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第23話「遭遇と決心」


お弁当の包みをほどいて蓋を開けると、今日は彼女の大好物ばかりだった。厚焼き卵にほうれん草のゴマ和え、可愛いらしいタコさんウィンナーも入っている。


思わず笑みをこぼした私を不審に思ったのか、隣でコンビニのおにぎりを豪快に頬張っていた玲ちゃんが隣からお弁当の中身を覗き込んできた。


「わぁーっ!美味しそう。これってもしかして例の弟クンが?」


玲ちゃんの言葉につられてお弁当を見た恵理と由里香も続けざまに感嘆の声を上げた。


「すごいわねぇ。祐君だっけ?中3なのにこんなお弁当作れちゃうなんて」

「ていうかむしろ私なんかより断然料理ウマい?なんか女として自信がなくなってきたぁ…!」


身内の欲目無しでも料理が上手なことは明らかだった。彩り鮮やかなおかずからはお腹の虫をくすぐるほど良い香りが漂ってくる。


最近祐はどうも料理に目覚めたらしい。

たまたま見ていたテレビ番組で興味を持ったそうだ。

今までは母親が2人分のお弁当を朝早く起きて作っていたが、祐が料理に関心を持ったことを知ると喜んで料理を教え始め、今では頻繁に祐にお弁当作りを任せるようになった。

料理を覚え始めた頃に比べものにならないほど、祐はめきめきと料理の腕に磨きをかけている。その証拠がこのお弁当だ。

もともと姉に似ず、祐は昔から手先が器用なのである。


それに比べて私はというと……料理はからっきしダメだ。

姉……いやそれ以前に女として終わってるなぁ、とつくづく思う。

まぁ、料理が出来なくとも今の時代にはインスタント食品という便利なものがあるから別に困ることもないのだが。


どこか虚しさに捕らわれつつ、ふっくらと焼きあがった厚焼きたまごにがぶりと噛みついた。


「それにしても一体いつまでこの天気は続くのかねぇ……ここまで続くと気分が滅入るわ」


恵理が窓の外を眺めて呟いた。

言われるがまま目を外に向けると、雨が窓を伝って滝のように流れ落ちていて外の景色が霞んで見える。


「来週には梅雨明けするんじゃないかな?もうすぐ7月になるし」

「えぇっ!?もうっ!?ぅっ、ゲホゲホ…」


玲ちゃんの言葉に驚いたらしく、由里香は飲んでいた牛乳を喉につまらせ咳き込んだ。


「ちょっと由里香、何やってんのよ…大丈夫なの?」


呆れ顔の恵理を、目尻に涙が溜まった状態で由里香は睨みつける。


「そんな事は今はどうでもいいっ!」

「はぁ?」

「試験っていつからなの!?」

「試験?……ああ、期末考査のことね。何を今更…来週からに決まってるじゃない」

「えぇ―――っっ!!?来週!?」


すっかり試験のことを忘れていたらしく、由里香は焦った表情で叫んだ。


ゆ、由里香らしい……


そんな様子を苦笑しながら見ていると、いきなり肩をとんとんと躊躇いがちに叩かれた。

振り返るとクラスの女の子が気まずそうに立っている。


何だろう……?


「あの、白崎さんと酒井さんを呼んでこいって…」

「え?誰が?」

「あそこに立ってる怖そうな女の人達……たぶん先輩だと思う」


教室のドアを見ると、ドアはスカートの短い茶髪のキレイ系のお姉さんたちの集団で占領されていた。

その迫力に「ぎゃっ」と叫びそうになるのを堪えて、慌てて目をそらしたが心臓が恐怖のあまりバクバクと高鳴っている。


いま、確かに睨まれたよね…!?

ななな、なんで!?

全然面識無いのに……また知らぬうちに私なんかやらかしちゃったの?


「それに真ん中の人は如月キサラギさんじゃないかな。…あの有名な」

「え、え?ゆ、有名?」


なにで?


「ほら、早坂君のファンクラブの…確か会長だった気がするけど…。何言われるか分からないし、とりあえず早く行った方がいいよ……怒らせたらやっかいな事になりそうだし2人とも気をつけてね」


は、早坂君のファンクラブ…!!?


身じろぎひとつさえ出来ず、そのまま固まった。

瞬間的に脳内に早坂君との出来事が走馬灯のように駆け巡り、由里香の言葉がリピートする。


-----早坂君に近づく女を片っ端から裏で呼び出してシメあげて排除してくんだって!!まさにリンチよ、リンチ!!


も、もしかしなくてもこれからリンチで排除ですか?


「ゆ、ゆりか……」


ぎこぎことロボット様になんとか体を不自然だが動かして、未だにこのピンチな状況に気付かずテストに心を奪われている由里香に呼びかける。


「ん?なによ、葵衣!今それどころじゃ――」


由里香は不機嫌そうに振り向いたが、尋常じゃないほど蒼白になっている葵衣の顔を見て目を見開いた。


「え、ちょっと、葵衣?どうしたの?」

「ファンクラブの人に、わ、私たち呼ばれたみたい…」


由里香は一瞬動きを止めてドアの方に目を向けてから、納得したようになぜか頷いた。


「由里香………?」

「いよいよお出ましってわけね……ふふっ。行くわよ、葵衣!」

「え?」


しっかりと私の右腕を掴むと、由里香はそのまま引きずるようにして教室のドアへ歩き始めた。


あまりにも突然のことに思考が一時停止していたが慌てて我に返ると、


「ぅえっ!!?ち、ちょっと待って!!ゆ、由里香?な、なんか準備してかないと…」


と抵抗の色を示すが、


「は?何言ってんのよ。準備って武装でもしていくつもり?戦争しに行くんじゃないんだから!いいから、早くっ」


―――と一刀両断され、とうとう教室のドアのところまで来てしまった。


ええぇぇえ!!?

ち、ちょっと待って待ってぇ!!

だ、だってリンチで排除されるかもしれないんだよ!?

なのに何でこんなに由里香は落ち着いてられるの!?

むしろ楽しそうなのはなんでっっ!?


助けを求めるように後ろを見るが、恵理と玲ちゃんを含めクラスメイトたちは薄情な事に、いつのまにか教室の端っこの方に移動してすでに遠巻きに見物する気満々なようだ。


お、おわった………


そんな様子などお構いなく、由里香は堂々とファンクラブの人達の目の前に立った。腕を放してくれなかったので必然的に私も……なわけで。


おそるおそる顔を上げてみると、マスカラがたっぷりと塗られた眼でぎょろりと睨まれた。


ひ、ひええぇぇ〜〜!!!


あまりの恐ろしさにがくがくと膝が震える。


「あなた達が白崎葵衣に酒井由里香ですわね?」


ゴージャスな巻き髪の先ほど如月さんと呼ばれた人が、ふんとバカにしたように笑った。


「なんだ……全然大したことありませんのね。危惧する必要もなかったわ。こんな乳臭い子供じゃ健人様もお相手にしないでしょう」


それを聞いた由里香のこめかみがピクっと僅かに動いたのが分かった。だが由里香は笑みをたたえたまま、拳を手が白くなるまでぎゅっと握って怒りを堪えたようだ。


「それで………先輩達はなんのご用で?」

「アラ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたわね。ご存知だと思いますけど健人様のファンクラブの会長を務めさせていただいてます、二年の如月キサラギスミレと申します。今回はあなた方に忠告を申し上げようとしたのですが……とんだ無駄足だったようね。まぁ、いいわ。あなた達……映画研究会よね?」


なぜか如月さんの顔が私に向いた。

いきなりで思わず息を呑んだが、なんとか慌てて頷いて肯定の意を示す。


すると如月さんの顔が恐ろしいほど歪んだ。


「くっ……ホントに忌々しいわ、あの女………。いいこと?健人様に必要以上に近付いてご覧なさい。ワタクシたちファンクラブが黙ってないわよ?」


不適な笑みを浮かべて一瞥すると、


「行くわよ、あなた達」


と言い、身を翻して如月さんは颯爽と廊下を歩いていってしまった。その後を追うようにしてぞろぞろとファンクラブの集団がいなくなり、教室に急にしんとした空気が訪れる。


「………」


あっと言う間のことに何が起きたのか理解できず、混乱した脳内を必死に整理しようとした。


え、えっと?今のって一体………


「ホントにムカつくんだけど、あのケバ女ッッ!!!誰が乳臭い子供だってぇえ!!!?」


由里香の怒りが爆発した。相当我慢していたのだろう。由里香の手のひらには拳を握りすぎてか赤い爪痕がいくつも出来ている。


興奮のあまり顔を真っ赤にしてぜぇぜぇと息を切らしていたが、怒りがおさまったのか由里香はふぅとゆっくり息を吐き出した。


「ふふ……にしてもさすが香帆姉ね。頼んどいて正解だったわ」

「え?」

「絶対早坂君目当てで映研入部希望者が後から出てくるでしょ?だから早坂君目当ての女は全員切り捨てるように頼んどいたの。もちろんあのケバ女もね。香帆ねえ曰くすんごくしつこかったらしいけど」

「じゃ、じゃあさっき言ってた〈忌々しい女〉って………」

「香帆姉のことでしょ。それに隣のクラスの高橋さんも呼び出されたらしいし。渡邉さんだってさっき廊下を歩いてる途中で引き止められたって」

「えぇっ!?」


驚いて渡邉さんの顔を見ると、渡邉さんが気まずそうに微笑んだ。


そ、そうだったんだ……

渡邉さんだけ呼び出されなかったのは、すでに忠告され終わっていたかららしい。


「色んな女に馬鹿みたいに忠告して歩き回ってるみたいだし、気にする必要も全くないわ。城乃内のヤツの次はファンクラブ……あんな奴らに早坂君を盗られてたまるかっ!!!合宿の時に絶対に今よりもっと親密になってやるんだからあぁぁ〜〜!」


由里香は雄叫びを上げ、その目はめらめらと闘志の炎で燃えていた。


今回は忠告だけですんだものの……次に呼び出されたとしたら確実にリンチであることは間違いないはずだ。あの集団に囲まれた自分を想像するだけで、ぶるっと寒気が走る。



なるべく早坂君に近付かないほうが良いのかもしれない………



どこか寂しいと思う心を閉じこめて、心の中でそう小さく決心を固めた。




まさかそれが後々悪魔の報復になるとも知らず――――………



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