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第29話「降・臨」

「バタン」と扉が閉まり廊下に響いた音が、妙に大きく聞こえたような気がした。


小百合さんが去っていってしまった後を意味もなく見つめたまま、私はその場を動くことができなかった。


ど、ど、ど、どうしよう……


今にも窒息してしまいそうなほど、廊下には気まずい空気が張り詰めている。

恐怖のあまり、とてもじゃないけど後ろを振り返ることができそうになかった。

早坂君の表情がどんなものか想像するだけで、ぶるっと体が震えそうになる。


こっ、こわい、怖すぎるって……!


なぜ小百合さんが唐突に出かけていってしまったのか結局分からずじまいだったけど……

小百合さんの存在一つでこうも空気が変わってしまうのなら、出かけず家に留まっていてほしかったと切に願わずにはいられなかった。

出掛けて行ってしまった小百合さんが、恨めしくすら思えてしまう。


小百合さん…一生のお願いです……

どうか…どうかもう1回戻ってきてください……!!


だがそんな願いも虚しく次の瞬間、一瞬にして砕け散ってしまった。


「行くぞ」


突然かかった声にびっくりして思わず振り返ると、早坂君はすでに階段を上り始めていた。


え、えっと……

こ、これは、つまり、ついて来いってことなのか……?


どうしたらいいのか分からず戸惑っていると、「何やってんだ。早くしろ!」と怒鳴り声が2階から響いてくる。


ひっ、ひええぇぇ〜〜!!!

私このままいくと、確実に殺される気が……!!


凄まじい気迫に逆らえずビクビクしながら二階に上がると、早坂君は無言でこちらをじろりと一睨みしてから「早く入れ」と言い、私は手前にある右側の部屋に押し込まれた。


「適当にそこらへんに座ってろ。お茶でいいか?」


早坂君にそう尋ねられ、反射的に「は、はい」と頷く。


あ、あれ……?

ちょっと機嫌が直ってる……?


「教科書とノート、机に出しとけよ」


早坂君はそう言い残して部屋から出て行ってしまった。


な、なんだぁ……

思い過ごしか……


ほっとして、ゆっくり安堵の息を吐き出す。


よ、良かった……。

体育館の件でとてつもなく恐ろしい仕返しがされるのではないかと心配だったのだが……どうやら無事に済みそうだ。


私は抱えていた鞄を床に下ろし、数学の教科書とノートを取り出してから、改めて部屋の中をゆっくりと見回した。

安心した途端、急に緊張感が舞い戻ってくる。


ここ、早坂君の部屋だよね……?


白と黒で統一された、学生にしてはシンプルな部屋。物数が少なく、すっきりと片付けられている。広さは……8畳ぐらいだろうか?

置かれているものといったら、中央に位置している大き目のテーブル、ベッド、テレビ、それから―――……


「あっ」


壁側にずらりと並んでいる本棚を見て、思わず小さく声が漏れてしまった。


う、うわあぁぁ〜〜!!

すっ、すごい量の本……!!

まさか早坂君、この本をぜんぶ……?


隙間なくびっしりと埋められている本棚に絶句したまま、貼り付いてしまったかのように視線をそこから動かせなかった。

慌てて立ち上がって、本棚に駆け寄る。


「わあっ、コナンドイルにエドガー・ウォーレス、サンパー……あっ!フレッチャーまである!!」


本棚には探偵推理小説を初めとし、様々なジャンルの著名な作家達の名前が連なっていた。

店頭に置いてあるランキングに入っているような現代の人気小説もあれば、古典文学や中には到底私には読めなさそうな資料も混ざっている。


うわあぁぁ〜!!

すごい、すごい、すごすぎる……!!!


これだけの本を読んでいるのなら、早坂君の異常なほどの頭の良さも納得できる。

私は一冊ずつ確かめるように順番に見ながらも、すっかり体は興奮で火照ってしまっていた。緊張なんて初めからなかったかのように、とっくにどこかへと吹き飛んでしまっている。


「…あ、でもさすがに恋愛小説は置いてないみたい」


当たり前か……

早坂君がそんなの読むはずがないよね……まぁ、私もなんだけど。


早坂君が恋愛小説を読んでいる姿をつい想像してしまい「ぷ」と吹き出す。


早坂君に恋愛ものってちょっと…いや、かなり似合わないかも……

読むときとか一体どんな顔して読むのかな……

やっぱり無表情とか?うわぁ〜見てみたい!!


「随分と楽しそうだな?」


ふふっと笑ってしまった瞬間、いつのまにかコップがのったお盆をかかえて戻ってきた早坂君とばっちり目が合った。

笑顔がそのまま凍りつく。


「ハ、ハヤサカクン……」


突然のことだったので、思いっきり声が裏返ってしまった。


うわーん!ばか!私の馬鹿っ!!

こんなんじゃいかにも「動揺してます」と証言しているようなものじゃないか!!


背中に汗が伝っていく。


い、いいいつのまに……!?

いつから……!?一体いつからいたの!?

まさか、独り言もぜんぶ聞かれてたとか……!?


「なあ?なに想像して笑ってたんだ?言ってみろよ」


早坂君はお盆をテーブルに置き、口元に笑みを浮かべて聞いてくる。


ひょええぇぇ〜!!

目が……目がまったく笑っていないんですけど!?


私がなにを考えていたのか、早坂君は全てお見通しであるに違いない。

し、知ってて聞くなんて……い、いじわるだ……!


「あ、その、えっと…何でもな」


「言え」


でた…!言い切り!

もはや完全に目の前には悪魔が降臨しているように思えてならなかった。絶対に私があたふたしている様子を見て楽しんでる…!


「え、えっと〜、その、ほ、本見てたら、すごい量でびびっくりして、そう!あの、嬉しくなっちゃって」


「…お前さ、そんな言い訳で俺に通用するとでも思ってるのか?」


「うっ…」


「勉強する前にいろいろと叩き直してやる必要があるみたいだな。けどその前に…」


「へ?あ、あの…?早坂君?きゃっ……」


いきなり体がふっと浮いたかと思うと早坂君に体を抱き上げられ、そのまますぐ脇にあったベッドの上にぼすっと下ろされた。


「ええっ…!?あのっ!!?」


ぐちゃぐちゃになった頭の中を必死に整理しようとしているうちに、いつのまにか早坂君が体の上に跨るようにして乗っかっていた。

その事実に気付いた瞬間、体が凍りついたように固まる。


「落とし前、きっちりつけて貰うぞ」


「…あ、へ!?お、おとしまえ?」


「ああ。忘れたなんて言わせないからな」


おとしまえ…おとしまえ…

混乱している脳で必死に思い巡らすが、ドクドクと耳元に届くほど激しく鳴る鼓動が正常な思考を妨げる。


おおお、落とし前って……いったい何の!!?


「…あ。」


ま、まさか、あの体育館?

てっきり機嫌が直ってたと思ったのに、全然そんなことなかったの…!?


そう思い当たった時には―――

すでに唇が塞がれていた。






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