第32話「運命の結果発表」
差出人:小百合さん
件名 :小百合です♪
本文 :葵衣ちゃんのテストが終わったら、私も夏休みにじっくり話がしたいわ♪今度、葵衣 ちゃんの都合のいい時の予定を教えてね!楽しみにしてま〜すvv
*小百合*
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今日は待ちに待った定期テストの成績結果が学校の掲示板に貼られる日だ。
それは同時に夏休みの補習のメンバーの発表もかねているため、テストの出来があまり芳しくなかった生徒たちにとって今日という日はある意味、死刑の宣告を待つ囚人のような気分なのかもしれない。
貼り出されるのは昼休みということで、午前中の授業の生徒たちの心はここにあらず状態。
夏休みがかかっているため仕方がないともいえる事態に、教師たちもため息をつきつつ、そんな生徒たちの様子を黙認していた。
夏休みを見事獲得できるか、
惜しくも逃して補習三昧という手に入れたくもない地獄行きへの切符を獲得することになるか―――……
明暗を分ける運命の瞬間を目の前にして、校内全体がそわそわと落ち着かない空気に包まれている中、ここにも2人似たような症状になっているものがいた―――
「ちょっと葵衣!あんた、フォークから唐揚げが落ちてるわよ!って…由里香!!アンタは牛乳が口から垂れてる!!ちょっ…、汚いからさっさと口を拭きなさいよ!!」
恵理の声に我に返って視線をつくえの上に落とすと、いつのまにか唐揚げがころんと転がっていた。
「………ぅえっ!?」
う、うわーん!!
せっかく祐がつくってくれた唐揚げが…!!
思わず口から情けない泣き声に近いものが漏れる。
大丈夫?という玲ちゃんの言葉に頷きつつ泣く泣く唐揚げを拾い、嘆息して隣りを見ると、由里香がぼーっとした表情を浮かべたまま口にストローをくわえていた。
唇の端から牛乳が一筋垂れていて、そのままつくえの上に滴り落ちている。
由里香はまったくその事に気付いていない様子で、右手に牛乳パックを持ち左手で頬杖をついたまますっかり上の空だ。
ゆ、由里香……?
声に出して呼びかけてみるが、聞こえていないのか返事はない。
「うーん、こりゃ重傷だね…」
そう言って苦笑する玲ちゃん。
恵理は小さくため息をつくと、素早い動作で由里香から牛乳パックを取り上げ、ティッシュでやや乱暴気味に由里香の顔を拭き始める。
すると突然虚ろだった由里香の目が大きく見開かれ、
「痛ぁ〜い!!」
と由里香が驚いたように悲鳴をあげた。
拭かれた口のまわりが赤くなっていて見ていて痛々しい。
うわぁ……大丈夫、かな?
「ちょっとぉ!?いきなり何すんのよ、恵理っ!痛いじゃない!!」
怒りを含んだ声に、恵理はしれっと言い返す。
「いつまでたっても現実に戻ってくる様子が見えないからよ。逆にこうやって無事に帰ってこれたんだから感謝してほしいぐらいだわ」
「はぁ?」
「ったく……どーせ結果が気になってしょうがないんでしょ?」
ギクッ。
由里香に向けられた言葉なのに、由里香と一緒に思わず固まってしまった。
幸いなことにそんな私の様子に気付かなかったのか、恵理がそのまま言葉を繋げる。
「今更悩んだところでもう結果は決まってんだから。補習になったら補習になったで潔く諦めなさいよ」
慰めともとれなくもないのだが、辛辣な言葉にカチンときてしまったらしい。(ある意味図星ともいえるが…)
由里香がものすごい形相で睨みつける。
「諦めらるわけないじゃないっ!!だって高校生活初めての夏休みなんだよ!?補習なんて冗談じゃないのに……なのにっ!!あんなに数学が難しいなんて誰も思わないじゃない!なんなのよアレ!!なんで教科書の基本レベルを超えて、応用問題ばっかなの!?」
―――そうなのだ。
無意識のうちに私はうんうんと頷きつつ、試験の日のことを思い出す。
本当に今回の数学のテストは予想以上に難しかった。
あれから毎日のように健人君に2時間も数学をびっちり教えてもらい、大好きな読書も一切絶ち、テスト前日は万全を期して8時には就寝について試験に臨んだというのに――…
問題を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
気付いたときには試験が終わってしまい呆然としていたけれど、数学がその日の最後の試験科目だったからまだ良かったのかもしれない。
あのまま他の科目の試験があれば、間違いなくショックな気持ちを引き摺って、その科目にも影響が出ていたに違いないから…
出来が良かったのか悪かったのか、自分でもそれすら分からない―――何ともいえない曖昧な状況に不安だけが募っていた。
うぅ……結果がこわいよぉ………
昼休みのことを思うだけで、じっとしていられないような衝動が押し寄せてくる。
中学生の頃はここまでテストの結果を気にしたことがなかった。
だが……今回ばかりはどうしても点をとらなきゃならないのだ。
-----俺が教えてやったんだ。全教科合わせて10番以内に入れ。お前ならいけるだろ。
もし10番未満だったら――…分かってるだろうな?-----
テスト前日になって言われた恐ろしい宣告…
あの時のニヤリと笑った不敵な表情を思い出してしまい、そのまま頭を抱え込んでしまいたくなる。
もし10番未満だったら……その時の自分を考えるだけで泣きたくなった。
確かにせっかく健人君の大切な勉強の時間を削ってまで教えてもらったのだから、自分でもいい結果だといいなという思いもある。
だが、進学校であるこの学校で30番以内に入ることだって決して容易いことではないはずだ。
それがいきなり10番以内とはいくらか無謀な気がするのだが……
「はぁ〜…結果見たくない……」
本音が思わずポロッとこぼれる。
未来に全く希望の光が見えないことに肩を落とすと、そんな自分に玲ちゃんが気付いたのか、
「大丈夫だって、葵衣なら。うちなんて今回3教科ぐらいヤバいのあるしさ!」
と笑って、ぽんぽんと肩をたたいて励ましてくれた。
玲ちゃ〜ん…
目の前の美少年ばりの優しい笑顔につられて、微笑み返す。
うん!こんなひとが先輩だったら一生ついていきます!って私も慕っちゃうよなぁ……
えっと…また名前忘れちゃったけど、何とか君の気持ちもすっごく良く分かるよ!!
恵理と由里香がすぐ傍で激しい言い争いへと発展しているにもかかわらず、えへへと照れ笑いする葵衣とそんな葵衣を見て微笑んでいる玲の間には平穏でほのぼのとした空気が流れていた。
―――ものすごい気温の差である。
だがそんな空気もつかの間、それを破る勢いで、突然廊下に大きなどよめきが走った。
なっ、なに!?
何事かと思い顔を廊下に向けると、ひとりの男子生徒が大慌てで教室に駆け込んできた。
「おいっ!結果が貼られたってよ!!」
「うっそ!!」
「マジでか!?うっひゃあー死ぬぅーっ」
「早く見に行こーぜ!!」
その声に数人の男子たちが立ち上がり、廊下へと目にも留まらぬ速さで飛び出していく。
彼らに続くようにして、それぞれ落ち着きのない不安そうな面持ちでクラスメイトが次々に立ち上がり始めた。
きっ、きたぁ―――――!!!
男子の言葉を聞いた瞬間から、飛び出しそうなほど高鳴っている心臓。
一呼吸おいて、気持ちを落ち着かせるようにぎゅっと自分の胸のあたりの服をしわになるぐらい掴む。
「ほらっ、私たちも、い、いくわよ」
由里香の心なしか震えた声を合図に立ち上がってに教室のドアへと向かった。
かつてないほど緊張で顔を強ばらせている由里香を見て、大丈夫だろうかと心配に思う反面、その気持ちが痛いほど伝わってきた。
な、なんか高校受験のときより緊張するかも……
そう考えてみればおかしな話なのだが、足が竦んでしまうほど緊張しているのも事実だった。
「どっひゃあ〜すごい人!ってかもうダメ!ねぇ、恵理。どうしよう、補習だったら!!」
「だーかーらー!往生際が悪いわよ!そんなの結果見てから考えなさいよ!」
泣きそうな由里香に恵理が呆れ顔で叱咤する。
教室から出るとすでに廊下の掲示板の前には遠目に分かるぐらい人だかりが出来ていた。
うっうわあぁぁ……ど、どうしよう……
掲示板に近づくにつれバクバクと鼓動が速まっていく。
もう、神にでも仏にでも縋りたい気分だ。
お願いです……!
どうか、…どうか10番以内に入ることが出来ていますように……!!
人の頭だらけでなかなか結果が見えそうにない様子に、痺れを切らした由里香が、止める間もなく人と人の間に体を突っ込んで掲示板の前に大胆にも進んでいく。
そして暫くしてざわめきの中から、由里香の興奮混じりの叫び声が聞こえてきた。
「きゃあーっ!スゴいっ!早坂君一位だって!!800点中796点!?あっ、ありえないっ!!」
ええっ……!!?
一位の上に、800点中796点…!?
どうやったら、そ、そんな点が……!?
驚きのあまり、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
改めて健人君の凄さを実感したというか……
さすが新入生代表に選ばれただけはある……って、そりゃそうだよね。
だってあれだけ難しそうな本もたくさん読んでるんだもん……
はぁ…ホントに人間って不公平だぁ……
なぜかツクンと小さく胸が痛んだ。
……え?
咄嗟に胸に手を当てる。
なんで……なんでこんな気持ちになるの?
もともと手の届かない雲の上の人だということはちゃんと分かっているはずなのに……
健人君をさらに遠くに感じ、どこかそれを寂しく思う自分に気が付いて、体が思わず固まる。
な、なんで………?
「…い、葵衣っ!あんた3番じゃん!!」
「……え?」
その言葉を理解する前に、由里香にいきなり前から腕が伸びてきて引っ張られる。驚いて顔を上げると、信じられないことに、
3位:白崎葵衣(773点)
という文字が貼り紙の上の方に載せられているのを見つけた。
う、うそ…
3番?わ、わたしが…?
「うわっ、スゴいじゃん!さすが葵衣だねーっ……ってあー…私、59番かぁ」
「私は……32番ね。すごいじゃない、葵衣。アンタ、トップ3に入るなんて一体どんな勉強の仕方したのよ?」
玲ちゃんと恵理から賞賛の言葉をもらって、どう反応したら良いのか分からず、とりあえずお礼の言葉を言って笑ってみせる。
「やったぁ――!!私、補習から外されてるっ!!みてみてっ」
歓喜の叫び声に振り向くと、由里香が満面の笑顔で順位の貼り紙のとなりに貼られていたB5サイズの紙を指さていた。
どうやら補習メンバー表のようだ。
「わっ」
そのまま由里香にいきなり抱きつかれてよろけてしまったが、由里香の心底嬉しそうな表情を見てだんだん自分までぽかぽかと暖かい気持ちになってきて
「良かったね」と声をかけた。
ありがとー!と素直に喜んでいる由里香はとっても可愛かった。
やっぱり由里香は笑顔がいちばんだよね。
暗い顔は似合わない。
由里香が笑うだけで、その場の雰囲気が明るくなるのだ。
「やったじゃん、由里香!」
「ほら、だから言ったじゃない。でも結局何番だったわけ?」
「へっへーん、141番でした!!」
「アンタ……よくそれで補習逃れたわね」
「もう今はそんなことどうでもいいのっ!!結果良ければすべてよし!やったぁー夏休み遊び放題!!」
「はいはい」
あちこちで喜びの声や落胆の声が聞こえてくるざわめきの中、やっとじんわり胸に嬉しさがこみ上げてくる。
……ということはつまり…健人君が言ってた罰はないってこと…だよね?
よ、よかったあ〜〜…
ほっとして安堵の息を吐き出す。
今回、奇跡的にこのような結果になったのは紛れもなく健人君のおかげなのだ。
今度教えてもらったお礼をしなきゃなぁと考えながらも意識はすっかり夏休みに飛んでいた。
夏休みは1ヶ月ちょっと。
満足のゆくまでたっぷり読書ができるし、映研の合宿もあるし、小百合さんとお話出来る機会までもてたのだ。
ついちょっと前に感じていた心の違和感のこともすっかり忘れ、楽しみがたくさん詰まっているだろう夏休みを思い浮かべて、葵衣は胸を躍らせ小さく微笑んだ。
夏休みまであと少し―――
賑やかな廊下の窓から見えるのは、初夏の風で揺れている新緑の若葉。
暖かな木漏れ日が廊下に差し込んでいる。
何かの始まりを予感させる夏が今まさに
始まろうとしていた―――……
ここまでお付き合いして下さった方々、本当にありがとうございました!ということで第2部終了です(笑)いよいよ合宿編ということになるんですが、その前に健人視点が入る予定なので、少しでもそちらも楽しんで頂けたら嬉しいです(^^)♪ではでは〜*夕氷嘩*