**閑話(1)(健人視点)**
俺は昔から女が嫌いだった。―――いや、
「苦手」といった方が正しいのかもしれない。別に
「男同士」という趣味があるわけでもないし、これにはきちんとした訳がある。
あれは小学生の時のことだった。四年……いや五年の時か?
スポーツでも勉強でも特に苦手とする事はなかったし、背もクラスでは割と高い方だったからなのか俺はちょくちょくクラスの女子から告白を受けていた。
当然、色恋沙汰には興味が湧かなかったしクラスの奴らとサッカーしてる方が断然楽しかったから、告白は全部断っていたが。
当時俺にはかなり気に入ってたものがあった。叔父から誕生日に貰った結構高めのグレーのパーカーだ。
兄貴が嬉しそうに俺に自慢してきたパーカーが羨ましくてなぜか無性に欲しくなってしまい、無理を言って叔父に同じものを買って貰ったものだった。
ある日放課後かなり遅くなってから、俺はそのパーカーを教室の自分の席に忘れてしまった事を思い出し、友人との遊ぶ約束を断って慌てて教室へと走った。
誰もいないと思われた教室からは、誰かまだ居残っていたらしくぼそぼそと喋り声が聞こえてくる。
こんな暗い教室で遅くまで何をやっているんだろう?
俺は不思議に思いながらも教室のドアに手をかけ、ゆっくりと開きかけた瞬間だった。
…………え?
視界に飛び込んできた光景にドアを開こうと動かしていた手をびくりと止める。
まさに信じられないような光景だった。
俺に告白した事のある数人のクラスの女子たちが俺の席を取り囲み、あのお気に入りのパーカーを奪い合うようにしてべたべたと触ったり匂いを嗅いでは嬉しそうに笑う姿………
俺にとったらB級のホラー映画なんか比べものにならないほどショッキングな映像でしかなかった。
いつも花のように笑っている姿とはまるでかけ離れた別の生き物。
「やめろ」という言葉は何故か口からは出てこなくて俺は瞬きひとつせずに茫然としてその場に突っ立っていたが、ふと我に返るとふらつく足で教室から離れた。
今思えばアイツらの頭がイカレていただけの話なのだが、まだ子供の俺にしてみれば精神的な衝撃はとんでもなく大きかったのだ。
俺は帰宅するやいなや、偶然居合わせた姉貴に洗いざらいさっきあった出来事を話した。恐怖心のあまり誰かに話を聞いて貰わなければとても平常心など保っていられなかったのだ。手に入れたばかりのパーカーをあんな奴らに奪われたことが悔しくて涙がこぼれそうだった。
だけど姉貴は俺の話を聞くと、事もあろうかいきなり大笑いし始めたのだ。
「あははっ……面白い!!本当にそんな事があるのねえ……ぷぷっ。ほら、よくあるじゃない。好きな子のリコーダーを舐めてるクラスメイトを放課後発見しちゃう話!いやぁー良かったわね、健人。あんたモテモテじゃない♪小説のいいネタが出来たわ〜」
姉貴はひーひー苦しそうに笑いながら、そのまま二階へと上がっていってしまった。
俺は姉貴のふざけた態度に再び固まってそこから動けなくなっていた。あんなに真剣に悩んでいたというのに……唖然として言葉も出てこない。
ありえないだろ……あんなんで姉貴だっていえるのか?
俺が女が苦手になった原因が姉貴にあるといってもきっと過言ではない筈だ。
ついでにそれ以来そのパーカーは着ることは出来なかった。
中学に進学すると告白される回数はますます増えていった。街を歩くたびに逆ナンされたり、他校の男子生徒までもが彼女をとられたとか言いがかりをつけて喧嘩を売ってきたり、そんな事は日常茶飯事となっていた。
小学校からのダチである芳沢直樹は
「お前を知らねー奴、もはやこの世にいないんじゃないの?」とくつくつと可笑しそうにそんな状況を笑っていた。
本当にこれ以上はうんざりだった。
所詮、俺が少しばかり顔がいいとか勉強が出来るだとかスポーツが出来るだとか………そんなのだけで興味本位で近付いてくる奴らがマジで鬱陶しかった。
高校に入っても現状は変わることなく、新入生代表なんてやりたくもなかったのに無理矢理やらされるハメになり、俺の名はあっという間に学校中に知れ渡った。
まだ入学してから1ヶ月も経っていないというのに告白どころか、放課後には自称
「ファンクラブ」とかいう意味分かんない奴らに追いかけ回され始めた。俺がいくら冷たくあしらっても殺気に近いものを放っても、めげずにしつこく追いかけてくるのだからもはや寄生虫並だ。家まで付いてこられたら本当にかなわない。
俺は次第に放課後になると図書室に逃げ込むようになった。直樹が放課後に図書室を利用する生徒は格段に少ないらしいと教えてくれたからだ。幸い、本を読むのは好きな方だったから避難場所にはもってこいの場所だったのが唯一の救いだったが。
何で俺がこんな事しなきゃならないんだ………理不尽な思いに苛立ちだけが募っていく。異常なストレスで心身共に崩壊しかねない勢いだった。
本当にこんな生活はうんざりだ。
いい加減にしてくれ………
そんな時だった。
アイツと出会ったのは。