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**閑話(2)(健人視点)**

その日相変わらずしつこく付き纏ってくる女達をまくのに思ってた以上に時間を食ってしまい、図書室がある階にやっとの事で辿り着けたのは5時半をとっくに過ぎてしまっていた。


「ちょっとあなた達!!健人様は見つかりましたのっ!?」

「駄目ですっ!こっちの教室にも見当たりません!!」


階段の下から女達が騒ぐ声が聞こえてきて、「ちっ」と思わず小さく舌打ちをする。


B棟まで探しにくるとは……あながち勘が外れていないところが恐ろしい。実際に俺はここに逃げ込んでいるのだから……狂ったような執念深さと鋭い嗅覚は到底人間のものとは思えなかった。

図書室はB棟の奥の方に配置されているからおそらくここまで来ることはないと思うが… 


俺は重くため息をつくと、いつまでも廊下に突っ立っているわけにもいかないので図書室へと向けて静かに足を踏み出した。



放課後図書室にいる生徒達は大抵5時半を過ぎる頃には全員下校してしまっている。ごくたまに史書の若い女がいるくらいだ。だがその史書も今は産休でいないと噂で耳にしていた。


だから当然のごとく誰もいないだろうと勝手に予想をつけて図書室の扉を開いたのに

扉を開けた瞬間、


「美智子先生?貸し出し記録って―――」


という声がカウンターの方から聞こえてきて、見事その予想は外れた。ちらりと目を向ければ1人の女子生徒がぽつんとカウンターの端のほうに座っている。言葉を途中で切ったままぽかんとした面で口を開けていたが、我に返ったのか「えっと……返却ですか?」とその女子生徒はおそるおそる尋ねてきた。

髪は二つに結われていて眼鏡をかけている、よく図書室にいそうな地味な感じの女だ。

前髪と眼鏡で隠れていたから、顔まではよく見えなかったが……


俺はその言葉には答えず、本棚に向かって歩き出す。

背中に視線が突き刺さってくるのは分かっていたが、あえて無視した。


俺がこんなところにいるのを驚いてでもいるのだろう。顔もはっきりと見られたし、もしかしたら放課後俺がここに来てる事がバレるのも時間の問題なのかもしれない。

そろそろ潮時だな……


俺はそんな事をぼんやりと考えながら、目当ての本を探し始めた。


姉貴が小説家な事もあって無理やり姉貴から勧められた本を昔から読んできたからか、今では割と結構な読書好きになってしまっていると自分でも思う。図書室は自習目的で利用する生徒もいるようだが、図書室にいる時はやはり自然と本を読んで過ごしてしまうのだ。


トリックの複雑難解さと思わぬ話の展開で好評を博しているという某人気小説家のミステリー推理小説を手に取ると、俺はそのままカウンターへと向かった。


……にしても、図書委員の仕事を真面目にこなしている生徒が存在していたとは正直少し驚いた。

「図書委員なんてサボってもばれないし怒られる事もない」と図書委員に当たった生徒達は喜んでHRが終わったらすぐに帰ってしまうのが普通なのだから。確かに図書委員の仕事なんていったら貸し出しの記録をつけるぐらいであとは暇なだけだし、サボっても決して咎められる事はない。

だからこそ大人しくカウンターの席についている図書委員の姿を目にするのは珍しいことだった。



眼鏡の女は何か考え込んでいるのか、1人で「う〜ん」と呟きながら眉間にしわを寄せて首を傾げていた。考える事に没頭しすぎて目の前の俺の存在でさえ気付いていない様子だ。

変な奴だな、と不審に思いつつも本を乱暴に突き出して「早くしろよ。お前、図書委員なんだろ」と言うと、そいつは目を丸くして俺を見てからいきなり


「星屑少年っ!!」


と叫んだ。


は?


飛び出してきた言葉に思わず自分の耳を疑う。


星屑少年?何を言ってるんだコイツは……


自分の醜態に気付いたのか眼鏡の女は顔を真っ赤にして「す、すみません。えーっと、貸し出しですね」と言いながら目を泳がせている。

だが、次にそいつの口から出てきた言葉には更に驚愕せずにはいられなかった。


「じゃあ、学年とクラスと名前を言ってもらえますか?」

「…は?」

「え?」


今、コイツなんて言った?


俺が思いっきり怪訝そうな顔をしたからなのか、意味が分からないとでもいうように女の表情は困惑で揺れていた。


「えっと……?」

「お前、俺のこと知らないのか?」


俺が驚きを隠せずそう尋ねると、眼鏡の女は本当に知らなかった様できょとんとした顔をしてから慌ててこくこくと頷く。


マジで度肝を抜かれたような気分だった。

自惚れていたわけじゃないが、どこへ行っても何故か皆俺を知っているという事実を嫌でも実感するだけでしかなかったのだ。

なのにこんな身近に俺の存在すら知らないような奴がいたとは……


名前を尋ねると、「白崎葵衣」という名前の隣のクラスの一年だった。

同学年なのに俺を知らなかったのか……本当に変なやつ……


貸し出しの記入を終えるのを待っている間にふとカウンターの横に置かれていた鞄に目をやると、鞄から覗いていたのは『星屑』という題と夜景をバックに背中を向けて佇んでいる少年が挿し絵として描かれている本。

作者名は「天音夜椰」。


思い出した。

これは確か3年前に初めて姉貴がどこかの賞を受賞したヤツだ。姉貴があんまりに煩く騒いでいたから妙に記憶が残っている。

なんでコイツがこんなもの………


「お前さ、その本好きなの?」

「本?」


白崎葵衣は動かしていた手を止めて、俺の視線の先を見た。


「本ってその『星屑』のこと??う、うん。そのシリーズはすごい好きだよ」


どこか嬉しそうに笑いながらそう告げる。

マジかよ…………

俺も一応読みはしたけど、メルヘンというか俺には合わなくて途中で読むの挫折したんだよな……姉貴には言ってないけど。


姉貴も意外に隅に置けないな、とか本人の前で言ったら半殺しにされそうな失礼な事を考えながら、ふと先ほど脳裏を掠めた疑問を思い出した。

まさか、な。


「ふーん…。さっきの星屑少年って何?」

「ご、ごめんなさい……えっと、この本に出てくる主人公のイメージがあまりにも早坂君にぴったりだったから……つい、そのぉ〜……」


しどろもどろになりながらバツの悪そうに目を伏せて答える。

その答えを聞いて思わず息を呑んだ。


……驚いた。

鈍そうだしどこか抜けてるから絶対に気付かないと踏んでいたというのに…


『星屑』の主人公である少年は姉貴曰く俺がモデル……だったらしい。

人物像がどうしても思い付かなかったらしく、本人の許可も得ず「まぁ、健人だし別にいいわよねぇ〜♪」と姉貴は勝手に話をすすめて原稿を書き上げてしまったのだ。本当にふざけた姉貴だ、とあの時はかなり憤慨して大喧嘩になった覚えがある。


だがその事実には家族である兄貴も親父もお袋も全く気付かなかったのだ。


呆然として見つめていると、彼女の顔はみるみる赤くなっていった。俺が何も答えなかったことを気にしてか今にも泣きそうに顔を歪め、そのまま俺の顔を見ずに真っ赤な顔で記入し終えた本を渡してきた。


今にも沸騰してしまうんじゃないかというぐらい耳まで真っ赤になっている彼女の様子を見ていたら、面白さのあまり気付いたときにはぶっと吹き出してしまっていた。


「くくっ……すげぇ顔真っ赤。どうやったらそうなんだ」


俺がいきなり笑い始めたことに、眼鏡の奥にある彼女の目が大きく見開かれた。

そして笑われたことが恥ずかしかったのかそのままぷぅっと頬を膨らませた彼女の顔にさらに笑いの壷が刺激され、また笑いがこみ上げてくる。


ああ、こんなに笑ったのは本当に久しぶりだ。一体何年ぶりだろう。


「お前葵衣っていったっけ?今週はずっとここにいるのか?」

「えっ?う、うん」

「どうせここにはそのシリーズ三巻までしかないだろ?続き持ってるから貸してやるよ」

「えっ!?うそっ!?いいの!?」


さっきまでのふて腐れた様子はどこにいってしまったのか。

打って変わって満面の笑顔ではしゃいでいる様子に呆れつつ、不覚にも可愛いと思ってしまった自分に驚いた。

女は苦手な筈じゃなかったのか?


「ああ。そのかわり、俺が放課後図書室にいることは絶対誰にも言うなよ」


さっきまでバレても構わないと半ば諦めていたのに、なぜか今はそう思わなかった。

媚びてくる女達とはどこか違う、ふんわりとした空気をもつ彼女。


天然かと思いきや意外にも洞察力があったり、その癖やっぱりどこか抜けていて……一緒にいると調子を狂わされる。だが不快感を感じるわけでもない。


女が傍にいるだけで疎ましかったのに、なぜかコイツだけ違った。


唯一、俺を知らなかった女。


葵衣か………面白いヤツに会ったな。


俺は図書室を出た後、ニヤリと笑みを浮かべた。



何の変哲も無い日常に色が付き始めた瞬間だった。



次話からはまた本編に戻る予定です。5話〜21話までの健人視点はもしリクエストがあったら番外編の方にupしていけたらと思ってます♪次話からは一応、第2部ということで話は定期テストの話へと移り変わります(*^▽^*)さらに甘くなりそうですが、お付き合いして頂けたら幸いです(笑)vv

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