第16話「映研歓迎会(1)」
憂鬱な気分のまま、あっという間に放課後がやってきた。
あの後にあった授業の古文や化学にもほとんど集中することが出来ず、頭の中はぐるぐると混乱で渦巻いていた。
先生にも二回も注意を受けてしまったせいか、クラスメイト達の驚きの眼差しを嫌という程浴びてしまったし……
やっぱり早坂君に昨日のことを思い切って尋ねてみるべきなのか……
でも勘違いだったら恥をかくだけだし、万が一そうだったとしてもどう反応をしたらよいのだ?
冷静に対応し平常心がはたして保てるのか…………そんなの無理に決まっている。
自問自答を何度も繰り返したが結局答えは見つかることはなく、もやもやとした思いを拭いさることは出来ないまま放課後を迎えることになってしまったのだった。
ああ、もうっ!!
折角の歓迎会なんだし、先日のことはさっぱり忘れて今日は楽しむべきだよね?
こんなにあるかないかの事を悩んでうじうじしててもしょうがない。
よしっ!!忘れよう!!
映研(“映画研究会”の略)の新入部員歓迎会はB棟にある映研の部室で行われるという連絡を受けていたので、私は由里香と一緒に部室へ向かった。
***** ***** *****
「ここ……?」
『映画研究会部室』と書かれたプレートを見てドアの前に立ち止まる。
「うん、そうみたいだね………あーっ、なんか入るのすんごく緊張するっ!!心臓がバクバクしてきたぁ!!」
「え?由里香、緊張してるの?」
そんなに今日のことが楽しみだったのかな?
由里香のはしゃいでいる姿を見て、思わず微笑んでしまう。
「そうよ!決まってるじゃない!!だって―――って、おっと。まだ秘密だったっけ」
「秘密?」
「ふふっ、気にしない気にしない♪突っ立ってないで早く中に入ろぉ―!!」
いや、立ち止まらせたのは由里香なんだけど…
けど、本人を前に反論する勇気は勿論あるわけがなく…心の中で呟くだけに留めておく。
勢い良く部室の中へ入っていった由里香を追うようにして、私は慌ててドアに手をかけた。
部室は割合広く、一つの机に十五人ぐらい腰掛けられそうな白くて長い机が三列に縦に並んでいた。
真っ正面には大きなスクリーンが下ろされている。
脇にはロッカーが整然と並んでいて、白い棚の中にはDVDと思われる大量のディスクが置かれていた。
部室にいるのは、端の方の席に着いている新入生と思われる5人と真ん中で盛り上がっている先輩と思われる6人の計11人。
新入生達はどこか肩身狭そうにしているのが伺えた。
「思ってたより少ないね。まだ、これから来るのかな?」
由里香はきょろきょろと動かしていた目をこちらに向けると、
「多くても大いに困るんだよねえー……」
と、ぼそりと呟いた。
「え?」
「いや、こっちの話。てかまだ来てないのかなあ?」
「え、誰か探してるの?」
「うん〜目立つからすぐ分かるはずなんだけどぉ……もしや私騙された!?」
由里香はそうブツブツ言ってまた辺りを見回している。
さっぱり分からない………
私が首を傾げていると、中央の席で騒いでいた先輩らしきひとのうち一人の女の人が何かに気付いたかのようにこちらを見上げた。
「あれっ、新入生の子達がまた来てるじゃない!いらっしゃい〜まだ全員揃ってないから好きなところに適当に座ってていいよ…………って由里香じゃん!」
「あっ、香帆姉!?ちょっとぉ、全然来る気配がないんだけどこの前言ってたことは本当なわけぇ!!?」
「来るわよ!アンタ私のこと全然信用してないわね?」
「じゃあなんでまだ来てないの!?」
「そんなの知らないわよ。でも確かに前に栄司から見せて貰ったときにはいたわよ。もしかしたらやっぱりやめてるかもしれないけどねぇ?」
「えぇ―――っっ!!!?」
由里香の鼓膜が破れそうなほどの大声が部室内に響く。
誰だろう?
由里香の知りあいみたいだけど……
黒髪の肩までかかっているストレートの髪を耳にかけていて、これはまた吃驚するほどの正統派の美人だった。
由里香はがっくりと肩を下ろして何やら落ち込んでいて聞けるような雰囲気ではなかったので、『香帆姉』と呼ばれていた人を見てみると、私が疑問に思っていることを察してくれたのか微笑んで答えてくれた。
「初めまして。二年の神谷香帆です。いきなり騒がしくしてごめんね?由里香と私は従姉妹だったりするのよねー、ふふ。めがねちゃんは?なんて名前?」
ええぇええっ!?いとこっ!?
そんな話、由里香から一言も聞いてないよー…
由里香の従姉妹がこの学校にいたという事実に、思わず呆然として言葉を失う。
「…あ、えっと、し、白崎葵衣です。よろしくお願いします」
「うん、よろしくねーめがねちゃん♪」
……めがねちゃんであだ名決定!?
今、自分の名前を言ったのは果たして意味があったのか!?と思わずにはいられなかった。