線に身体を震わせて、体育館から駆けだしていってしまった。


遠くなっていく後ろ姿を呆然と見つめながら、直樹は首を傾げた。


「いきなりどうしたんだろう…白崎さん。あっ!もしかして健人のことが好きで、見つめられて急に恥ずかしくなっちゃったとか?」


からかいを含んだ声に、俺は直樹を無言で睨みつけると、返事をせずにボールを片付けてさっさと体育館を後にした。後ろから慌てたような直樹の声が聞こえてくる。


彼女が俺に想いを寄せるなんて有るわけがないのに―――……


ありえない現実に、ふっと自嘲的な笑みを浮かべる。


半ば強引に取り付けた勉強を教えるという約束も、単なる俺の願望のようなものでしかなかった。

体育館での一件以来俺の苛立ちは一向に収まる気配を見せず、部屋で彼女とふたりっきりになった瞬間理性が吹っ飛ぶのを抑えられなかった。


―――駄目だ。

彼女をこれ以上、怖がらせるわけにはいかないのに…


本能が先立ち、彼女を滅茶苦茶にしてやりたくなる衝動を必死に堪える。

彼女の顔から眼鏡を取り払うと、露わになる可愛らしい顔。


初めて―――彼女が歓迎会で酔っぱらったのを放っておけずやむなく家で介抱した時、寝るには邪魔かと思い彼女から眼鏡を外した瞬間、思わずその顔に見惚れた。

こんな綺麗な顔をしているのに何故いつもあんな格好をしているのか不思議でならなかったが……俺にとってはむしろ好都合だった。彼女に余計な虫が付いても困る。


不安そうに揺れている潤んだ瞳に上気した頬、柔らかそうな唇――…どれも俺を煽っている様にしか見えなくて、我慢できずに本能のまま目の前の彼女の唇を塞いだ。

角度を変えて、彼女の唇を堪能する。

あまりの甘い誘惑に理性は引きちぎれそうになっていた。

勉強会の事などとうに頭にない。


ああ、ヤバい。

病みつきになりそうだ―――……


理性崩壊寸前にタイミング良く飛び込んできたのは、意外にもお袋だった。

あまりのタイミングの良さに舌打ちする。


姉貴め……こういう事か。

出掛ける間際に残していった言葉の意味をやっと理解する。

姉貴の得意げな顔が思い浮かんでくるようで、一気に胸糞が悪くなった。


邪魔されたことに加え、姉貴の思い通りになってしまったことに不機嫌になった俺とお袋で一悶着あった後、彼女をお袋にとられていつのまにか二人は仲良くなってしまっていた。お袋もすっかり彼女のことを気に入ったらしい。


「くぁーっ、可愛いな葵衣ちゃん!健人、明日も絶対連れてこいよ。まぁ、お前と葵衣ちゃんを間違っても2人っきりにはさせねーけどさ」


と彼女を送った後、お袋はカラカラと笑いながらそんな事を言ってきた。

また厄介な邪魔者が増えたとその言葉に俺は力なく肩を落とした。


その日から約一週間にわたる猛勉強を終え試験も終わり、結果発表の日の放課後―――……


学校から帰宅し部屋で本を読んでいると、静かな空間に突然チャイムが鳴り響いた。

生憎家には俺以外誰もいなかったので、しぶしぶ腰を上げる。


インターホンに出るのも面倒でそのまま玄関のドアを開くと、いきなり小さな紙袋を突き出された。


目の前には目をぎゅっと瞑って、微かに顔を赤らめている彼女…


まさか彼女だとは思わなくて驚きのあまり動きを停止させていると、そろそろと目を開けた彼女は遠慮がちにこちらを見て口を開いた。


「あ、あのっ…ありがとうございました!えっと、健人君のおかげで、3番とか信じられないような成績をとれて……それで、さ、差し出がましいかなとは思ったんだけど…これ、良かったら」


そのまま俺が紙袋を受け取るのを確認すると、呆然としてる間に、頭を下げてその場から逃げ帰るようにいなくなっていた。


我に返って袋を開けると、中にはクッキーが入っていた。

どうやら市販のものではなく手作りらしい。


どうせならクッキーよりも彼女からの愛情が欲しかったぐらいだが……。


そうは思っても込み上げてくる嬉しさを抑えきれず、俺は彼女の去ったあとを見つめながらふっと笑った。


あれだけ鈍感な彼女にそれを求めるのはまた早いのかもしれない。

だが彼女を独り占めにしたいという思いはますます強くなるばかりで…誰にも彼女を触れさせたくない。

それは紛れもない“独占欲”。


長期戦は最初から覚悟の上だ。

あの彼女をどう自分に振り向けるか……綿密に計画を練る必要がありそうだな。


いつか必ず俺のことを好きだと言わせてやる………

覚悟しろよ、葵衣。

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